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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【十話】【創作大賞用】

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創作大賞2024年用に書いた小説。
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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【一話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【一話】【創作大賞用】

完読時間目安:50分

あらすじ



去年の今頃は、まさかこんな状況になって桜を眺めているだなんて想像すらしていなかった。桜の満開を祝すかのように五年ぶりに開催される歌舞伎の旗が踊っている。

幸助が故郷の香川県琴平町に戻ってきたのは一年前のことだ。高校を卒業して以来の帰郷で、気づけば幸助は二十六歳になっていた。

◇ 春 4月

一年前のその日。

幸助はかつて祖父母とよく来ていた金比羅山の

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【ニ話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【ニ話】【創作大賞用】

マスターは幸助が『讃岐乃珈琲亭』で働くことを快く受け入れてくれた。

「ここも他と変わらず人手不足だし、幸助のような経験者に働いてもらえるのは助かるわい」

近くで見るマスターの顔には皺が刻まれている。マスターの歩んできた年月には何が刻まれているのだろうか、と幸助は思ったがそんなことよりもまずは感謝を伝えなければいけないと我に返った。

幸助は深くお辞儀し、マスターの手を取った。

「マスターあり

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【三話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【三話】【創作大賞用】

幸助はマスターに讃岐乃珈琲亭で働くことを許可され、浮ついた気持ちで祖母の待つ家に帰ってきた。不思議な宿題のことは気にはなったけれど、それよりも働き先が見つかった安心感が勝った。

祖母の家は駅から徒歩二分の所にある。そこから五分歩けば珈琲亭に着く。

祖父母はかつて一階の店舗で餅を売っていたが、幸助が高校三年生の時に、もう十分やり切ったと言って店じまいした。

幸助は祖父母の作るこし餡入りの餅が大

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【四話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【四話】【創作大賞用】

讃岐乃珈琲亭で幸助が働きだして早くも一か月が経過した。満開だった桜は散ってしまったが、その散った桜の花びらに魔法が込められていたかのように、世界に鮮やかさが宿り出している。空に鯉まで泳ぎ出しているから、地球人意外がこの光景を見たら、きっと魔法の力だと思うのだろうな、と幸助は狭い休憩スペースで妄想している。

讃岐乃珈琲亭は東京に比べれば田舎にあるぶん忙しくないと心の何処かで思っていた幸助だったが、

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【五話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【五話】【創作大賞用】

讃岐乃珈琲亭にはマスターと春子と幸助の他にも数名のスタッフが働いている。日本が好きで日本で働くことを夢見て来日した台湾出身の葉さん、マスターの珈琲に感動して勢いだけでここまできた元観光客でカナダ人のマシュー、朝はここで働いて昼からは近くのホテルで働いている明美さんと孝之くん、そして春子の8つ年の離れた妹、陽菜(ひな)。

陽菜は最年少でありながら讃岐乃珈琲亭のムードメーカーだ。いつも誰かと何かを楽

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【六話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【六話】【創作大賞用】

讃岐乃珈琲亭には最近幸助が気になって仕方がないお客さんが来店する。

初めてその男の子を見たのは幸助が働きだした日だ。

幸助より少し若いくらいのお母さんに連れられてやってきた男の子は春子が作ったお子様ランチを目を輝かせながら食べていたのだ。

その雰囲気がかつての自分のようだと思い勝手に親近感を抱いた。

そしたらその後その男の子が珈琲をブラックで飲みだして幸助は更に驚いた。

本当にかつての幸

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【七話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【七話】【創作大賞用】

おはよう

誰も居ない部屋で幸助はつぶやく。

夏の日差しと夏の暑さに睡眠を邪魔されてしぶしぶ幸助はベッドから起き上がった。

月日の流れは早い。気づけば空に泳いでいた鯉はいなくなり、代わりに蝉の鳴き声が空を泳ぐ季節となった。

讃岐乃珈琲での仕事にもだいぶ慣れてきた。

観光客と常連客が混在するこの空間が心地良い。

いつものように仕事を終えた時、春子の妹の陽菜が

「ちょっと二人にお願いがある

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【八話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【八話】【創作大賞用】

突然だけど少しだけわたし視点でこの物語を語らせてほしい。

わたしとは犬のわたしのことである。名前はもうある。しかも二つもある。

この家に連れてきてくれた幸助はわたしのことを、わー坊と呼ぶ。

幸助の机の上にあったこの県名産の和三盆糖でできた金平糖を幸助が目にし、

「犬と言えばワン、それと和三盆を混ぜて、わー坊ってのはどうかな。うん、良い。よろしく、わー坊」

そう言ってわたしの顔を撫で回して

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【九話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【九話】【創作大賞用】

由紀と桔介の結婚式は七人で父母ヶ浜に旅行に行ってから二ヶ月後の九月の三連休の中日に行われた。

神前式は幸助の祖母が毎日参拝している金比羅の御本宮で両家の親族だけで厳かに進められた。

二人の門出を祝うかのように秋空はこれでもかと快晴で雲一つない。今日はあの日の旅行の時のようにうちわで雲を飛ばす必要も無さそうだ。

神前式の後、孝之が働いている金比羅山道沿いにあるホテルにて、披露宴が開催された。春

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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【十話】【創作大賞用】

日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【十話】【創作大賞用】

783、784、785!

「金毘羅さんの本宮までの階段って本当に785段なんだね」

息を切らしながら春子が明るく喋る。

「春子、じゃあ一緒にもう一歩進もう」

そう言って幸助は春子の手を改めて握り直した。

「せーの、786!」

この一歩って何の意味があるのと春子が聞いた。

幸助はよくぞ聞いてくれたとばかりに話す。

金毘羅さんの本宮までが785段なのは786の数字からナヤム、悩むから一

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