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「うさぎの楽園」うさぎ島(大久野島)がもたらす大きな誤解

夏休みまっさかり、「うさぎ島に行く!」と予定している方たちもけっこういるのだろうと思います。通称うさぎ島こと大久野島は広島県竹原市の、瀬戸内海にある島。うさぎがたくさん暮らしている島として、いまや海外からのお客さんにも人気がある場所となっています。あちこちにかわいいうさぎがたくさんいるんだから、そりゃ人気も出るでしょう。でも……。このうさぎたちってどういううさぎなんでしょう。行くならぜひ知っておいてほしいなと思うんです。


<うさぎ島のうさぎは野生のうさぎなの?>

よく「野生のうさぎ」といわれたりしますが、あのうさぎたちは「野生のうさぎ」じゃなくて「野生化したうさぎ」です。似てますが、全然違うんですね。

大久野島にいるうさぎはアナウサギを家畜化したカイウサギ(イエウサギ)という種類なんですが、アナウサギは日本の野生動物ではありません。日本の野生ウサギは、アマミノクロウサギ、ニホンノウサギ、エゾナキウサギ、エゾノウサギの4種類だけなんです。

じゃあいったいあのうさぎたちはどこから来たんでしょう。

<家畜として日本にやってきたうさぎ>

今から500年くらい前に、南蛮貿易でカイウサギは日本にやってきました。オランダからとかポルトガルからとか言われています。ヨーロッパでは古くからアナウサギが家畜化されていたので、やってきたのは野生のアナウサギではなくて、カイウサギです。

神戸市立博物館の南蛮屏風に、南蛮船でやってきたうさぎが描かれています。

右隻と左隻があって、右隻(船が帆を広げていないほう)に、日本に到着したうさぎたちがいます。

ほぼ中央に、南蛮人がケージ内のうさぎに目を向けているところが描かれています。拡大してみてね。赤いズボンの南蛮人さんはケージに手をかけてうさぎに目をやり、「長旅ご苦労さま」と健康状態を気遣っているようにも見えたりします。

こうして、今につながる「カイウサギ」が日本にやってきたのでした(血統がつながってるという意味ではないよ)(つながっていたらすごいけど)。

南蛮人は食肉用や毛皮用として連れてきたみたいですけど、日本では家畜としては浸透しなかったみたいですね。その後江戸時代にはカイウサギを描いた絵もいろいろあったり、飼育していることを示す記事などもあって、普通に飼われていたみたい。ケージで飼われている様子の絵もありますよ。2023年卯年のお正月に国会図書館でやっていた「博物館に初もうで 兎にも角にもうさぎ年」に展示されていたものです(撮影可でした)。葛飾北斎の門人だった柳々居辰斎の作品《卯の春》です。

明治時代に入るとうさぎバブルを経て、毛皮など軍需用になったり、のちには実験動物とされたり、もちろんペットとして愛されるようになったりと、カイウサギの立ち位置は時代によって違いますが、あくまでも「人の飼育管理下にある存在」「人が手をかけるべき存在」として日本にいます。

大久野島にいるうさぎたちは、日本でのカイウサギのあるべき姿ではないんです。

<どこから来たのかうさぎ島のうさぎたち>

野生ではないのにそもそもどこから来たかというのはいろいろ言われていますね。大久野島ではかつて毒ガスの製造が行われていたため、その施設で使われていた実験動物のうさぎが放置された(逃げ出した)、という説もありました。今の大久野島は無人島なのですが(宿泊施設の方たちは居住している)、昔は住民もいて小学校があり、そこで飼われていたうさぎが放置された(逃げ出した)、という説もあり、わりとこれが定説っぽくなっていましたが、2023年2月の中国新聞デジタルに載っていました。

※現在はログインしないと全部の記事は読めないのですが、upされた時点ではヤフーニュースにも掲載されていました(その記事はもう見られないです)。

中国新聞の記事はよく調べてあって、同紙で最初に記事になったのは1972年で、1970年の末に国民休暇村が8ペアを放したとあります。1年半で200匹に増えたとか。その後「間引き」したようですが、避妊去勢手術をしなければ増えることは止められないですよね。うさぎは繁殖力が旺盛なんですよ。

いずれにせよ故意から始まっているというのが確からしい説のようです。なんてことをしてくれたのでしょうか。まあ今ほど外来生物の(カイウサギは外来生物です)驚異が理解されていなかったのだろうとは思いますが(かつて沖縄にマングースを導入したのも動物学者でしたしね…)。
※あとのほうで挙げるレポートでは学校うさぎの子孫としています。

繁殖力旺盛なのに加えて観光客が餌をあげることも増える後押しになったんでしょうね。一時期は900匹いたともいわれていましたが、コロナ禍で観光客が減り400匹に減ったと報道されていました。下記の記事の中で環境省の人は「増えすぎたものが戻った」と話しています。

<うさぎがいたらなにが悪いの?>

私は大久野島にいるうさぎたちに、いや、うさぎを観光に利用している大人たちに、といったほうが正確かな、とてもモヤモヤしています。うさぎは大好きですもん。大久野島のうさぎたちが幸せであってほしいと思っています。

