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日米開戦を巡る黒い空気

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#政党政治

日米開戦をめぐる「黒い空気」 (菊澤研宗「指導者の不条理」から)

菊澤研宗「指導者の不条理」から そして日米開戦の場合に言及する。 ここで菊澤氏は不条理の説明に入る 日本にとって存亡の危機となった開戦の決定。 国として合理的な決定ができなかったことは、陸軍、海軍の損得計算に帰着するのは痛恨の極みである。 問題は、国の重大な決定の場に陸軍と海軍の意をくむ人間しかいなかったことだ。 いつの間にか、国の立場を第一に考えられる人物が、重要な場からいなくなってしまったことが敗因だ。

「昭和戦前期の政党政治 筒井清忠

戦前の政党政治はなぜ短命に終わったのか。 関東軍が進める満州国建国に反対であった犬養首相が、海軍青年将校 に撃たれ死去し、犬養内閣は倒れた。 その後、斎藤実首相の挙国一致内閣ができ、この時点で政党内閣は終わってしまう。 この時期政党内閣が続いたのは1924年から1932年までの約8年間だった。 この時期は25歳の男子全員に選挙権が与えられた普通選挙が実施された時期である。 大衆デモクラシー段階に突入した時の日本社会は、人口構成から見るとまだ農村的色彩も色濃く残っているが、新聞