ダンスインザヴァンパイアバンド 外伝小説「夜と闇」 (作・ティクラクラン)

拙作ダンスインザヴァンパイアバンド には公式外伝とした書かれた小説が数多く存在します。

二人の友人「ティクラクラン」氏と「Gemma」氏によって書かれたこれらの作品に登場する設定、登場人物はバンド漫画本編にも登場し、作品世界を広げる大きな役割を担っています。

同人誌で公開されたのみで、あまり陽の目を見ることのないこの作品群を、この場を借りて少しずつ発表させていただこうと思います。
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第二弾は本編でも登場するとある人物にまつわる物語。

gfdsのコピー2

愛蔵版7巻(旧MF版では14巻)、アマゾンから逃れたミナとアキラが潜伏したスイス、ベルガマスク研究所で2人をで迎えたこの人物。作中ではほとんど説明がなく、いく人かの読者から「あの爺さんは何者なんだ」とのご指摘を受けました。

この老人、「ティクラクラン」氏が創作したヴァンパイアバンドにとって極めて重要な人物であり、外伝小説シリーズには度々登場するメインキャラクターの1人なのです。

風貌怪異なこの人物の初登場エピソード。彼が一体何者なのか、確かめてください。



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夜と闇


 その日の夕刻、アキラは一人で学校を出た。
 下校時にミナ姫と別行動を取ることは滅多にないが、今日は偶然いくつもの事情が重なっていた。霞が関でのミナ姫と日本政府との折衝が長引いたこと、ヴェラが秘書兼護衛としてミナ姫に同行していたこと、放課後に生徒会の手伝いを由紀から頼まれたこと……。
 普段はリムジンで足早に通過する通学路も、一人で歩きながら眺めてみるといつもと違う趣きがあった。
 ヴァンパイアバンドの対岸にあたるこの一帯は、かつてはごく普通の港湾地域だった。しかし、バンドの完成と前後して従来の施設がほとんど引き払い、空白地帯と化してしまった。ツェペッシュ家による用地買収もあったが、眼前に出現した「ヴァンパイアの巣窟」を忌避する心理も作用したのだろう。
 撤退した港湾施設と入れ替わりに、ツェペッシュ家の資本でバンド関連の物流施設などが整備された。とはいえ、通りかかるのはバンドに出入りする業者のトレーラーばかりで、事実上の無人状態であることに変わりはない。現に今日も、学校からここまで他の通行人の姿を全く見かけなかった。
 アキラはウォーキングを兼ねて早いペースで歩いていた。足元の歩道には傷みが目立ち、ひび割れや舗装の継ぎ目から雑草が伸び放題になっている。
 歩道の脇の金網越しに見える岸壁にも人気はなく、使われなくなった巨大なガントリークレーンがカモメの休憩所と化していた。クレーンの向こうには、バンドの行政府ビルが威容を誇っている。どちらも夕陽に赤く染め上げられていた。
 さびの浮いたガントリークレーンと、傷一つないガラスに覆われた行政府ビル。
 退去した人間たちと、入植したヴァンパイアたち。
 数年前ならありえなかった光景だ。
 ツェペッシュ家は巨大な財力をもってバンドを築きあげ、人間のみならず世界中のヴァンパイアを震撼させた。しかし、三支族の内乱に敗れて一度は崩壊したツェペッシュ家が、果たして財力だけでここまで巻き返せるものなのか?
 思えば、アキラにとってのツェペッシュ家はすなわちミナ姫であり、ツェペッシュ家そのものについてはまだまだ知らないことが多かった。
 一度、ヴェラさんにでもゆっくり話を聞こうかな……。
 そんな物思いにふけっているうちに、アキラはバンドへの唯一の陸上ルートである地下トンネルの入り口にさしかかった。
 トンネルへの進入路の荒れた歩道に、小さな影が佇んでいた。
 アキラが近づいていくと、影の正体は車椅子に乗った老人だとわかった。ぶつぶつとアキラにはわからない外国語でしきりにぼやいている。
 今このあたりに近づく者といえば、不老不死に憧れた愚かなヴァンパイア志願者か、肝試しのつもりでトンネルの入り口を覗きに来る中学生くらいのものだ。しかし、老人はそのどちらにも見えない。
アキラはとりあえず英語で話しかけてみた。「爺さん、大丈夫かい?」
 老人はさっと振り向いてアキラを見た。
 つるりと禿げ上がった卵形の頭部に羊皮紙のような皮膚が貼りついている。やせこけた身体と落ち窪んだ青い目、尖ったわし鼻、頑固そうなへの字口は、文字通りハゲタカのような猛禽類を連想させた。
 老人の面妖な風貌は一見してヴァンパイアかと思わせた。しかし、日没間近とはいえ日差しはまだ強く、老人が人間であることは明白だった。
 老人は訛りのきつい英語で答えた。「おお、良い所に来てくれた。ちょっと手を貸してくれんか」
 アキラが目を落とすと、車椅子の片方の車輪が舗道の割れ目に落ち込み、身動きが取れなくなっていた。アキラはやすやすと車輪を引き上げてやった。
「こんなところを一人でうろついてちゃ危ないぜ。どこに行くつもりだったの?」
 老人は小枝のような人差し指で前方を指した。老人が示した方角にはバンドの行政府ビルがそびえていた。
 アキラは絶句した。これから夜になるというのにバンドの中枢部に乗り込みたがる人間などいるわけがない。どうやら徘徊老人に捕まってしまったらしい。アキラは老人におそるおそる聞いてみた。
「爺さん、あそこが何だか知ってる?」
「馬鹿にするな! ヴァンパイアバンドの行政府くらい知らんでどうする! ちょうどいい、お前さん若いからこいつをトンネルの向こうまで押していく力くらいあるだろう。あのビルまで連れて行ってくれ」老人は車椅子をぽんぽん叩きながら勝手にまくしたてた。
 アキラはようやく合点がいってあきれ返った。
「もしかして爺さん、最初から誰かに押してもらうつもりで待ってたとか?」
「わかるか」

