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すきなものはエンタメ

エンタメがすきだ。いつからなのかを考えてみると、古くは小1くらいからか。ユーミンの真夏の夜の夢が流行ったころ、母のCDをテープにふきこんだものを、何回も再生するよう母にねだったのを覚えている。

小室ファミリーが流行った小3,4のころ、安室ちゃんのブロマイドやシールを集めていた。ヒット曲のCDレンタルをしてテープに録音することをこのころ覚えた。(サザンとかSMAPとかジュディマリとか)

テレビも大好きで、めちゃイケ、スマスマ、ウリナリ、ぐるナイ、電波少年、笑う犬などなど、バラエティ番組ばっかり見てた。翌日学校で友だちとテレビの話をするのが大好きだった。

中学に入ってからもテープ(のちにMD)作りに勤しみ、あるときキャラメルボックスの芝居の録画ビデオを友人に借りて、毎晩のように見て、大内厚雄さんという俳優さんにハマった。大ファンになった。ファンレターと誕生日プレゼントをあげたのは、あとにもさきにも大内さんだけかもしれない。(公演観に行ったときに、スタッフさんに渡した。)今もすき。顔がすき。やわらかな雰囲気がすき。読書家なところがすき。今はいいお父さんなところがすき。別劇団のTEAM発砲Bzinのファンにもなって、お小遣いためて公演のVHSを買ったりした。本多劇場に初めて行ったのもこのころ。

高1の夏、「私立探偵濱マイク」のドラマにびびびと来た。マイクはわたしのサブカルマインドを形成してくれたようにおもう。マイクの面倒見のいいところと弱いものへのやさしい視線がすき。このころ母が大きな事故にあって入院しており、だいぶ精神がまいっていたころだったので、マイクの、というか、永瀬正敏の、大人の男のかっこよさ・やさしさにうっとりしてしまった。主題歌を歌うEgo-Wrappinは今でも続けて聴いてる。その他にも、だいぶ年上の俳優・アーティストに目が行くようになった。このころうっすら大森南朋にもハマり始める。

やがてギタリストの押尾コータローを知る。押尾さんのやわらかな大阪弁を聞きたくて、大阪のラジオ局でやってた番組、ちょっとしか電波が入らないのに、ガサガサ言うCDデッキでがんばって聞いてた。寒い日にベランダに出て電波受信しようとがんばってた。このころラジオも聞くようになって、175Rや土屋礼央、ゆずのANN、くりぃむしちゅー上田のニッポン放送の番組、RAG FAIRおっくんとかキンモクセイの文化放送の番組、地元bayfmの光永亮太の番組を聞いてた。

高校の最後のほうはお笑い漬けだった。スピードワゴンの小沢さんにハマってしまい、DVDを集めた。オンバトやM1、アメトークのDVDもレンタル屋でたくさん借りた。

大学に入ってからは、ピン芸人のさっくんが大好きになり、よしもとの劇場によく行った。邦楽ロックも好きになり、フェスに行くようになった。いっしょにとあるバンドのライブに行った人と、ライブ帰りに付き合うことになった思い出もある。(音楽の話はまたあらためて書こうとおもう)(あと恋愛経験と恋愛観の話も)

大学生のときのアルバイト友だちとは、いつもバラエティ番組の話をしていた。その頃はテレ朝深夜番組黄金期だったとおもう。くりいむナントカやアメトーク、ぷっすま、お願いランキング、タモリ倶楽部なんかの話ばかりしていた。ゴッドタンも見始めた。水曜どうでしょうもこのころ覚えた。みうらじゅんみたいになりたいと言ってた大学の友人に影響されて、伊坂幸太郎を読みあさった。

大学院生のときはくるりがすきで、ライブによく行った。ある冬に人にふられたときは、ジュディマリに助けられた。椎名林檎の百色眼鏡やラーメンズに出会ったのはこのころ。大正昭和初期の世界観が気になるようになった。江戸川乱歩と横溝正史と京極夏彦を読みながら、椎名林檎や東京事変を聴くのがすきだったな。江古田ちゃんのドラマもすきだった。エヴァを観たのもこのころ。やがてそのあと東南アジアのある国で仕事することになり、それまでにハマったエンタメのDVDをいくつか持っていって、楽しんだ。助けられたのは三谷幸喜のHRというドラマ。

帰国して、久保さん能町さんのANNを聞くようになった。人にふられたころ、ヒャダインのYoutubeに元気をもらった。そのあと岡村靖幸を知り、動画見るようになった。アラサーちゃんのドラマと主題歌のゲスの極み乙女がすきになった。ジューシーズとジャルジャルとうしろシティとラバーガールの単独ライブを観に行った。

そのうち今度はアフリカのある国で仕事することになった。前回の東南アジア渡航のころよりネットがだいぶ整備されていて、Youtubeでなんとかしようとした。現になんとかなった。むこうで知り合いにクレイジージャーニーとクラムボンとbonobosとフリッパーズギターを教わった。Chilly Sourceというチャンネルで日本語ラップを聴くようになった。井浦新と伊藤歩のマウントレーニアCMにあこがれを持った。芝居関係のチャンネルから2.5次元寄りの役者を呼んだトーク番組に飛んで、津田健次郎(つだけんさん)にハマった。声優ラジオを知り、安元洋貴・細谷佳正の天才軍師を聞くようになった。シチュエーションCDとかBLCDの存在を知った。

帰国して、生のお芝居や2.5次元舞台、お笑い、番組イベントをかなりのペースで観に行くようになった。大人計画やケラさん、キャラメルボックスの舞台、ハイキュー演劇、コントライブ、くぽみねヒャダの観覧、天才軍師イベント、清水ミチコのステージなど。友人にdアニメストアをすすめられて、アニメもたくさん見るようになった。年一で相撲にも行くようになった。このまえは歌舞伎も観に行った。あいかわらずラジオがすきで、ハライチのターンと清水ミチコ・ナイツのラジオビバリー昼ズをよく聞く。声優の興津和幸のネットラジオも聞くようになり、興津さん自体にもハマる。

そして、今に、至る。

これまでをふりかえると、次のことが特徴として言えるようなきがする。

・メジャーなものからはすこしそれている。
・すこし毒を含むものがすきなのかもしれない。
・わりとひとりでにやにや楽しんでる。
・自らハマりに行ってる。人にがつっとすすめられたものはあんまりハマらない。

32年の人生のほとんど、エンタメがそばにいてくれた。これからもそうなんだろうな、とおもう。これからわたしは何にハマるんだろう。これからも、あたらしいコンテンツとの出会いがたのしみ。

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