でも、大久野島を「うさぎの楽園」と称するのは間違っている、と言いたいです。検索すると「楽園」だとたくさん出てきますね。楽園じゃないのになあ……。

まず、最初に書いたように日本にいるカイウサギは日本の在来の野生動物ではなく、外来生物だということ。そのうえ「侵略的外来種」とされている動物種です。

ちなみに世界の侵略的外来種ワースト100にもなっています。

そもそも前述のようにカイウサギは日本に、人の飼育管理下にあるべきものとして入ってきている動物です。日本にいるカイウサギは、人(飼い主なり、管理者なり)がその命に責任をもち、守るべき存在なんです。大久野島のうさぎに誰が責任をもっているのだろうか。

うさぎはかわいいけど、大久野島のうさぎたちは人々の無責任が生み出したものなんじゃないんでしょうか。食べ物をあげることは許容されているようなのだけど、食べ物をあげるということはその命に責任をもつことだと思います。その個体が生きていくすべて、排泄物も、繁殖して生まれる子どもに対してもです。責任もてないなら餌付けはしない。野良猫に食べ物だけやる猫おばさん/おじさんと、いわゆる地域猫活動とが違うのもそこでしょう。食べ物を与えるによってそのうさぎが命をながらえることになり、その後そのうさぎに起こることに責任がもてるんでしょうか。

<「野生動物だから捨てても生きていけるよね?」>

なにより最も大きな問題だなと思っているのは、テレビやネット媒体で大久野島すなわち「うさぎの楽園」が紹介される画像、映像が、人々に大きな誤解、ミスリードを誘っているだろうということなんです、

あれらの映像を見た多くの人は、うさぎ(カイウサギ)は野生動物なんだろうと思うんだろうと思います。その人がいつかうさぎを飼うとします。うさぎは決して飼いやすい動物ではなく、避妊去勢手術をするなど注意をしないとオスメスいればどんどん増えたりもします。思ったよりなつかない、増えちゃった、いうことを聞かないなどいろいろな理由で「もういらない」になることがあったりします。

うさぎに限らないのですが、飼っていたペットを遺棄(犯罪ですよ。1年以下の懲役または100万円以下の罰金)するときに「野生のほうがのびのび暮らせてうちにいるより幸せ」と考える(自分を納得させる)人たちもいたりします。

大久野島のうさぎたちの姿は、「野生のほうがのびのび暮らせてうちにいるより幸せ」という間違った考えを後押しすることにはならないでしょうか。

大久野島のうさぎたちの姿は、うさぎを捨てていい免罪符じゃないんです。

何度でも繰り返しますが、日本にいるカイウサギは人の飼育管理下に置かれるために日本にやってきた動物です。「野生動物」ではないんです。

<「うさぎは外でも生きていけるよね?」>

ペットのうさぎはもうほぼ100%に近く、室内で飼われているんじゃないかと思います。エアコンで温度管理されている家庭も多いですよね。

でも、人の飼育管理下にあるはずなのに、そうじゃないうさぎたちもいます。そう、学校で飼われているうさぎですね。「うさぎ小屋」は屋外にあるわけです。昭和の昔、今より全然夏の暑さがまともだった頃(暑くても30度くらい、たいてい28度とかそんなものだったと思う)なら、日陰を作ってあげていれば屋外のうさぎ小屋でも飼えたんでしょう。でも今のようなおそろしく暑い夏、もううさぎは屋外で飼えるような動物じゃないはずです。それでもまだまだ屋外のうさぎ小屋にいるうさぎたちは少なくないんでしょう。うさぎはエアコンで温度管理できないなら飼うのは難しいんです。

「いや、でも大久野島のうさぎは外にいるじゃん?」

海に囲まれているし、巣穴なり木陰なり涼しい場所に退避もできるだろうから、おそらく大久野島のうさぎはうまく生き延びているんだろうと想像します。でもそれ、「うさぎの楽園」的な映像からは伝わらないですよね。学校うさぎのように限られた場所で生活するしかない場合とはまったく条件が違っています。

野外で暮らすカイウサギの様子は、学校うさぎの環境が不適切なままでいいことの免罪符にもなっているんじゃないでしょうか?

<地域の方向性は観光資源のようだけど>

大久野島は瀬戸内海国立公園にあります。大久野島のほとんどは環境省が所管しているんだそうです。環境省中国四国地方環境事務所ですね。大久野島のうさぎについてもワークショップを開催するなどしているようです。

大久野島と私たちのこれから
-ワークショップの成果より-

「大久野島がどうあるべきか」ということが課題になっているのだとみられます。

しかし、さきほども書いたように、大久野島のカイウサギの姿は、全国のうさぎたちの福祉に悪影響を及ぼすおそれがあります。地域だけの問題ではないんです。

<うさぎ島に関するレポートいくつか>

"The Rabbits of Okunoshima: How Feral Rabbits Alter Space, Create Relationships, and Communicate with People and Each Other" という、イギリスのうさぎ福祉団体(という説明で合ってるかな)House Rabbit Societyの会長を長いことやっていたという動物行動学の研究者のMargo Demelloさんという方が書かれたレポートがあります。2015年に調査したようです。