 老人を道端に放置していくわけにもいかず、アキラは車椅子を押してトンネルに入った。どうせ老人は警備ゲートのセキュリティチェックに引っかかる。そこで警備員に老人を押しつけてしまえばいい。
 ゲートのブースにいた警備員たちは皆アキラの顔見知りだった。チェック機材を携えた警備員の一人がブースから出てきた。彼は老人の姿を見て怪訝な顔をしたが、何も言わず老人のチェックに取りかかった。
初めての入島者への検査は厳重で、事前登録された掌紋の照合とボディチェックをクリアした上で、島内の受け入れ部署の承認がなければ入島が許されない。
 ところが警備員は、老人の掌紋をチェックしただけで機材を引っ込め、あっさりと言った。
「どうぞ」
 アキラは仰天した。
「な、なんでだよ、おい! 勝手に通しちゃまずいだろ!」
アキラに詰め寄られた警備員は目を白黒させた。「勝手と言われても……。行政府から終身通行許可が下りている。我々には止める理由がない」
「終身通行許可ぁ?」アキラは初めて聞く言葉に思わず素っ頓狂な声をあげた。
 老人は涼しい顔でそっぽを向いている。
 アキラは警備員をブースの陰に引っ張っていき、小声で訊ねた。
「なあ、あの爺さん何者なんだよ?」
「わからん。掌紋が登録されているだけでID情報は何も載っていない」
 老人がいらいらと肘掛けを叩いた。「さあ、行くぞ。わしの残り少ない時間を無駄遣いするな」
 ゲートを過ぎると、二人の前には暗くて長い下り坂が伸びるばかりだった。この坂が終わると、今度は踊り場のないゆるやかな上り坂が出口まで延々と続く。たしかに、老人の体力ではバンド側まで自力で行くのは難しい。
 アキラは無言で車椅子を押しながら考えていた。
 老人の素性をどうやって聞き出したものか。これまでの様子から考えて、正面から訊いてもはぐらかされてしまいそうだ。
 その時、アキラの心を見透かしたかのように老人が口を開いた。
「この40年間、わしは決して自分を語らなかった。名前すら名乗ったことがない。だが、このバンドではそれが許される。全ては姫殿下のお力あってのことだ」
 前を向いたままの老人の薄い肩からは、何の感情も読み取れなかった。老人は振り返ってアキラを見た。
「話を聞く気はあるかな?」
 アキラに断る理由などなかった。

