ディズニーランドと京都―10倍楽しむ夢の国否定論

まえがき

千葉県浦安市舞浜に鎮座する夢が叶う場所といえば、東京ディズニーリゾートである。

東京ディズニーリゾートは、「ディズニー」をテーマにしたリゾート施設であり、東京ディズニーランドとシーの二つのテーマパークを持っている。
この東京ディズニーランド・シーは往々にして、遊園地であるとされることが多い。確かに、ジェットコースターやメリーゴーランドが設置してあり、長時間待って体験するイメージだ。食事代は割高だがあまり美味しくなく、キャラクターの着ぐるみが登場して客と触れ合う。
そうでなくとも、「夢の国ディズニーランド」という認識の空気感にあっては、東京ディズニーランド・シーについて深く考えるという発想自体が、私のようなオタクの専売特許であるとさえ思われる。

だからこそ、私は声高に、東京ディズニーランドとシーは「遊園地」ではないと言いたい。あの場所は「観光都市」なのである。今回はその過程を証明するにあたり、日本有数の観光都市・京都を例にとってみることにしようと思う。

本文の目的は第一に、東京ディズニーランド・シーが好きでよく訪れるが、その魅力について新たな刺激を欲している人に対する「提案」である。第二に、東京ディズニーランド・シーがあまり好きでない人に向けた、「ディズニー」というキーワードが持つ大きな誤解への「弁明」であると言える。
こうした目的意識から、本文には次の仕掛けがある。
三幕構成をとる本文は、第一幕の第一・二章で東京ディズニーランド・シーを、第二幕の第三・四章で京都を対象とした全く新しい観光ビジョンを提示する。第三幕に当たる第五・六章では、それらを繋ぎ合わせて観光都市の姿を浮き彫りにし、そこに東京ディズニーランド・シーの魅力を当てはめていくことになる。
又、「アトラクション」「キャスト」などのディズニーパーク独自の符丁は極力排除し、「遊具」「従業員」などと呼称することにした。そして、東京ディズニーランド・シーに頻繁に訪れているならばご存知であろう各施設の正式名称や、その概要を、改めて懇切丁寧に解説したつもりだ。その解説の過程で、施設の捉え方や楽しみ方に新たな発見があって欲しいと期待してのことである。

東京ディズニーランド・シーという日本人の生活に容易に入り込んだ夢と魔法の世界。本文が新たな発見の一助になれば、筆者としてはこの上ない歓びである。

※記事の内容は、筆者個人の考えに多分に影響されています


第一幕・夢が叶う場所

第一章・「テーマパーク」とは何か

嘗て、日本に存在した行楽施設は専ら「遊園地」と呼ばれていた。この遊園地とは、ジェットコースターやメリーゴーランド、観覧車などの遊具を設置した観光施設のことを言う。日本では1853年に「浅草花やしき」が、1912年に「ひらかたパーク」の前身となる施設が誕生し、後者は今日まで運営される最古のものとされている。
1983年、日本に登場した「東京ディズニーランド」は、これまでの遊園地文化とは一線を画した「テーマパーク」を名乗った。その後日本には様々なテーマパークが林立することになるのだが、日本に於いてテーマパークといえば、起源や定義を東京ディズニーランドに求めることが可能である。

催し物や展示物をある主題のもとに統一して構成した遊園地
(「テーマパーク」広辞苑第六版)
日本では、特定のテーマ(特定の国の文化や、物語、映画、時代)をベースに全ひれ体が演出された観光施設
(「テーマパーク」Wikipedia/注1)

具体的に、遊園地とテーマパークの袂を分かつ要素とはどんなものなのだろうか。​

これまで、遊園地では各々の施設を無造作に設置して体験してもらう方式を取っていた。あちらにはジェットコースター、あちらには食事屋、あちらにはお化け屋敷といった具合である。

