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「話したい」は自己中心的欲求なのか

育休中って、大人と話す機会がほとんどなくなりません?赤ちゃんはもちろんかわいい。いっぱい話しかけてるし、笑って反応してくれることもある。でも、ひとりじゃないのに孤独を感じる。わたしの場合、この孤独感が形を変えて「大人と話したい」気持ちになりました。


でも、「話したい、は自己中」論に出会い、戸惑っています。

きっかけは赤羽雄二さんのVoicyです。

トークテーマは「口を挟まないで聞く方法」。
ヒアリングの勉強になるかもと思い拝聴してたところ、ちょっとちがう部分でナイフで突かれました。(赤羽さんは何も悪くありません)

…なんで口を挟んでしまうのかというと、しゃべりたいというのは自分の話を聞いてほしいとか、今日あったことを話したい、私のことを見てほしい、私の気持ちを知ってほしい、わたしの気持ちを理解してほしい、モヤモヤを吐き出してしまいたいとかあるんです。これはあくまで自分中心の気持ちの整理なんですね。相手に対して持ちつ持たれつじゃなくて、自分の話を聞いてほしい、すごいぜんぶ自己中ですよね。わたしの気持ちを理解してほしい、モヤモヤを吐き出してしまいたい、これもっと自己中ですよね。もちろんこれはこれで大切なことなんですけど、あくまで自分を中心とした気持ちの整理なんですよね。有り体に言えば相手に関心は無くて自分がいいたいことをとにかくそこに吐き出していると、投げつけていると。こういう状況に見えるんですよね。しゃべりたいということ自体、相手あっての話じゃなくて自分中心だということが一番の問題になります。

赤羽雄二さんVoicyより

グサグサグサッ・・!!!!🔪👼



あれ・・・ひとりの育休中、夫の帰宅を待ちわびて、「ねえねえ話聞いて!!!」と犬のように待ってたんですけど、それってすごい自己中だったのか・・・?

たしかに、あのときの夫はわたしの話に対してそこまで興味深そうではなかった。そして、思い返すと、わたしの話のなかに夫は出てこないものばかりだった。夫の興味のある話題でもない。(こどもの話なら興味ある…と信じたいけど)

そうか、もしかして夫ははけ口みたいに扱われてうんざりとしてたのかもしれない。ご、ごめん。


赤羽さんは、そもそものテーマは相手の話をカットインしない方法についてなので、自己中論はあくまで聞き手の課題として挙げています。

わかってる、わかってるけど、話し手になりたい側の欲求を根こそぎ否定された気分にもなっちゃう😢


おなじみ、マズローの欲求5段階説

そうそう。心理学者マズローによれば、ひとの欲求は5段階のピラミッドで構成されるんですって。

ferretより引用

これみて、育休中の孤独感って二段階で生じるかもと思いました。

さいしょは、社会的欲求。まず人として社会に属したい、かかわりあいたい。仲間に混ぜてほしい。
次が、承認欲求。私の存在価値を認めてほしい。昼間ひとりで頑張ってるんだよ、ほめて!ねぎらってほしい。ありがとうって言われたい。(言及しませんが寝不足による生理的欲求は常にあったな)


わたしの育休時(乳児期)の「話したい!」欲求は、たぶん後者の承認欲求だったのかもしれません。というのも、社会的欲求はインスタで満たしてたつもりだったから。(当時の投稿を見返すのが恥ずかしいw)SNSで合ったこともない全国各地のママとつるんで、つながってる感を得てたけど、だんだんと「やっぱ会話したいわ」と思ってきたんです。しかも、話したい内容は、こどもじゃなくて自分のことを。
だったら、話す相手なんて・・・夫しかいないじゃんね。(急に逆切れw


とにかく聴く、にプラスして


赤羽さんは、聞き手は「自分の話をしたい!聞いてほしい!」欲求は抑えて、相手が話し終わるまでとにかく聞くべし!意見を否定せず最後までね!と言ってました。

が、だからといって「聞き手だから永遠に話さない」という選択肢はナシかなと思う。


だってこれ、ずっと聞いてるだけのひとって、つまんなくないですか?何考えてるの?教えて?って思う。笑 自己中って思われたくない気持ちはわかるけど、、、気にしてたら会話にならなくない?

あと、話し手側も気を付けたいことだと思う。わたし自身話すのが好きで、けっこう永遠に話し続けちゃうほうだと自覚してるけど、それだけで満足してさよなら!っていうのは相手に失礼だよね。(おまいう)
赤羽さんはごみ箱扱いって言ってました。パワーワードすぎる。まじで気を付けよう。


結論、会話するときは、一方的にどっちかが話すんじゃなくて、ひとりが話しているときはその話しが終わるまで待つ。そこで、空白ができたら、聞き手は話し手に対して質問したり、自分はね、と話を始める。もしくは、話し手だったほうから、聞いてくれたけどあなたはどうなの?とボールを渡す。これをお互いが同じくらいに気を遣いあってできたら、最高にきもちのよいコミュニケーションがとれるんだろうなあと思いました。

孤独感にさいなまれてたあのときに、こういう話し方ができたら夫の反応も違ったのかなあ。たらればかなあ。


※※※
ちなみに。最近のわたしのなかの「話したい!」欲求は自分の中で解消できておらず、noteというオープンな場所でやっちまっています。今、ここです。マインドフルネス。そう、99%一方通行です。すみません。

もしよければ、コメント欄であなたのお話も聞かせてほしいです。もちろん、noteを公開されてたら見に行きます!(急にコミュニケーションアピールw)


そんなことを思った一日でした。

おしまい


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