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倫理観のアレコレ

すいません。放置してたきらいがあります。

ウクライナ戦争やら、コロナ禍やら、円安やら。日本のとりまく環境はおせじにもポジティヴとか言えませんが、幸せは感じたもん勝ちです。小さくても拾いましょうね。後で複利利くこと信じて。

で、今更感もあるのかな?アカデミー賞のウィル・スミスの平手打ちの件について書きたくてもう。思い立ったわけです。

これについては色んな意見があるし、対応もあります。

何はともあれ暴力はダメだ!

良くやったぜ!ウィル・スミスよカッケーな!

みたいな対立を産んでますよね。僕は明らかに後者です。日本人的には多数派なのかもしれません。僕の場合は憧れです。僕は多分ヘラヘラしちゃうんだろうなって思うから。勇気あるなーとか、こういうの美談だなーとか思うんですけど。

外では戦争してんだぞという背景もありつつ、センシティヴな感じになってるのかもしれません。もしかしたら。これを容認すると戦争も肯定しちゃうんじゃないか議論。って事です。
戦争の本質って多分どっちも正しいと思ってるって事なんだと思うんですが。規模の差分がこんな結果になったんだろうなと思うんです。

「赤信号なのに飛び込んできた人を車ではねてしまった。」みたいな事に似てるんじゃないかなこの事は。と思っていて。

日本だとはねたほうが全開で罪に問われますよね。
何だろ?個人対個人の場合なのか?失ったものが大きい方の見方を法律はするんですよね。命>ルールですね。この場合。

何か釈然としないんですよね。
背景は?という所がすっぽろ抜け落ちてるから、何かモヤモヤする。
個人的には離婚してるので、調停賭けた時の時の家庭裁判所の対応もそんな感じだったなと。正しさだけを優先するならすればそれはそれで、いいけど、所謂被害者の思い上がりみたいな事は全面的に正しいのか?

完全に思い上がりだと思うんですよね。甚だしい思い上がりは問いにもならない世の中に一石を投じるチャンスなのかなぁと思って、ちょっと今後も注目したい事象です。
なので今更感あるけど書きました。

どうすか?倫理観。僕、被害者がマウント取って加害者になりうる場面てホント嫌いなんです。
防衛本能だと言われりゃそれまでですけど、過剰ですよね。こないだの演説のヤジの裁判なんかもそうだな。結果ヤジって良いって事だからね。

全然やってやったぜ!って思えないの。弱さ利用してむしり取ったなって思っちゃうの。

ウィル・スミスの件は相手様が被害届は出さなかったのは良かったです。

何と言うかどんでん返しが全然痛快じゃないの。気持ち悪い位だ。
気持ち悪いもんそんな目に遭うさなと思う位で。

痛快である必要は無いにせよ、もうちょっと善悪をプロセスなり背景を加味してほしいものだ。

クレーマーって言い方が適切ではないんだけど、そこベースに振り回されている気持ち悪い世の中にちょっとでも違和感を感じてほしい。

それじゃ。

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