再放送③

次の取材先は山の中。うちは海沿いの片田舎だが、ここは針葉樹林の生い茂る見渡す限り緑・緑・緑の片田舎。
その山中。山頂へ登る急カーブの道路の脇にひらけた空間がある。そこに小さいログハウスとプレハブ製の離れが立っていた。その前にキャンプセットを広げ、バーベキューパーティーを開いたのが親父の友人、大館だった。
「とりあえず肉を食いなさい。バーベキューの真価は肉だ。肉・肉・野菜・肉の順で肉を食いなさい」
そういって彼はこんがり焼けた肉汁たっぷりの肉を皿に盛り、奥さんに言われてしぶしぶキャベツを一枚乗せてこちらに差し出した。
それをおずおずと受け取る私と親父。
「人間変われば変わるもんだな」
肉を食いながら親父はひとりごちた。なんでも、学生時代は好きなアニメの話をする三人組の一人で、こんなにも明るくなるとは思ってなかったようだ。
現在の大館氏は背丈は高いがひょろ長で、こんがり小麦色に焼けていた。
親父から聞くには、彼は結婚を機にこの山中に移り住み、農業を始めたそうだ。最初は小さいニワトリ小屋と野菜畑から始めたが、自分一人ではうまくいかず、地元の農業組合や自治会に助けを求めた。
大館の奥さんは始め農業に反対した。始めの数年は失敗続きで借金も膨らみ夫婦喧嘩が絶えなかったそうだが、もう廃業といった瞬間に彼女は一念発起。もともと詳しかった情報技術を駆使してインターネットで広告宣伝に力を入れ始めた。独自にブランディングも勉強し、夫の作る農産物に「小麦色の大館印」と言うキャラクターを与え、これが大ヒット。今では地元では知らないものはいないブランドへと成長させた。
今日のバーベキュー大会は春から夏にかけての作業が無事終了した記念と、これからくる秋・冬の作業の無事を祈る納涼祭なのだそうだ。
彼の他には地元の農業関係者、販売企業、役所の担当者も駆けつけている。各々がこちらに挨拶をしてきて、自分が作っている作物のアピールに次々と皿を持ってくるので、目の前はいっぱいに。
食べ物はどれも美味いし、お腹いっぱいになった私は眠くなってもう課題のことは忘れていた。
うとうとしていると、大館氏の奥さんがやってきた。その手には親父から渡されたであろうアタシのプリントがあった。
彼女はアタシの隣に座って言った。
「ほんとはね、こんな未来予測全く役に立たないのよね」
彼女はノンアルコールビールを飲んでいる。一本を飲みもう一本をアタシに差し出した。けれど、たとえアルコールは入っていなくても、アタシはまだ子供だからと断った。彼女はつまんない、といって一口飲んだ。そして彼女はアタシにプリントを渡して話し始めた。
「私はね、生まれつき体が弱くて、さらに事故もやっちゃって。もういきていけないんじゃないかって思ったの。けれど、旦那が手を差し伸べてくれてね。二人で生きる方法を探そうって。そこから色々調べ物をして、物件とか、事業とか、補助金とかね。旦那が農業やるって言い出した時にはびっくりしたけど」
彼女は懐かしそうに飲み物を口に含む。そうして大きくなったお腹をさすった。夕日に照らされて微笑むその姿は、神々しく見えた。
「私はもともと広告代理店で働いててね。農業の借金膨らんで、もうダメかなーってなった時に、私のスキルを使うしかないってっ気にやっとなった。広告の会社は好きで入ってて、ずっと興味があって勉強もしてた。それを自分の手で自由に使う機会がやっと巡ってきた。だから私、今とても幸せなの。人間何が巡り巡ってそうなるかわからないものね。だからね、晴子ちゃん」
彼女は私の頭を撫でてそれからおでこにキスをした。彼女の生き方を託すように、彼女夫婦の蒔いた種がアタシの中で芽吹くように祈りを込めて。
「好きにやんなさいよ」

帰りの車の中で、アタシは彼女のキスしたおでこをさすりながら考えていた。
好きにやる、とは一体何を言うのだろう。
学校の先生は勉強をしろと言う。確かに勉強は大切な気がする。みんなやってるし、勉強するとみんな褒めてくれる。でも、たまに、この勉強が人生の何に役立つのかわからなくなる。友達の親もそうなのだ。遊びに行くとやれ誰の点が誰より良かったか、そう言う話ししか聞いたことがない。
けれど、うちの親も、今回の取材も、みんな好きにやっているのだ。自ら選択し、行動している。私から見たら、何か自分らしい一本筋の通った何かに見えてしまう。
「どっちがまともなの?」
試しに運転席で泣きじゃくる親父に聞いてみた。久しぶりの再会だったからだろうか、そりゃあ男同士で積もる話もあったのだろう。少し親父の頭を撫でてやったら落ち着いたようだ。
「知らねー、人生なんて本人がうまくいってるって思ってりゃあなんでもいいんだよ。ただな」
親父がいつになく真剣な顔になっていった。
「うまく行かせるには知識が必要だから、学校の勉強は怒られない程度にやっとけ」
親父はそう言うとまっすぐ前を見た。
その横顔はあまりにも真剣だった。
親父は口ぶりは粗野で、噛み砕いた言い方しかしない。本人はわかりやすく伝えようとしているのだけれど、噛み砕きすぎてわからない。
それでも、親父なりに伝えようとしているのかな。梶川氏や大館氏の奥さんのように。
アタシの中に種を蒔き、それが美しく芽吹くように。
「おとうさん」
ありがとう、と言えずに、アタシは親父の頭を撫でた。
「なんで!?あれ、子供扱いなん!?連れてきてくれてありがとうとか聞きたいよね!?」
「うるせえカス、安全運転しろやコーヒーいる?」
「ありがとう、あれなんで俺がありがとうっていってるのかな!?」
そういって缶コーヒーを渡してもう一度アタシは親父の頭を撫でた。



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