Wriggling in miniature garden

「いいかあ、時代は異世界なんだよ。つるぺたエルフに巨乳の僧侶。これよぉ」
そう大声で叫びながら東は五杯目の生中ビールを煽った。
くたびれたスーツにネクタイを緩ませたこの男は大学時代の友人だ。
東は都会で弱小小説雑誌の編集をしていた。会うのは10年ぶりになる。ササヤイッターでちょくちょく連絡を取り合っていたものの、お互いに住んでる場所が遠いのでなんとなく疎遠になっていた。
今回会えたのは、東の気まぐれに過ぎない。彼の方から俺に、会えないか、とリプが来たのでそれに応じることにしたのだ。
今夜は地元の商店街の、大学時代二人で足しげく通った居酒屋に来ていた。ゲラゲラと笑う東の顔を見ながら、俺も生中ビールを煽った。

大学時代俺たちは経済系の学部のくせに小説に入れ込み二人して読み漁っていた。そのうち書く方にも興味が出てきてお互い自然とオリジナルの小説を書き出した。
二人で世界観を作り、二人でキャラクターを作り、世界を入れ替え交差させ遊んだ。それは言葉遊びだし、妄想遊びだった。
ただ、東は小説を書くかたわらバイトもしたが、しっかり勉強もしていた。そうして東は大学の奨学生枠を勝ち取り、二回生の頭にはすでに卒業を確実なものとしていた。勉学で得た知識と勝ち取った時間によって彼の創作はどんどん磨かれていった。会うたび眠そうにしているものの、小説を必ず一本書き起こして渡してくる。
内容もさることながら、その生産力と執念に気圧された俺は、俺には彼のような才能はないのだ、と半ばヤケになりつつも、自分でも暇を見つけて小説を書き続けた。あくまでもマイペースに。俺は、東とは違うのだ。
東は大学時代に何作か賞に応募したことがあった。彼は本気で小説家になることを夢見てはいたが、全て落選。しかし、その活動の中で編集に目をかけてもらい、在学中にインターンに入り、編集者としてそのまま就職することになった。
俺の方は、いや、俺の方の話はよそう……。つまんないからな。
「しかし、お前も災難だな。就職一発目は塗装屋、次は印刷工場、不動産屋、そんで食品工場。潰れるか精神やられるかしてないんだからな。俺もロクな生き方とは言えないが、まあ、お前の場合は、……運がなかったよなあ」
「うるせえよ」
そう小さく反論して、俺は枝豆をつまむ。
要するに、そういうことだ。何かと理由をつけては勉強からも就職活動からも逃げ続けた俺は、その時々に面接で運よく拾われた会社に行くだけ。キャリア構想を全く考えず、のんべんだらりと過ごした14年間で、今や36歳にして無職となっていた。
なんの積み重ねもない俺が、最後に手を伸ばしたのはやはり、小説だった。3ヶ月前に会社が倒産し、実家に寄生。在職中に取ったいくつかの資格も年齢の前では無力であり、半ばヤケになった俺は、1ヶ月前から散文を書いてはネットにアップしていた。
 別に小説家になりたいわけじゃない。このまま自分らしい何かを残さないまま終わるのは少し癪だっただけ。きっと同じ時間をパチンコや合コン、就職につながらないような資格勉強に費やしても、同じ意味を持つだろう。
 ただ、もしかしたら、万に一つ、友達に編集者がいたら、引っかかるんじゃないか、という気持ちはまあ、ないわけはなくて。
「まあ、ないわな」
と今回会って早々、東には一蹴されていた。
「まず、お前のは小説にもなってない。基本的なことが何一つできてない。あれじゃあ、中学生の読書感想文の方がいくらかマシだわな」
東は俺のササヤイッターを経由して、俺の書いた小説を読んでいたらしい。編集者ってのは忙しいはずじゃあなかったのか。
「それに、一番の問題はマーケティングをしていないことだ。今世の中にどんなジャンルがあるのか、どんなメッセージが必要とされているか。要は、お前、客を見てないんだよ。それじゃあ俺たち編集者は、お前の作品を使って商売する気にはならんよ」
そういって東は焼きげそを噛み切る。いや、噛みきれなくて、げそを歯で引っ張るばかり。諦めた東はそのまま口に放り込み咀嚼し始めた。
「じゃあ、どうすればいいのさ」
俺も半ば腐りながら、ビールを口に運ぶ。
東は天を仰いで。
「やっぱ異世界よ。つるぺたエルフに巨乳の僧侶。これよぉ」
冒頭のセリフを繰り返した。