 あの夜、私は逃げていた。
二十年前に滅びた祖国から命からがら脱出し、ようやく築き直した身分と生活はもはや失われた。あとに残された財産は自分の命だけだった。
 最後の安全地帯である政府高官の邸宅まで、まだ1キロ以上歩かねばならなかった。その門をくぐる前に追っ手に捕まれば、待っているのは弁護人不在の裁判と絞首刑だけだ。奴らの執念深さは亡き祖国の官憲のそれを超えていた。
 逃亡者にとってありがたいことに、その夜は雲が多く、月はたまにしか顔を出さなかった。暗い路地に差し込むわずかな街の灯りが、夜露に濡れた石畳を冷たく照らしていた。左翼ゲリラの活動が激化しているせいか、夜間出歩く者はほとんといない。通行人よりも野良犬や野良猫の方が多いくらいだった。
 慎重に道を選びながら進んでいると、突然頭上から声が降ってきた。
「そっちへ行かない方がいいわ」
 私は肝を潰してひっくり返りそうになった。
頭上を仰ぎ見ると、高いレンガ塀の上に少女が一人ちょこんと座っていた。安堵と怒りがない交ぜになり、私は必要以上に大声を出してしまった。
「誰だ!」
 その少女は地味ながら高級そうなビロードのドレスに身を包み、長い金髪を赤いリボンで二つにまとめていた。体格は華奢で小さく、10歳より上には見えなかった。その丸顔には幼さと気品が見事に同居しており、私を見下ろす双眸は薄暗がりでも無邪気にきらきら光っていた。
「そっちに行くと危ないの」娘は小首を傾げ、細い声で言った。「おじちゃんの行き先はもう知られてる。逃げるなら別の道にした方がいいよ」
 馬鹿な。見知らぬ少女が私の事情を知っているはずがない。そもそも、こんな夜中に子供がうろついていること自体が不自然だ。
 追い詰められたせいで幻覚を見ているにちがいない。私はそう思うことにした。
 私は少女を無視して歩き出した。少女はそれきり何も言わず、追っても来なかった。やはり幻覚だったようだ。だいたい、あんな小さな子供が高さ3メートルもある塀の上に登れるものか。
 私は慎重に道を選んで人目を避けながら、目的地まであと数ブロックというところまでたどり着いた。
かすかな物音が背後から私の耳をくすぐった。
 私は足を止めた。緊張が私の首筋をちりちりと焼いた。振り向く前から音の正体には気づいていた。革靴が石畳を踏む音だ。
 覚悟を決めて振り向くと、ソフト帽を目深にかぶりコートを着込んだ男が数メートル先に立っていた。両手は意味ありげにポケットに収まっている。
 私は慌てて逃げようと身を翻した。ところが、先ほどまで無人だった前方にも、コートの男と瓜二つの身なりをした影が立っていた。もはや逃れる術はなかった。
 あの少女の言葉が思い出された。あれは一種の予知夢だったのだろうか。
 観念した私は抵抗せず、おとなしく男たちに連行された。彼らの態度は暴力的ではなかったが、私に服従以外の選択肢を与えない程度には容赦なかった。
 連れて行かれた先には黒いセダンが停まっていて、運転席には三人目の男がいた。そこは妙に奥まった袋小路の突き当たりで、今思えば明らかに不審だった。しかし、その時の私は自分の先行きのことで頭が一杯だった。
 私は後部座席に押し込まれ、二人の男に挟まれて身動きがとれなくなった。
 車内に沈黙が充満した。
 何かがおかしかった。運転手が一向に車を出そうとしないのだ。しかも、この三人の追っ手は今まで一言も口をきいていない。
 さすがに違和感を感じて身じろぎすると、左にいた男が突然私を羽交い絞めにした。私は抗ったが男の力は異様に強く、身体が針金で杭に縛られたようにびくともしなかった。
 左の男は私の身体を強引にねじり、私と右の男が正面から向き合うようにした。
 右の男はかぶっていた帽子をゆっくりと取った。眉庇の下から現れた男の両目は、あたかも鮮血を注ぎ込んだように真紅に染まって爛々と輝き、とても人間の目とは思えなかった。
 ここに至ってようやく私は気づいた。彼らは「私の追っ手」ではない。私が全く知らない連中だ。しかも、見たところまともな人間ですらない。
 では、人間でないなら何なのか? 
 なぜ私を捕らえたのか? 
 これから何をするつもりなのか?
 私の脳裏で幾多の疑問が渦巻いたが、そんなことにはお構いなしに右の男が青白い顔を近づけてきた。男の薄い唇の両脇から、小指くらいはあろうかという長い犬歯がむき出された。犬歯に押しのけられて歪んだ唇は、その場に不似合いな愛想笑いを浮かべているように見えた。