行動の変化が起きているんですね。ほぼ昼行性になってしまい(まあこれは家庭のうさぎでもありますね)、フェリーのスケジュールに合わせて暮らしているのだと。人をおそれなくなり、餌をねだる(まあこれも家庭のうさぎでは見られますが)。

また、若いうさぎが多いと。出生率は高いが死亡率や罹患率も高いとしています。「ホテルの従業員によると、1日に約15匹のウサギが死亡し、その死骸はホテルのスタッフが拾って処分するので、訪問者には見えません。ウサギたちはさまざまな病気や怪我を負っていました。私たちが数えたウサギのうち、26%は目に見える怪我や病気を負っており、ホテルの近くに住んでいたウサギは、餌をめぐる競争のせいで、最も病気や怪我をしていました。それらのウサギの約半数は明らかに不健康であったり怪我をしていました」(原文は英語、google翻訳による)

人が与えたり与えなかったりする食べ物の影響についても書かれていました。「ウサギは、少なくとも部分的には人間が持ってくる食べ物に依存していますが、この食べ物もウサギの寿命を短くする一因となっています。食べ物の多くはウサギの種に適しておらず、時には大量に(例えば夏の土曜日)与えられ、時にはまれにしか与えられないため(冬や雨の日)、ウサギは繊細な消化器系に必要な一貫性を欠いています。したがって、一般的な死因の 1 つは、不健康で一貫性のない食べ物の過剰摂取による胃腸の停滞です」(同)

ほかにも、"The Rabbits of Okunoshima"という大久野島の問題点を挙げたサイトがあったのですが(https://sites.google.com/site/therabbitsofokunoshima/ というURLだった)見つけられなくなってしまいました。

Margo DeMelloさんらによるHouse Rabbit Societyでの発表の動画がありました。内容は上記レポートの内容のことを話されているのであろうと思われます。

「大久野島(広島県)のウサギ観光―ワイルドライフ・ツーリズムにおける位置付けと管理のあり方―」(笛吹理絵、ジョーンズ・トマス)という日本観光研究学会で発表されたものもありました。2021~2022年に実施されたアンケート結果などが載っています。そんなに外来生物に餌やりがしたいのか……。こちら

レポートは「本研究結果から、多くの観光客が規制された状況の中でも餌やりに参加する意向を示しており、計画的な餌やりを導入することで、過剰な餌の持ち込みによって生じる問題を多少なりとも解消できる可能性がある」と締めくくられていました。

外国からの観光客が目にすることが多いんだろうJALの記事「Discover the Origins of Okunoshima Island’s Wild Rabbits and Historic Stories」がありました。

「ウサギは愛らしい生き物で、日本の民話によく登場するため、島のマスコットキャラクターとしてぴったりの選択でした。進歩、豊穣、知性、幸運を表すウサギのシンボルは、全国各地の家族のお祝いや文化行事を飾るのによく見られます」(原文は英語、google翻訳より)と書いてあったけど、そのうさぎはノウサギで、カイウサギではないんですよね。正しく「alien speciesです」って書いてくれたらいいのにな。困っちゃうね。

<大久野島のうさぎたちはどうあるべきか>

大久野島の野生化したカイウサギはどうなるのが一番いいんだろう。

無人島に生息するカイウサギを駆除したという例はあります。

でもこれはもう大久野島ではできないですね。やったら大問題になると思います。

私が思うのは、「餌やり全面禁止」。
大久野島に自生する植物だけで生きていける数だけが生息しているようになればいいんだと思います。時間をかけて頭数は減少するでしょう。その過程でかわいそうなうさぎも多数出てしまうことは想像できますが……。人が餌やりしなければそのうち人にも寄ってこなくなるでしょう。今みたいに「島についたらうさぎがお出迎え」みたいなことはなくなり、島を散策していると時々「うさぎ見つけた!」ということになるかもしれません。うさぎは本来、薄明薄暮性といって早朝と夕方に活発なので、休暇村大久野島に泊まって、朝早くにお散歩しながらうさぎを探す、とかでよくないですか。

たまにしかうさぎを見られないなら、きっとメディアで取り扱われることも減りますね。そして「うさぎの楽園」と呼ばれないようになるといいと思います。

あるいは、観光資源として積極的に島のうさぎを利用するなら、観光関係者が管理するしかないですよね。全頭捕獲、マイクロチップで個体識別、避妊去勢手術。まあ、無理ですよね。完璧にやらない限りは増えてしまうので。

うさぎの楽園こと大久野島のうさぎのありようは、島の問題だけに限るものではありません。全国のカイウサギに影響を与えているのだということを考えてほしいです。

もしうさぎ島に行くのであれば、あのうさぎたちのあり方は日本においてはとてもおかしな存在なのだということを知ってほしいし、「うさぎ島のうさぎものびのびしているよね」とウサギを遺棄したり、「うさぎ島のうさぎも外で元気だよね」と学校での屋外飼育を当然のことと思ったりはしないでほしいと切に願います。

長くなってしまった。
ではまた。

トップ画像はイラストACより。

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