俺は口をへの字に曲げて言った。
「異世界って、お前。異世界ゼフィーロとか、プレイヤーズごうじゃすとか、そういう奴か」
「ふっる!お前古い!何十年前の話をしてんだ!石器時代か!」
東は大声を出していった。さっきのげその飛沫が少し飛んだような。そして東は噛み切れないげそをクチャクチャ咀嚼しながらまくし立てる。
「今の時代は異世界なんだよ。少年少女が異世界に行って、おっさんか勇者になって、自分たちの世界で培った知識が異世界では重宝されてチートするような奴。そこに少し、いや、多分に扇情的なキャラクターがいれば解決すんだよ。お前、そういうの書けよ」
俺はそれを聞いてますます顔を歪ませた。通りかかった店員に普段飲まないいも焼酎を注文する。そしてもう一段顔を歪ませて言った。
「俺たちが憧れたのはなあ、そんな世界じゃあねえだろう」
何か、口に含みたくなった俺はテーブルを見回す。あれ、鳥軟骨は?つくねは?チゲ鍋はどうした。焼き鳥串も無くなって……ええいくそ。
「俺はなあ、真面目な大人が出てきて、ひねくれたガキが出てきて、ちょっとしたトラブルがあって、いや、世界の危機みたいなのもあってさ、その解決には日常的な優しさや、瑣末な約束事が必要で。これからの世代の教訓になるようなさ、そういうのがいいんだ。異世界なんてなあ、チートなんてなあ。」
ビールも無くなってしまった。もう、口に含むものがなくて、手と目が右往左往している。俺には何も武器がなかった。
その哀れな様子見て、東はため息をついた。「あのなあお前よ」と前置きを置いて、苦しそうに咀嚼し切れなかったゲソを飲み込んでから話し始めた。
「お前が何と言おうとよ、異世界ものが氾濫してはいるけれど、でもそれを書いてるやつらだって、お前のように、いや、お前以上に情熱もって書いてるんだぜ。あいつらは日々言葉と格闘し、表現と格闘しながら売れることも考えて小説を形作っている。商業主義だと言われても、そこには売上があり、その売上で食っている俺たち流通や社会があり、そのメッセージに感銘を受けて日々を頑張ろうと生きる若い世代だっているんだ。俺たちの時代と違うというだけで、けなしたりしていいもんじゃない。お前みたいな半端もんとは違うんだ」
そうしているうちにさっき頼んだ芋焼酎がきた。
臭い。
俺はこの臭いが大嫌いだ。
俺は酒に弱い。芋焼酎なんて飲んだらすぐに酔いが回って気持ち悪くなるに決まってる。臭いし。三日は臭いが取れないように感じる。
そいつを一気に煽って、息を吐く。
うーわー猛烈にくさいわー。
「俺も飲みてえ」
その様子を見て東も芋焼酎を頼んだ。
「こういう俺だってわっかんねえけどさ」
俺の時と違ってすぐきた芋焼酎を煽って東が続ける。
「今の時代何が受けんのかわかんねえよな。今日の常識が明日の非常識だ」
東が管を巻き始めた。お前も芋焼酎苦手なのかよ。さっきまでの大人の余裕どこ言ったんだ。
「ぶっちゃけよう、俺が書いた方が絶対おもしれーもん書くよ。バカ売れはないかもしれないが、刺さるもん書くね。時代に刺さるね。もうね。カリスマになんよ!」
何だか悪い酒になってきたみたいだ。自分よりも感情を露わにした人間を見ると不思議とこちらは冷静になるな。
俺は頭をぽりぽりと掻いた。
「あー、ところでお前、お前は書いてんの?才能の塊だったじゃん」
「え。あー、その」
東は急に大人しくなった。
「書いてない」
「えーーー何それお前それで説教してんの!」
今度は俺がまくし立てる番になった。痛快にやり返したところで、東はおずおずと続ける。
「現場にいるとなあ、いや、すげえ面白いネタはいっぱいあんだけど。今の時代絶対受けないよなあ、と思っちゃって筆が止まる」
「おいおい、あの頃の需要気にしない精神どこいったんだよ」
急に頭をかきむしり出してすすり泣き出す東。ああ、なんか、俺たち、大人になったよな。
そこで、店員が近づいてきた。90分飲み放題コース終了10分前ですけどー。
爽やかな笑顔の金髪だなあ。営業スマイル板についてんな。もしかしたら、ここでのバイトをしながら何か創作とかしてんのかな。若い感性と世界観で面白い物語作ってんのかな。こういう奴は、今どんな話を面白がってんのかなあ。
思案した後、芋焼酎を頼んだ。
二人して無言で待ち、きた芋焼酎で乾杯した。
やっぱ臭え。