 男は私の首筋に顔を寄せてきた。妙に冷たい息が私の顔に吹きかかり、くず鉄置場のような鉄錆の匂いが鼻を突いた。
 私は悟った。自分は今ここで絞首刑以上に恐ろしい最期を迎えるのだ、と。
 男が一際大きく口を開き、私の首に齧りつこうとした。
 その時、男の背後で車のドアが外に向かって弾け飛んだ。
 消え失せたドアと入れ替わりに、何か大きな塊が車内に飛び込んできた。それは毛皮に覆われた太い腕を突き出し、右の男の頭を後ろから掴むと無造作に首をへし折った。枯れ枝を踏み折ったような乾いた音が車内に響きわたった。
 私を羽交い絞めにしていた左の男が牙をむき出し、威嚇するような声を発した。
 闖入者は激しく痙攣する右の男の身体を軽々と車外に放り出した。
 左の男は後ろから私に牙を突き立てようとしたが、闖入者が私の頭をわし掴みにして自分の方へ引き寄せた。
 行き先を失った男の牙が虚しく噛み合い、がちんと硬い音をたてた。
 私も首も折られるかと思ったが、闖入者は引き寄せた勢いのまま私の頭をぐいと下方に押しつけた。私は後部座席の床に身体を押し込まれる形になった。
 床に伏せた私の頭上で、左の男と闖入者との格闘が始まった。車全体が激しく揺れた。強烈な獣の匂いが車内に充満したが、すぐに鮮烈な血臭に置き換わった。左の男の威嚇声も断末魔の呻きに変わり、やがて沈黙した。
 車の揺れが収まった。乱闘は終わったらしい。
 私は手荒く襟首を掴まれて上体を引き起こされた。顔を上げると、ようやく闖入者の顔がはっきり見えた。そして私は悲鳴をあげた。
 闖入者の正体は狼だった。体格は私よりかなり大きくしなやかで、全身が波打つような銀色の毛皮で覆われている。長い鼻面の奥にある金色の両目が、私を値踏みするようにじっと見つめていた。
 まったく信じがたいことだが、どうやら狼は私を救ってくれたらしい。
 私はやや落ち着きを取り戻して車内を見回した。
 左の男は虫の息だった。下顎を丸ごとむしり取られた上、顔から胸全体にかけて狼の爪でずたずたに引き裂かれている。普通の人間ならとうに息絶えていておかしくないはずだが、それでも生きていた。
 一方、最初に首を折られた右の男は路上に転がっていた。こちらも死に切れずにもぞもぞ動いている。彼らの生命力の強さは明らかに人間のものではなかった。
 運転手は今も座席に座ったままだった。それもそのはず、天井から打ち込まれた太い鉄棒が脳天から尻へと貫通し、座席もろとも串刺しにされていた。驚くべきことに、そんな状態でも運転手は死んでいなかった。それどころか鉄棒をはずそうとしきりにもがいていた。
 しかし、この鉄棒はどこから来たのか?
 狼が車外に出た。私も後を追って車を降り、車の上を仰ぎ見た。
 先程の少女が車の屋根にすっくと立ち、腕を組んで悠然と私を見下ろしていた。
「妾の警告を聞かぬから怖い思いをするのじゃ」
 少女の顔つきも口調もさっきとは全然違っていた。年相応のはかなさは影を潜め、傲慢といってもいいほどの自信に満ち溢れている。
 この少女は幻覚ではなかった。
 少女は優雅な動作で屋根から降りて私の前に立った。身長は私よりはるかに低いのに、なぜか私の方が気圧されてしまった。少女は幼い外見に似合わぬ重厚な迫力を周囲に振りまいていた。その違和感を例えて言うなら、百科事典なみに重い絵本のようだった。
 狼が少女を守護するかのように傍にうずくまった。
「要点だけ言おう」少女は私の反応を待たずに口を開いた。「今、三つの勢力がお前を追っておる。一つはお前もよく知っておろう。もう一つが車の中の連中じゃ。お前が今身をもって理解した通り、こ奴らは人間ではない。ヴァンパイアじゃ」
 ヴァンパイア。
 吸血鬼。
 若い頃にレ・ファニュの小説を読んだことがある。クリストファー・リー主演の映画を観たこともある。ヴァンパイアがどういうものか知らないわけではない。普段なら冗談を言うなと笑い飛ばしてしまうところだ。しかし少女が言う通り、私は身をもって理解していた。ここは少女の言葉を信じざるをえない。
「こ奴らはお前を見つけたら直ちに殺すよう命じられておる。もちろん裁判など抜きでな」少女は自分を指差した。「そして三つ目の勢力が妾じゃ。ただし、奴らと違ってお前を殺す気はない」
 さっきの狼の振る舞いから考えて、その言葉に嘘はなさそうだった。
 当の狼は私たちの周囲を油断なく見張っている。大きいだけの普通の狼かと思いきや、よく見ると前足の指が奇妙に長く、人間の手に似ている。他にもどことなく違和感があったが、その時は理由がわからなかった。
