HUMAN BEINGS①

友達なんかいらない。
僕の高校3年間は暗黒、の一言に尽きた。
弁護士の父親を見返すために、僕はずっと勉強に明け暮れていた。両親は僕を学習塾に釘付けにし、学校も気鋭の進学校だったので課題づけ。朝から晩まで勉強を強いられていたのだ。
親父の口癖は「公序良俗に反することはやるな」
勉強、勉学が至上であり、その他はナンセンス。余裕のある他の学生がカラオケや合コン(ちょっとよく意味がわからないが)なんかにいっている間、僕は学習机に噛り付いているしかなかったのだ。
恋も青春も捨て去って、やることは勉強だけ。いつしか僕のバラ色の学生生活の目標は「父親よりもいい大学に行くこと」になっていた。
苦しみを共有できる友人もいない。カノジョももちろん。むしろ余計な馴れ合いなんて僕には邪魔なだけなんだ。友達なんかいらない。
そんな僕を救ってくれたのは、ある日気まぐれに入ってみたCDショップで流れてきた音楽だった。

君の夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を走ってきた

この歌が僕の高校生活を代弁していた。僕はその場で膝を折って泣き崩れた。
そしてあっさり店員に親父を呼ばれた。
親父は言った。「あんな公序良俗違反のカタマリのような場所に行くな」
くそったれええええええええ!
親父は、友達も、カノジョも、ときめく青春も、カノジョも、カノジョなんかいないけど!いやとにかく僕の今しかない大事なものを奪い去ろうというのか!
そして、この瞬間僕を救った音楽さえも!
僕は怒りに任せて勉強した。絶対に親父よりいい境遇の大人になって、親父をギャフンと言わせるんだ!
だがしかし、僕は気付くことになる。
親父が僕に買い与えたスマートフォン。
それは魅惑のアイテムであったということに。
この機械には音楽アプリが入っており、そのアプリを使えば先のバンドの音楽は聴き放題だったのだ!そして、その音楽の詳細も調べ放題だったのだ!
ビバネットネイティブ世代!くたばれオールドタイプども!
その日から僕はそのバンドの歌を聴きまくり、勉強に熱中し、そして、志望校に合格したのであった。

田舎から新幹線で2時間半。勇気を出してやってきたそこは大都会。
見渡す限りの人、人、人。みんながみんな、同じ方向を見て歩いている。その流れはいくつかあって、縦横無尽に人の波が走っている。
足元を見れば大理石調のタイルが光沢を放ち、頭上を見上げれば大きなシャンデリア。シャンデリアの隣にそびえ立つ塔に書かれた名だたるブランドの数々。僕はよくは知らないけれど、化粧品か、服か、そんな、さまんたばさばさ?って読めそうなものもあって、初めて見る光景に感動しながら人の波に流されていた。いや、目的地に着くにはこうして人の波を利用するしかないのだった。
今日はまだ3月に入って日が浅く、まだ肌寒い。しかし期待に僕の頰は火照っている。
合格発表と同時に親父に頼み込んで手に入れたあのバンドのコンサートチケット。
親父は最後まで、「こんな公序良俗違反のカタマリの音楽を聴くやつの気が知れないが、合格祝いが安く済むのなら」と不遜な態度でPCを操作していたが、とにかく経緯はどうあれ、僕はついにあのバンドを生で見る機会をもぎ取った。
このバンドの歌が僕のこれからの大学生活の、いや人生の門出を祝ってくれるに違いない。

実はもう一つ、期待していることがある。実は親父に内緒で作ったササヤイッターのアカウントで知り合った人と会うことになっているのだ。
彼女:パトリシアと知り合ったのは夏(といってもササヤイッターの中でだが)。彼女は夏フェスであのバンドを見にいっており、バンドの歌詞入りのタオルを広げて笑顔でピースしている写真をアップしていた。

僕:バンビ「楽しそう!でも僕は受験勉強でいけないんですよ」
パトリシア「それは大変。でもバンビ君なら絶対受かるよ!応援してる!受かったら一緒にライブでタオルを振り回そう!」


ああ、なんて愛しいパトリシアよ。それまで孤独に勉強していた僕の心にその言葉は染み渡ってしまった。それから何度か、バンドのあの曲を聴きました、ライブDVDもいいよ、なんてリプを送りあってすっかり虜に。
今だってほら

僕:バンビ「今駅に着きました。人が多くてびっくりしています。合流できますか?」
パトリシア「ごめん、今日は仕事入っちゃって。同僚が風邪でやすんじゃってね」
僕:バンビ「それは大変ですね。ライブは行けそうですか?」
パトリシア「夕方には上がれると思う。都会を楽しんでて。現地で会おうねバンビくん」
僕:バンビ「パトリシアさんもお仕事頑張って!」
パトリシア「ありがとー」 

簡単に姿を見せないとはなんと奥ゆかしいんだパトリシアさん。
パトリシアさんのくれたバンザイ笑顔のクマのスタンプを見てニマニマしながら、僕はあることに気がついてしまった。
なんとスマートフォンの電池が切れかかっている!これではパトリシア嬢と連絡が取れなくなってしまうではないか。
途方に暮れてトボトボと歩いていると、ある店に差し掛かった。携帯のキャリア:モコモショップである。ここでは無料で電源が提供されている上に、場所によってはタダでコーヒーが飲めたりする。しめた、と思い僕は店に駆け込んだ




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