東は今日都会に帰るというので見送ることに。夜風が心地いい。
「お前ってさ、よく言ってたよな」
東が一人切り出す。俺は、さっきの芋焼酎が回ってよく聞こえなかったので、何となく、あい、と適当に相槌を打った。
「俺には才能がない。お前みたいに厳しくできないし、ストイックなのは辛いって」
「そんなことも言ったな」
実際そうだったのだ。小説を書くのも遅いし、やるやる言ってサボってばっかり。何となく逃げて、でも何かを残してみたくて、意識が低いなりに過ごした学生時代だった。
「君はメジャーに行くんだろうが、俺は草野球でいい。俺は、授業中にサボって書く落書きのような、そんなのがいいんだって。あの時はめちゃめちゃムカついた。お前のその姿勢のせいで同人誌も出せなかったから、一人でやった」
「ああ、はいはい。お前はすごいな。意識高い才能のカタマリぃ」
いや、今もそのまんま何となくで生きてんな、俺。
東は続けた。
「でもさあ」
東はいつの間にか自販機で水買って飲んでた。うわあ、ずりい。
「おまえ、俺たちで作ったキャラで紙に書かずにいろんな遊びをしてたな。キャラがどんな生活をしてる、とか、誰と仲良くなりたいとか。俺たちがその世界にいたらとかさ」
やめろ、流石にそれは恥ずかしい。外に出す気がないアイディアにもなってない奴じゃねえか。
まるで箱庭の戯れだ。
箱庭の中で蠢くストーリーをコロコロ弄んで楽しんだ。
「あれが一番、俺たちにとって、純粋な時間だったんじゃねえかな」
あー、やべえちょっとさっきの芋焼酎がかなり回って。
臭いよ。
気持ち悪いよ。
「楽しかったな」
あ?
誰かが何か言って。
頭がくるくる。
夜空のお星様が……って違うわ。ビル街の灯りが宇宙のように回って。
まあいいや、もう。
とにかく、気持ち悪いのを吐き出して。
終わりにしてやろう。
「東よ!」
「何だよ」
「おまえはすげーんだからさ!俺と違ってすげーんだからさ!すげーのを世に出してくれよ!こんなとこに帰ってこないで。箱庭なんかに帰ってこないで!おまえの物語を!書け!ちくしょう!」

気づくと俺は家にいた。
あのあと酔いが回って動けなくなった俺を東がタクシーにぶち込み、そのまま帰ってきたようだ。しかし、どうやって戻ってきたのか。俺の帰巣本能も死んでないようだ。
頭がいたい。臭い。
だからと言ってやることはない。無職だし。
東とは違って。彼にはクォリティーの高い、世間を揺るがす超大作を世に出すという仕事がある。
俺は俺で。
身の丈にあったやりたいことをやろう。
そっとPCを開く。
さあ、箱庭で蠢く、ささやかな。
物語を始めよう。












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