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浮浪者のおっさんに5000円渡した話

私は軽薄そうに見えて口が堅い事を売りにしており、コミュニケーションにおいて人の秘密をベラベラ語ることを忌み嫌っている。そのうえ、私よりも立場が弱いと思われる人間を記事のネタにして書くのも、いささか躊躇われる部分があったので、その事があってから5年間、ずっと黙っていたのだ。

しかしさすがに面白い話も年月が過ぎれば劣化するし、その時からは私自身の状況も住処も全然代わっているのであるから、折角だから私の善行を記事に残して思い出の1ページにするのも悪くないと思い、こうしてネタにしている。

この時点で嫌な気持ちになった人は、先を読まずにブラウザバックしてほしい。

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私の岡山理科大学での大学生活というものは、非常に不規則なものであった。普通の学生なら、遅くとも11時くらいには講義を受けるために大学に赴き、17時~20時の間には家路につくと思う。
しかし私は講義を休む事も多かったし(これは他のNOTEを参照すれば事情が分かる)、学友会・あるいは部活や大学内でのバイトもこなしていたから、時間がきっちり決まっているものではなかった。
特に学友会というのは、まあ高校の生徒会のようなものである、それも幹部クラスのオブザーバーになれるくらいの立ち位置であった。毎週の幹部会の度に会議室に行く後輩兼上司を見送って、事務室で作業をすることが多かった。その幹部会というのも21時くらいまでかかるのであるから、家に帰るのは結局22時くらいになっていて、さらにそれに大学祭の準備が付けば帰宅は深夜となることも普通であった。

しかし下宿は大学に近い場所にあり、正確に言えば岡山市北区の宿本町という場所で、家を出れば半田山にそびえたつ学舎を望むことができた。この私の住む宿本町あるいは宿と呼ばれる地区は、理大生の下宿街になっていた。近くには陸上自衛隊の三軒屋駐屯地もある。津山線が通っており、津山線沿いに北上すれば原に、南に行けば法界院駅を経て岡山市街地に至る場所である。

さて、私の生活や住処の話はここまでで、その日あったことを話そう。

その冬のある日も、私は事務作業を終えて帰宅の最中であった。辺りは真っ暗で、ポツポツとある街灯だけでは全てを照らしきることもできない。また下宿街という特性上自動車も、人も通らず、あたりは静まりきって自分の足音だけが響いてくる。

家々から香ってくる夕食のおかずやお風呂の香りを嗅ぎながら、スタスタと歩みを進めた。

家の前まで来た時、目の前の暗闇から突如人影がぬっとあらわれた。そして「こんばんわ」と話しかけてきた。私はびっくりして何事かと思った。
私はその時街灯の真下におり、相手からは私の姿が見えるが、私からは相手の灯りに照らされた部分しか見えない。
分かったのは、その人影が自分よりうんと年上の男性で、ひげはもじゃもじゃ、服装も汚れてだらんとしていることだけだった。表情までは分からない。酷い匂いもした。

おっさん「倉敷への行き方は分かりますか?」

わたし「倉敷?倉敷ですか?」

頓珍漢な話である。倉敷はここからさらに20㎞ほど西へ行かなければならない。

わたし「法界院から電車に乗って、岡山駅に行き、そこから山陽線に乗り換えればいいですよ。法界院駅はこの方向にまっすぐです」

私はこの場面では妥当な回答をした。きっと帰り道が分からなくなったビジターだろうと思った。しかしおっさんは更にすごい事を言った。

おっさん「津山から歩いてきたんです。」

そこで私は全てを理解した。このおっさんはバグっている。
津山から歩いてくれば見た目はボロボロになるし、変な匂いがするようになるだろう。そしておっさんが金も持たずに津山から倉敷まで徒歩行軍をしている事もわかった。

わたし「そんなに遠くから歩いてきたんですか!?」

おっさん「倉敷で仕事があるんです」

おっさんは悲しそうに言った。もしここから倉敷まで行くなら、朝まで歩き続けなければならない。

おっさん「なんとか、倉敷に行くまでの運賃だけでも貰えないでしょうか」

なるほど、この人はお金を恵んで欲しくて私に話しかけてきたのか。
それなら話は早い。と財布を見る。
10円玉が4枚と、飛んで樋口一葉が1枚。

私は迷わず樋口さんを差し出した。

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この話はこれでおしまいだ。
私も、この件が偽善であることが分かっているし、山ほどある問題を寧ろ悪化させかねない事が分かっている。だから今までネタにしなかった。

私は今、岡山市でホームレスを助けて支援に繋げようとしている、天理教岡山布教寮を度々訪ねて、支援物資を送っている。これも、山ほどある問題をどうにか解決させたいためだ。

岡山駅の地下街には、夜になるとああいうホームレスの人たちが集まって暖を取っている。ああいう人たちを見る時、私はこの話をよく思い出している。


インターネットを渡り歩いてまだ6年、色々なカテゴリを楽しみ、「消費者」として生きています。 そんな文化の消費者の毎日思ったことアレコレを書いていきます。雑記。