「そこで提案じゃ。妾と共に来い。そして妾の僕になれ。さすれば、この街から生きて連れ出して、お前の経験を存分に生かせる仕事に就かせてやる。どうじゃ、悪い話ではなかろう」
 背後でばさっと大きな音がした。
 車の方を振り返ると、三人の男たちが大量の灰の山と化していた。
 これがヴァンパイアの死というものか。
現実離れした出来事の連続で神経が鈍磨し、もはや驚いてみせる気にもならなかった。石ころのように縮んだ私の理性は、少女の荒唐無稽な提案にも驚くほど平然と耳を傾けていた。
「言っておくが、政府高官など頼りにならんぞ。アイヒマンがどうなったか知らぬわけではあるまい」
 たしかにアイヒマンが捕まった時、アルゼンチン政府は何の役にも立たなかった。私の元々の追っ手は国家の主権など何とも思っていない連中だ。かと言って、もう一方のヴァンパイアに捕まればどうなるかは判りきっている。では、この少女はどうなのか。
「追っ手の一つは人間で、もう一つがヴァンパイアなら……三つ目のあんたはメフィストフェレスか?」
私は真剣だった。ヴァンパイアが実在するのならメフィストフェレスがいてもおかしくない。実際、今の状況はゲーテの戯曲によく似ているではないか。
 少女が声をあげて笑った。笑い声にすら威厳と気品が感じられた。
「ならばお前はドクトル・ファウストか。だが、妾がもたらす新たな人生が、ここで死ぬよりましとは保証できぬぞ。それでも来るなら、お前の命を助けよう」
「断ったらどうなる?」
「お前を他の勢力に渡すわけにはいかぬ。断るなら今すぐ殺す」
 少女はあっさり断言した。その言葉を裏づけるかのように、少女の傍の狼がこれ見よがしに牙をむいて見せた。
「それは提案じゃない。脅迫だ」
「脅迫? とんでもない。妾はお前の頭脳を必要としておる。お前が死にたくないのと同じくらいにな。だから、これは対等な取引なのじゃ」
 うずくまっていた狼が不意に立ち上がり、緊張した様子で周囲を見回した。少女は狼にうなずきかけた。
「包囲が完成したか。ローゼンマンめ、思ったより手回しがいいわえ」少女は私に向き直った。「もう時間がない。妾と共に行くか、この場で死ぬか、今すぐ決めよ」
 選択の余地はなかった。少なくとも、今ここで死ぬのは御免だった。それに、私の経験を生かせる仕事とは何なのか興味があった。
「わかった。あんたについて行こう」
「では、乗れ」少女がいきなり言った。他人に命令するのに慣れきった口調だった。
「えっ?」
「そ奴の背に乗るのじゃ! 早うせぬか!」
 少女が指差した先に狼がいた。狼は少女の言葉を理解しているかのように腰を下げ、私が乗るのを待っていた。
 私は言われるまま狼の背にまたがった。狼の両肩におっかなびっくり手を載せると、分厚い毛皮の下に強靭な筋肉のうねりが感じられた。馬にもロバにも乗ったことのない私が、よりによって狼に乗る日が来ようとは夢にも思わなかった。
「ヴォルフ、お前は脱出に専念せよ。妾が突破口を切り開く。この男を必ず連れ帰るのじゃぞ」少女が言った。
「心得ました、殿下」
 聞き覚えのない声だった。
私と少女以外に誰かいるのか? 
一瞬いぶかしんだ私は、すぐに驚愕で頭が真っ白になった。おお神よ、いま私がまたがっている当の狼が人語を発したのだ。
 私は、この巨大な狼を最初に見て以来ずっと感じていた違和感の正体をようやく理解した。その金色に輝く両目の奥にあるものは、獣の野性ではなく人間の知性だった。人狼……ベイオウルフ……そんな言葉が私の脳裏をよぎった。
 ヴォルフと呼ばれた狼が肩越しに私を見て、素っ気無くつぶやいた。
「絶対に手を離すな。離せば死ぬと思え」
 ヴォルフは私の返事を待たず、少女を後に残して走り出した。私は言われた通りヴォルフの首にしがみついた。視界の端で、少女の背に翼が生えるのを見た気がしたが、あくまでも気のせいだと自分に言い聞かせた。これ以上こんなことが続いては私の理性がもたない。
 ヴォルフはみるみる速度を上げ、石畳の街路を音もなく疾走した。半ば闇に閉ざされた路地は迷路のように入り組んでいたが、進路の選択に全くためらいがない。駐車中の車や店じまいした屋台に突然出くわしても、ヴォルフは無駄な動作一つなく機敏に避けていく。ときどき急に進路を変えるのは、鋭敏な耳や鼻を駆使して待ち伏せをかわしているらしい。
 それにくらべて、私の方は待ち伏せに気づくどころか、激しく躍動する狼の背から振り落とされないようにするのが精一杯だった。

