HUMAN BEINGS②

スマートフォンの電池がなくなったので、急遽モコモショップに入った。
内装は地元のショップとあまり変わらないが、店員が少し違う。
肌も綺麗だし、姿勢正しく構えている。あ、化粧か、と思った次の瞬間に若い女性の店員がこちらに甲高い声をあげてやってきた。
「いらっしゃいませー!どのようなご用件ですか?」
僕は声と迫力にビクついてしまった。くそ、都会めぇ。ビビらせんなよ。
「あ、その、電源を借りたくて」
「さようでございますか。こちらです」
流れるように店員に促され、電源コーナーへ。プラスチックの透明な小さい棚の中からケーブルが伸びているのが見える。店員に促されるままに、ケーブルを本体に挿して棚に入れ、棚についた小さい扉を閉める。最後に暗証番号を設定して鍵をかける。
「フル充電まで時間がかかかりますので、それまで契約内容の見直しなどいかがですか?」
契約は親父が全てやったため詳細はわからない。しかし、これも社会勉強だ。店員に従うことにした。

そのまま応接ブースに促され、席に座る。対面にさっきの女店員が座っている。
「お客様のご使用状況ですと、かなりいっぱいまで安くなっている状態ですねえ」
なにやらパソコン画面を見ながら喋る彼女。
やはりか。やはり親父は伊達じゃない。親父はパンフレットやシステム紹介の隅々まで読み込み、僕の生活様式を完全に考慮に入れた上で最適なプランを契約したに違いない。彼女の説明の詳細を聞くに、うちの親父は僕のストーカーなんじゃないかと少し疑ってしまった。
数分で話が終わり、沈黙が流れる。さっき取ってきた無料のコーヒーをすする。充電しにきたのに、ここで店を出て行ったのではすぐに電池切れになってしまう。
その事情を彼女もわかっているらしく、対応に窮している。なんとか充電時間を稼がなければ。
そうしていると彼女は何かに気づいたらしく、傍の一冊のパンフレットを取り出した。
「今、こうしたキャンペーンをやってましてえ」
見ると、モコモの神アプリ!音楽聴き放題モコモミュージアムミュージック!だそうだ。
「今このモミモミアプリを入れるとお」
いや、その略しかたはおかしーだろが。急に彼女の声がさらにオクターブ上がる。
「月額500円かかるんですけどお、音楽好きにはたまらないアーティストがいっぱい入って聴き放題なんですよう。500円分のポイントたまりますよ?お客様は音楽聞かれますか?」
音楽の話か……。
したい!
超したい!
ずっと一人で聞いていたあのバンド。
でも。
あのバンドあんまテレビ出てないんだよ。深夜の音楽番組にもあまり呼ばれないし。現実であのバンドを知っている人にあったことがない。
名前を出したものだろうか……。
「音楽は聴きますねえ」
曖昧に答える。ビジネスチャンスと思ったのか、女店員が身を乗り出す。
「聞かれるんですね!男の子ならエッグゼイルですかね!ほら50代目なんてニッチなのも聴き放題なんですよ!いかがですか?」
それニッチなのか?結構有名じゃないか?
曖昧な顔のまま俯いてパンフレットに視線を落とす。見ると、聴き放題アーティスト一覧なるものが。あるある有名どころ。
「それとも最近の若い方はこちらかな?」
彼女がパンフを指差す。あまり音楽を知らない僕でも知ってるまいみゃんやマイツ・ケンシーもある。この手のサービスにしてはまあ、頑張ってるとは思う。
しかし、だがしかし。
やはり、あのバンドの名前はない。
どう答えたものか悩んでいると彼女が先に口を開いた。
「どんなバンド聞くんですか?」
……言いたい!超言いたい!
いや、もしかしたら。もしかしたら彼女がそのバンドを知っていて、このアプリには存在しないことを一緒に残念がってくれて、上に掛け合ってアプリに入れてくれて、ついでに僕と付き合ってくれて、そしたらこのサービスに加入するのもやむなしじゃあないのか?
パンフレットをにらみながら少し視線を前方にずらす。
そういえば。
彼女の出で立ちは白いワイシャツに赤のショップ専用カーディガンであった。カーディガンの襟で区切られたワイシャツの三角形の部分に深い皺。その下の膨らみ。
でかいな。
いやでかいな!
そうか、それをも武器にして、この僕の要望を引き出し、上に掛け合ってアプリにあのバンドの曲を入れてくれて、ついでに僕の初カノジョとなるというのか!?
なんということだ。
これが、都会か……。
「……ファラオズってバンドなんですけど」
負けてしまった。名前を出してしまった。しかし、一縷の望みをかけて彼女の顔を見た。お願いだ。知っててくれ!
帰ってきた言葉は。
「かっこいいですね!」
ここで僕の心は溶解した。彼女とはなんでも分かり合える!そうさ!ファラオズのカッコ良さがわかるあなたのために喜んでそのアプリをインストールしよう!
だが、なんだ。この違和感は。彼女の顔は固まったままだ。さっきのセリフは機械音声のようだった。あれ?
「……知ってるんですか?」
彼女は乗り出していた身をやや後ろに戻し、目をそらした。
「……知らないです………」

「じゃあ、アプリいらないです…」
それからのことはあまり覚えていない。僕は表情を固めたまま、充電コーナーからスマートフォンを取り出し、店を出た。
なんで彼女は嘘をついたのだろう。いや、もしかしたら彼女は僕の充電の時間稼ぎに付き合おうと努力しようとしてくれたのかもしれない。あの、かっこいいですね、の後で僕が話を終わらせる一言を言ってしまったばっかりに彼女の努力をフイにしてしまった。
すまない。
しかしだ。
あんまり露出しないファラオズサイドにも非があるのではないか。
確かに彼らの歌は暗いものが多い。
絆や愛などと言ったおためごかしが非常に少ない。
彼らがひとたび、一人じゃない、などと歌えば、でも人はそもそも孤独だけどね、と裏のメッセージをファンは感じ取ってしまうくらいだ。
流行ってもいないし、みんながみんな聞いているわけでもない。
彼女がそうした音楽を知らないのも仕方がないことなのだ。
そもそもみんなに愛されている音楽をいまさら僕が愛するべきなのだろうか。そうだ。こんなにファラオズ愛しているのは僕だけなのだ。それでいいじゃないか。
気をとりなおしてスマートフォンの電源をつける。充電は満タン。たくさんの犠牲を払ったけれど、充電満タンになったのだ。
すでに夕刻。開場時間が近い。
僕は目から落ちる何かを感じながらそっと地図アプリを立ち上げ、ライブハウスに向かった。




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