からっぽ

【詩】

 

ある日突然に

見えるはずのないものが見え

見えるはずのものが見えなくなった

あべこべになった視覚で家を出て

乗るはずの電車に乗れず

乗らないはずの電車に乗った

どうにか街にたどり着くと

在るべきはずの店がなく

在らざるべきはずの店があった

在らざるべきはずの店で珈琲を頼むと

なぜか気の抜けたコーラがテーブルに置かれ

店を出るときに千円札で支払い

おつりを九千五百円渡された

昨晩のシメサバがあたったのかな

と彼は首を傾げた

そうでなければ頭の回線が

何かのはずみでちぐはぐにつながったか

いずれにせよ目の前に広がる街の様子が

どこか間違っていることは間違いない

そう頭のなかで並ぶ言葉の重複さえ校正不能で

彼は通りを歩きだそうとして気づく

身体が足どりが妙に軽いことに

ふと振り返るとそこには彼の身体が

蝋人形のように立っていて

抜け出しちゃったんだと彼は思い

さほど驚きもせず踵を返して歩きだす

身軽になった〈彼〉を見送りながら

身体だけの存在で〈僕〉も歩きだす

からっぽな身体でからっぽな心で

行くべきあてもなく帰るべきところもなく

このからっぽな心と身体を引き摺るようにして

このからっぽな心と身体を引き摺るようにして

 

tamito

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