ティク1

 ヴォルフが急に足を止めた。
 前方に男が一人立っていた。先ほどのヴァンパイアたちとよく似た風体だった。男は自分が見ているものを理解するのに手間取っているらしく、呆然と私たちを見つめていた。やがて私と目が合うと、あっと驚いた表情で懐に手を入れた。
 ヴォルフが男に向かって走り出した。
 男の懐から拳銃が抜き出されようとしていた。
 一気に加速したヴォルフは後脚でひときわ大きく地を蹴った。
 私たちの身体がふわりと宙に浮いた。
 狼の視点から見ると、男の反応は絶望的に遅かった。
 ヴォルフの牙がギロチンさながらの勢いで男の喉笛に食い込み、そのまま男の首を切断した。男は悲鳴一つあげずに死んだ。
 男の生首は鮮血を振り撒きながら私の頬をかすめ、後方に飛んでいった。
 軽やかに着地したヴォルフは後ろを確かめることなく疾走を再開した。
 後になってみれば、あの夜出会った大勢の追っ手の中で、人間はあの男一人だけだった。彼こそが私の「本来の追っ手」だったのだろう。

 人間の追っ手を難なく退けてから間もなく、私たちはとある角を曲がった。
 曲がった先の街路では、目を血走らせたヴァンパイアたちが道幅いっぱいにひしめき合っていた。どうやら、これが本物の包囲網らしい。
 私たちをみとめたヴァンパイアたちは先を争うようにこちらに向かってきた。しかし、ヴォルフは全くスピードを落とさなかった。このままではヴァンパイアの群れに正面から突入してしまう。この人狼にどんな勝算があるのか見当もつかなかった。
 私は一瞬、ヴォルフの背から飛び降りて逃げようかと本気で考えた。もちろん、降りたからどうなるというものでもないのだが。
 突然、ヴァンパイアたちの横手にある建物のガラス窓が木っ端微塵に砕け散った。爆発したように飛び散るガラス片の中心に異様なものが見えた。
 それは二頭の黒い狼だった。どちらもヴォルフより大柄で逞しい。
 狼たちは牙と爪をむき出し、ガラスの雨を引き連れてヴァンパイアの群れに突っ込んだ。予期せぬ乱入でヴァンパイアたちは一気に浮き足立った。
 そこへ、今度はあの少女が真上から舞い降りた。やはりというべきか、背中に翼が生えていた。少女が着地すると、すぐさま激闘が始まった。
 その間にもまっすぐ突き進んでいたヴォルフは、入り乱れる少女と狼とヴァンパイアたちの頭上を易々と飛び越え、反対側に着地した。
「そのまま走れぇ!」
 少女の叫びに応じて、ヴォルフは全く速度を落とさず戦いの現場を離れていく。私は肩越しに背後を見た。
 少女はどこから持ってきたのか二本のサーベルを両手に握っていた。少女はそのサーベルを縦横に振り回し、群がるヴァンパイアを鮮やかに、そして確実に切り刻んでいた。
 少女の動きは、まるで吹きすさぶ風の中でバレエを踊っているかのように激しく、そして可憐だった。飛び交う血しぶきと肉片、そして灰に彩られていても、少女の美しさは露ほども減じなかった。いや、だからこそ美しかった。
 一方、狼たちの戦いぶりは対照的に力任せだった。
 強力な顎で敵の頚動脈を食い破る。
 両手に捕まえた敵を振り回して周囲の敵をなぎ倒す。
 激烈な体当たりで敵の背骨をへし折る。
 数の上で優るヴァンパイアたちを果敢に蹴散らす彼らの姿は、まさに北欧神話の戦女神ヴァルキューレとフェンリル狼そのものだった。
 あの美しくも力強い光景を、私は今でもはっきり思い出せる。

 ヴォルフはしばらく走り続け、まもなく街の外れというところまで達した。
 前方に橋が見えた。あの橋の先にある森に逃げ込めば追っ手を振り切れるはずだ。
 いよいよ橋にさしかかったその時、ヴォルフの足並みが突然乱れた。
 同時に、私の肩と腿に激痛が走った。
 私の痛みに一拍遅れて、幾つかの銃声が一塊になってこだました。
 狙撃されたのだ。
 私とヴォルフはもつれ合って路上に叩きつけられた。
 私は石畳に顔をこすりながら立ち上がろうとしたが、片手と片足が血に染まっていて力が入らない。ヴォルフを見ると、わき腹に幾つもの穴が開き、際限なく血が流れ出している。ぐずぐずしていると次の斉射を食らってしまう。私たちは支え合って近くのごみ箱の陰に転がり込んだ。
 周囲を見ると、どこに隠れていたのか夥しい数のヴァンパイアが姿を現わし、私たちを隙間なく取り囲むところだった。
「おい、しっかりしろ!」私はヴォルフに声をかけた。
 すると、ヴォルフは傷ついた身体を引きずり起こし、私を後ろに隠すようにして仁王立ちになった。自分の身体を盾にして、最後まで私を守り通すつもりなのだ。
 数にまかせて私たちをいたぶるつもりか、ヴァンパイアたちはやけにゆっくりと包囲を縮めてきた。一方のヴォルフは眦を決して微動だにしなかった。
 急に雲が晴れ、月明かりが私たち全員を照らし出した。ヴァンパイアたちの赤い目と白い犬歯は、月光を反射して紅白二色の蛍の群れのように妖しく光り、私の目を釘付けにした。
 不意にヴォルフが耳をぴくりと動した。そして私を見て余裕ありげに微笑んだ。狼が笑った顔など見たことがなかったが、とにかく笑顔のように見えた。
「安心しろ。我らの勝ちだ」
 ヴォルフはそう言うやいなや頭を高く掲げ、月に向かって朗々と遠吠えした。
 全身が総毛立つとはこのことだった。その血も凍るような叫びは闘志と殺気に満ち、ヴァンパイアたちが思わず足を止めるほどの凄みがあった。
 しかし、それもほんの一瞬のことだった。奴らはまたすぐに動き出して包囲の輪を更に狭めてきた。
 いよいよ最後だと思ったその時、どこかから別の遠吠えがあがった。まるでヴォルフの声に応じたかのようだった。そしてもう一つ、更にもう一つ……。私たちのいる場所を取り囲むようにして四方八方から遠吠えが響き渡った。
 その意味は人間である私にもすぐにわかった。
『今、助けに行く』
 ふと見ると、優勢であるはずのヴァンパイアたちが目に見えて動揺していた。
 ヴォルフに続いて私も勝利を確信した。

