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推しにすしを食べさせるということ


推しにすしを食べさせたい。
そんな願いが叶うらしい。
正確にはたまごっちの中の話。

だけど、数日前にきてくれたブイラとはまた別のベクトルで
泣き喚くように取り乱してツイートを連発してしまった。
すみません、うれしくて。
あと"推しにすしを食べさせる"というのが
なんとも可愛くて。


私たちと彼らは物理的距離も、なにもかもが離れている。
以前はあった握手会やサイン会なども、
断言はできないが今の人気やコロナの事を考えると
難しいだろうなと思う。

それはまぁいいんです。
私は割と省エネタイプのオタクだし、
なにより好きになったのがコロナ渦を迎えてからだったので。
どこか会えないこと、
もっと素っ気ない言い方をすると
この目で実物を見ることすら
叶わないかもしれないと思いながら推している。
それはある意味幸せだと思う。
(もちろんliveを見てこそだし、目を見て話せるなら
ということも考えますよ。そりゃあね……)



私の子どもは0歳児の時に運動会やお遊戯会をしたっきり
それ以来イベントらしいイベントもせず
どこか遠出をするでもなく暮らしている。
これまで沢山の場所に遊びに行き、
運動会やお遊戯会を当たり前のものとして
生きてきた私から見ると本当にかわいそうだ。
でも子どもからしたら、そんなものがあることを知らない。
もし何かしらで見聞きして知っていたとしても
実感が伴わないのであまり気にしていないように思える。

そういうものかと思う。
私もわりと、そういうものとして彼らを推している。
(しかし子の晴れ姿を見られなかった私の恨みは消えないぞ、コロナ)


でもその分、自分の中で彼らを定義する
いわゆる"概念"のようなものがよく育ってしまっていると思う。
彼らはこの世に1人だけしかいない。
特別なオンリーワン(それは皆そうです)

でも世界中のアーミー達の心に、それぞれの彼らがいるんだと思う。


時に寄り添い、一緒に笑ったり、愛でたり。
そうやって、
時には本物の彼らと私たち以上の関係を
"心の中の彼ら"と築いているような気がする。
それは(暴走しなければ)とても心身に良いもので
辛いときの励みになるし、がんばる理由になるし、
そのイマジナリーとの関係を
優しく築いていくことによって
ラブマイセルフにもなるし、
本物の彼らのことも
より大切になるのではないかなと思う。
そもそも彼らが献身的だからこそ
この "心の中の彼ら" の存在が
そんな風に私たちにやさしく寄り添うことが出来るのだと思う。

彼らは、彼ら以上にその肉体を飛び越えて
たくさんの人の心に、毎日に、
光を灯していることを知っているだろうか。
それは本当にすごいことだと思います。


そんな風に日々本物の彼らを追いかけながら
自分の中の"概念" や "イマジナリー" にまでして
(勝手にしているだけ)
大好きだな、ありがたいな、と思っているんですが。


そんな私がですよ。
たまごっちを手に入れたら。
日々たくさんの気持ちを抱いている
ミンユンギさんに。

推しに

すしを

食べさせられる。


にこにこしてらっしゃる。
(かわいい)



考えただけで胸がいっぱいです。
たくさん食べさせてあげたい。
できれば特上を(そんな機能は無いです)




推しにすしを食べさせるということ。
それはいったいどういうことかというと…
え〜、あの〜、

その〜〜〜、

え〜〜〜〜〜〜………


大好きな推しに、感謝の気持ちを込めて
すしが食べさせられるということです。
そしてそのにこにこフェイスまで見ることが出来る。
こんな良い"概念"の使い方があるだろうか。
日々"概念""イマジナリー"を育ててきた甲斐がありました。
想像力の勝利と言えるでしょう(?)


みんな、たまごっち買った?
もちろん買ったよね?
私は無事に購入、届くのは9月中旬。
(9月中旬!!!!!!!!!!!!)

あ〜、楽しみです。早めに来てくれても良いです。
推しにすしを食べさせられる日がくるなんてね。
そんな夢みたいなことがあるだろうか。
楽しみだな〜、早く来ないかな。



にこにこ(^^)

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