一方の東京ディズニーランドは従来の遊園地と異なり、統合的な「ディズニー」というテーマに基づいて全ての施設が検討された。加えて、「ディズニー」の下に全く異なる複数のテーマを用意して、それぞれ毎に園内を地区分けしたのである。「ワールドバザール」「アドベンチャーランド」「ウエスタンランド」「クリッターカントリー」「ファンタジーランド」「トゥーンタウン」「トゥモローランド」の七つの地区が存在する。これらは「テーマランド」と呼ばれていて、それぞれのテーマランドの中にある施設はそれぞれのテーマによって演出されているというわけだ。
構造は同じだが、2001年に二つ目のパークとしてオープンした東京ディズニーシーは少し内容が異なる。東京ディズニーシーは「ディズニー」だけでなく、シーというだけあって「ディズニーの海」をテーマにしている。そこで、敷地を「テーマポート」、寄港地と呼んで区分けしている。「メディテレーニアンハーバー」「アメリカンウォーターフロント」「ポートディスカバリー」「ロストリバーデルタ」「アラビアンコースト」「マーメイドラグーン」「ミステリアスアイランド」と趣向を凝らした七つの地区には、特定のテーマ、それも具体的な地名と年代が与えられているのだ(注2)。

「ビッグサンダー・マウンテン」は、東京ディズニーランドの「ウエスタンランド」にあるジェットコースター遊具である。「ウエスタンランド」は、西部開拓時代のアメリカをテーマにしており、西部劇の世界観が広がる地区である。「ビッグサンダー・マウンテン」という一遊具がわざわざ「ウエスタンランド」に設置されているのは、「ビッグサンダー・マウンテン」が「西部劇」というテーマで全体演出されているからなのである。以下に示すのは、ジェットコースター遊具「ビッグサンダー・マウンテン」に対する「ウエスタン」というテーマに基づいた演出の一部である。

1848年のアメリカ合衆国カリフォルニア州では金山が発見され、ゴールドラッシュが始まる。ビッグサンダー・マウンテンと名付けられた金山を、開拓者たちは採掘し始めた。「ここには超自然的な力が宿っているから採掘は中止すべきだ」と忠告する先住民に対し、開拓者たちは聞く耳を持たなかった。
組織的な開発に出るに当たり「ビッグサンダー・マイニングカンパニー」が設立されると、鉱山では数多の奇妙な事故が相次ぐようになった。最終的には、機関士のいない鉱山列車がひとりでに走り出す事態になったのである。
それから数十年、ここにいるのはごく一部の勇敢な開拓者のみ。我々は、呪われた山とすらされるビッグサンダー・マウンテンに立ち入って鉱山列車に乗るが、無人暴走列車は再び動き始める……。

乗車前の風景からジェットコースターに乗る動機付け、乗車中の風景までもが演出されることで、遊具「ビッグサンダー・マウンテン」は「ウエスタンランド」に設置されるべく設置されているということがお分かり頂けただろうか。これが、テーマパークの根本的な仕組みである。

演出されるのは遊具だけではない。エンターテイメント、食事処(レストラン)、土産店(ショップ)も同様に動機付けと風景演出がされている。
例えば、東京ディズニーシーの食事処施設は面白い特徴がある。それは、「かつてなにかの施設だった・現在も別の施設と兼業している」という設定で演出されることが多いという点だ。
20世紀初頭のアメリカ合衆国東海岸がテーマの「アメリカンウォーターフロント」は、「ニューヨーク」と「ケープコッド」の小地区に分かれる。「ケープコッド」は、鱈の岬を意味する長閑な港町。食事処「ケープコッド・クックオフ」は、本来その町のタウンホール兼時計塔である。今は7月4日、アメリカ独立記念日に浮かれるタウンホールは、誰の料理が一番美味しいかを決める決闘会「クックオフ」の会場なのだ。我々が頂く料理は町人らの自信作であり、名前の由来にもなっていて特産品の鱈を使った、コッドフィッシュバーガーなどが頂ける。
別の地区では、1930年代の中央アメリカが舞台で、マヤやアステカの神殿調査がテーマとなっている「ロストリバーデルタ」を紹介しよう。ここにある食事処「ユカタン・ベースキャンプ・グリル」は、アメリカ合衆国のペンシルベニア州立アンドリュー大学が「ユカタン・ベースキャンプ」、採掘拠点としている設定。そこで考古学者用に出されるスモーク料理が評判になり、機転のきく学者の一人が看板に「グリル」と付け足したため、一般人も訪れるスモーク料理のレストランになったと演出される。

ところで、ここで紹介したような演出の方法について考えてみよう。具体的に、特定の観光施設をある主題の下に統一して演出する方法には主に二種類がある。

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