 結局、人狼たちがヴァンパイアを殲滅するのに三分も要しなかった。
 郊外の森の中で、少女はあらためて私に訊ねた。
「最後にもう一度聞いておこう。妾と共にくれば二度と陽の目を見られぬ。覚悟はできておるな?」
 私はヴォルフを見やった。彼は仲間の人狼に取り囲まれ、血まみれの身体を横たえて休んでいた。この少女の思惑が何であれ、彼らが私を命がけで助け出してくれたことは事実だ。私はもう迷わなかった。
「ここから先はどのみち日陰者の人生だ。あんたに従うよ、殿下」

「こうしてわしは姫殿下の客臣となった。まさか、『陽の目を見ない』が言葉通りの意味だとは思ってもみなかったがな」老人は枯れた声で笑った。
 アキラは驚きで頭がしびれたようになっていた。
 老人の話は一から十まで初耳だった。しかも、ミナ姫ばかりか父ヴォルフまで関係していたとは。
 ただ、老人は重要な点を二つ抜かしていた。
 そもそもなぜ老人は逃亡者になったのか? そして、ミナ姫がそれほどまでに老人を必要とした理由は何だったのか?
 アキラが質問を発しようとした時、二人は海底トンネルを抜けた。
 バンド中心部の高層ビル群が間近にそびえていた。すでに陽は完全に落ち、遠くに見える歓楽エリアでは満艦飾のイルミネーションが煌いている。
 アキラは前方に一群の人影をみとめ、足を止めた。
 人々の中央に立っていた小さな姿は他ならぬミナ姫その人だった。そして周囲にはヴォルフ、ヴェラ、アルフォンス、果てはメイド長のセキコに至るまで、ミナ姫の腹心や古参の家臣が勢ぞろいしていた。
 ミナ姫がアキラに笑いかけた。「遅かったな。寄り道でもしておったか」
「な、何なの、これ」
 老人は戸惑うアキラを置いて自分で車椅子を転がし、ミナ姫の前に進み出た。そして深々と頭を垂れ、ドイツ語で恭しく言った。
「お久しゅうございます、フロイライン・メフィストフェレス」
「そろそろ来ると思うたわ、ドクトル・ファウスト」
「死ぬ前に一目スティグマの雨を見たいと思い、まかり越しました」
「さもあろう。今宵は心置きなく楽しむがよい」
 ミナ姫は呆然と立っているアキラに近づき、ねぎらうように手をとった。
「ご苦労だったな。あの者はツェペッシュ家にとって重要な賓客なのじゃ」
老人を見ると、一団に囲まれてにこやかに挨拶を交わしているところだった。「ヴェラ殿、相変わらずお美しくて何より」「お前は痩せたな、セキコ。わしへの感謝を忘れるなよ」などと軽口を叩いている。
「姫さん、あの爺さん一体何者?」アキラは単刀直入に尋ねた。これ以上じらされるのは御免だった。
 ミナ姫は意味ありげに微笑んだ。
「話は行政府に戻ってからじゃ。納得いくまで説明してやる」

