さすらいのノマドウォーカー

さすらいのノマドウォーカー⑭

「マコちゃんは何のむ?もってきてあげる」

トテトテという擬態語がしっくりくる頼りない足取りでドリンクバーへ向かう姪っ子を、ハラハラしながらソファで見守った。危なげな手つきながらも、エスプレッソマシンにマグカップを置くと、背伸びをしてカフェラテのボタンを押す。プシューっとフォームミルクをはき出すノズルを興味深々でみつめている。ミルクが止まると手を出そうとする。うわ!まだだよ。次にエスプレッソが出てくるんだから。腰を浮かそうとすると黒い液体まだ出てきていなことに気が付いた賢しい姪っ子は伸ばしかけた手を引っ込める。ふう。抽出が終わってまだ何か出てこないかと、ゆうに5秒は待ってから両手で大事そうにカップを持ち上げた。あ。しゃべりながら歩いてくるおばさんにぶつからないかな。こぼさないかな。ああ。もう。アイスにすればよかった。

「だーいじょうぶよ。いつもパパのコーヒーで慣れてるから」

向かいの席で姉が苦笑している。小さい子の相手をしたことは、ほとんどないんだからしょうがないじゃないか。

「はい、どうぞ」

テーブルにホットカフェラテを置いた姪っ子は、ぴょんとソファにあがってから隣に座る大人、つまり自分にしなだれかかった。

「なつかれたわね」

姉はさっきからずっと苦笑しているが、こっちだって困惑している。遊んであげたこともあまりないし、末っ子ゆえ子供の扱いは不慣れなのに。

「マコは無駄に猫かわいがりしないからね」

そんな理由?

「旦那も旦那の両親も、それじゃ子供が疲れちゃうわよっていうぐらい構うのよ。そして忙しいときはほったらかして、返事もろくにしれあげないの。その点あんたは、ちゃんと一対一で接してあげるじゃない」

そういうもんなのか。自分が子供の頃のことはよく思い出せないが、1人前に扱ってほしいと思い始める年ごろに、この娘は差し掛かっているのかもしれない。お姉ちゃんになったばかりでもあるし。でも甘えたい盛りを過ぎたわけではないから、たまにしか合わない自分は手ごろな相手なんだろう。

「ありがとう」

言い忘れていたお礼を伝えた。同時に頭をなでようかと手を伸ばしたが、子供扱いは嫌がるかなとひっこめる。腰のあたりで姪っ子が微笑む気配と、向かい側でまた姉が苦笑する気配がしたが、気付かないふりをする。

「旦那さんは?」

「置いてきた」

へ?

簡潔に答えた姉は、姪っ子にママの分のドリンクもとってきてよと言いつけた。

「ママの好きなジュース、知ってるよね?」

「知ってるー!ひゃくぱーせんとオレンジジュースー!」

「当たり―!お願いねー」

姪っ子がいなくなると姉は言い訳した。

「子供がいる前で旦那の悪口はいいたくなくてね」

GWは家族とずっと一緒にいるって約束したよ。でも佐々木の家だって家族だよね。長い休暇中に1日くらい母さんのお見舞いにいったっていいじゃない?5月からの連休はずっと旦那の実家に泊まるんだよ。それなのに行きたくないだの約束が違うだのグダグダ抜かすから、起こさずに置いてきた。

朝の姉からの電話は、「近くにいるから病院行くなら乗ってく?」という内容だった。悪い知らせではなくてホッとしたが、GW中はこちらには来れないと聞いていたから驚いた。

大通りで待ち合わせして、姉が運転する自家用車にのせてもらい母の病室を訪れた。酸素マスクをあて全身から管が伸びた母の姿を見て、姪っ子が泣き出すのではと心配していたが杞憂に終わった。神妙にじっと母を彼女にとっては祖母をみつめていた。こんな姿を幼い子供にみせたくないという旦那さんの気持ちはわからなくもない。包み隠さずみせておきたいという、姉の教育方針も間違っているとは思わない。夫婦の問題も親子の問題も、とってもとっても難しい。

下の子が愚図りだしたを頃合いとみて病室を辞去し、現在は病院近くのファミリーレストランでお昼を食べている、というわけだ。

「これからどうすんの?」

いつまでもファミレスに居座るわけにもいくまい。パーティションの影になっているが、順番待ちの客がいるのは話声でわかる。

「シェアハウスにいこうかな?」

「え…いいけど。居る場所あるかな?」

ご家族と休暇を過ごすような発言はなかったから、仙道さんは在宅のはずだ。姪っ子が嫌がる猫かわいがりをするか、無視してマシンガントークを炸裂させるかのどちらかだから、ゆっくり休むこどなどできまい。

それに2階には姉のファンの江幡ボンがいる。説明するの、面倒くさいなあと思っているところで、姉のスマホが振動した。

ちろっと視線をやってから何気ない風を装って応答するが、きっと旦那さんだろう。

「うん。うん。わかった。うん。ファミレス。連絡して」

こちらを気にしてか、わざとぶっきらぼうは返事をしているが、内心は嬉しがってるに決まっている。

「旦那さんでしょ?なんだって」

「迎えにくるって」

「え?どうやって」

「電車に決まってるでしょ」

姉の家に車は1台しかない。まあごく普通の一般家庭なら当然だろう。しかしその1台は姉が乗ってきてしまっている。あの旦那さんが電車?運転が好きで車があるんだからという理由で駅から遠い場所に家を建てたあの旦那さんが?歩いて2分のコンビニまでも車で移動するあの旦那さんが、電車に乗ってくるって?

「愛されてるね…」

「私たちがね」

思わず鼻で笑ってしまい、照れ隠しする姉に睨まれてしまった。わかってるくせに。旦那さんは姉だけのために迎えにくるのだ。姉のご機嫌をとるためだけに。

「会いたくないなあ」

きっと連れ出したのはあいつだと恨まれているに違いない。嫌われてるのは知ってるし別にいいんだけど、面と向かって態度に出されるとそれなりに傷つくんですよね。

「あんたもガキみたいなこと言わないの」

へいへい。女王様には逆らえませんて。

順番待ちの客には心の中で詫びを入れ、そのままファミレスで過ごした。姪っ子の幼稚園の話を聞くのは楽しかったが、2時間後にやってきた旦那さんには案の定睨まれた。彼の愛する家族を侍らせている輩には当然の仕打ちだろう。こういう役回りにも慣れないとな。

家まで送るという申し出を丁重にお断りして、わざと遠回りしながらのんびりと歩いて駅まで向かった。

居心地のよさそうなカフェが、あったらいいな。Wifiもとんでたら言うことなし。


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