「納得いかない、と顔に書いてあるな」
 ハンドルを握るアルフォンスが面白そうに言った。助手席のアキラは図星を突かれて一言も無かった。
 二人は例によってアルフォンスのコンバーチブルに乗り、ミナ姫と老人が乗ったリムジンに随行していた。一行がゆっくりと進む目抜き通りは、既にスティグマの雨を待つヴァンパイアの群衆でごった返している。モンゴロイド、アングロサクソン、ヒスパニック、トラッド、ゴシック、パンク……。人種もファッションもまちまちな彼らに共通するものはただ一つ。血への渇望。
 ミナ姫はアキラに全てを語った。
 老人の正体はナチスドイツの戦争犯罪人だった。もとは血液学を専門とする医学博士だったが、ナチス親衛隊の医官として強制収容所に勤務し、様々な人体実験で多数のユダヤ人を死に追いやった。かのアウシュビッツ収容所で「死の天使」と呼ばれたドクター・メンゲレと働いたこともあるという。終戦後、彼の行為は「人道に反する罪」に問われ、生涯追われる身となった。
 当時のミナ姫は固有の領土を持たず、ツェペッシュ家の勢力維持に汲々としていた。離散した家臣を束ねるには人造血液「スティグマ」が不可欠だったが、安定供給がままならず、飢えのあまりミナ姫を見限る者さえ現れる始末だった。
 そこでミナ姫は、人間の血液に詳しく、なおかつ人間社会では生きられなくなった元ナチスの男に目をつけた。あの夜救い出された男に課された仕事とは、スティグマの大量生産技術を開発することだった。
 男は見事に期待に答え、スティグマ生産の工業化に成功した。確固たる求心力を回復したミナ姫は、懸案だった新領土、すなわちヴァンパイアバンドの獲得に向けて動き出した。その後、男はツェペッシュ家再興に貢献した功績を認められ、バンドに自由に出入りできるただ一人の人間となった。
「何であいつじゃなきゃいけないんだ。姫さんは何を考えてあんな……!」アキラは憤懣やるかたない面持ちで言った。
「ツェペッシュ家にはあの男が必要だった」アルフォンスはにべもなかった。「あの男はまともな手段では手に入らない医学知識をたっぷり蓄えていた。なにしろ、真っ当な医者なら殺されても断るような人体実験を好き放題やってきたんだからな」
「だからと言って……」
「なあ、少年」アルフォンスは横目でアキラを制した。「人間の物差しではかれば、あの男は紛れもない鬼畜さ。だが、俺たちにとっての物差しは一つしかない。姫殿下のご意志だ。それを忘れんようにな」
 車の周囲で不意に歓声が沸き起こった。
 飛行船が上空に到着し、スティグマの散布が始まったのだ。深紅の水滴がフロントガラスを見る間に赤く染め上げていく。ガラスを流れ落ちる赤い滝の向こうに、リムジンの後部に座るミナ姫と老人の後ろ姿が見えた。
 アキラは自分の苛立ちの正体が何なのかよく分からなかった。
 老人が過去に犯した非道な行為に対する憤りか?
 その老人を重用したミナ姫への失望か?
 自分が知らないところでミナ姫と深い関わりを持った老人への嫉妬か?
 もしかすると、その全てかもしれない。
 スティグマの雨はさらに激しさを増し、雨足と息を合わせるように群衆の熱気も高まっていった。ヴァンパイア・バンドの夜はここからが長い。

 次の日の黄昏時、アキラは行政府ビルの玄関から老人を送り出そうとしていた。
 昨日とは違い、今度はミナ姫差し回しのリムジンが老人を乗せていく。海底トンネルの向こう側では老人の付き人が待っているはずだった。
 老人が「来た時のように静かに帰りたい」と要望したため、見送り役はアキラ一人だけだった。こともあろうに、老人がアキラを指名したのだという。正直言って、老人と同じ空気を吸うのも嫌だったが、ミナ姫に「主命じゃ!」と一喝されては抗う術もなかった。
「世話になったな。久々に昔話ができて楽しかった」老人は上機嫌だった。「わしの命は残り少ないが、お前さんはまだまだこれからだ。末永く姫殿下をお守りしてくれよ」
 何となく引っかかる言葉だった。老人の小さな体を車椅子からリムジンの後部座席に移しながら、アキラは訊ねた。「あの、一つ聞いてもいいかな」
「何かね?」
「あんた、どうしてヴァンパイアにならなかったんだ?」
 考えてみれば奇妙だった。この老人が人間であることは間違いない。つまり、ヴァンパイアとしてツェペッシュ家のヒエラルキーに属することなく、純粋に自分の意思でミナ姫に臣従してきたのだ。ヴァンパイアになりさえすれば、事実上の不老不死が保障されるというのに。なぜ、この老人は人間であることをやめようとしなかったのか。なぜ、老いと来るべき死を甘んじて受け入れているのか。
 老人はにんまりと笑った。アキラがその質問をするのを待っていたかのようだった。老人は身を乗り出してアキラの目を正面から覗き込んだ。
 老人のひからびた唇が思わせぶりにゆっくり開いた。
「夏休みはいつか終わる。だからこそ遊びは楽しく、宿題にも身が入るのだ」
 老人の強いドイツ訛りは歯切れよく、アキラの脳裏にメスで一語一語刻み付けるかのように鋭く響いた。
 その時、老人の笑顔を照らしていた陽光の最後の一筋が消えた。
 アキラは見逃さなかった。
 太陽光の下では気づかなかったもの。老人の好々爺然とした微笑の裾から覗く陰惨な影。それは明らかに人間とは違う、かといってヴァンパイアでもない、全く別の怪物の貌だった。
「また会おう、若いの。お互い命があったら、な」
 リムジンのテールランプが遠ざかって視界から消えるまで、アキラはその場を動かなかった。
別れを惜しんでいたわけではもちろんない。

ティク2

              完                    


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