【超ショート小説】鉛色の海の日
午後十一時、小学校の裏門で待ち合わせをしてた幼なじみのエリカが現れたのは、十五分過ぎてからだった。
「おっそいよ!」
「ごめん、ノリ! 出かけ際に父親が帰ってきちゃって遅くなった・・・」
「ちゃんと着替え持ってきた?」
「もちろん、パンツ一式ね」
ノリとエリカは、少しあいていた裏門から小学校内に潜入した。体育館の脇にあるプレハブを忍者のような小走りで通過し、屋外プールの前までやってきた。
二メートルほど高さがある鉄格子のプールの入り口は、もちろん施錠されている。
パンツや着替えの入った手荷物と履いていたサンダルを入り口の向こう側へ放り投げた。
二人は顔を見合わせて、脇にある三メートルの金網をガシガシとよじ登ぼりはじめた。
無事にプールサイドにたどり着いた途端、目配せだけで相槌をうち、二人ともそのまま水の中へ飛び込んだ。
大声をだして笑いたかったが、警備員にみつかったらタダじゃすまない。
服をきたまま、プカ~と浮いていたノリが「うまくいった」とつぶやいた。
平泳ぎで近づいてきたエリカが「なんで夜中にプールに入りたくなったの?」と聞いてきたので「なんでだろ?」と答えた。
小学生の時、大嫌いだった水泳の授業。なんでいい歳して、こんなリスクを犯しながらプールに入っているんだろう。
「変なの。でもドキドキするね~」
そういって、ドブンと水に潜っていったエリカは、水を得たサカナのようだった。
エリカは幼い頃からスイミングスクール通っていたため、水泳の時間となると一際、輝いていた。
明るくて華やか。運動が苦手だったノリは、そんなエリカをプールサイドで盗むように眺めていた。
ノリは水面に浮かんだまま夜空をみていた。
月もなく星も見えず、日中の暑さをためた空気が充満し、雲があるのかさえわからなかった。
この重苦しくハッキリとしない夜空は、ノリの心の中と一緒なような気がした。
プールサイドにある、むやみに大きい文字盤の時計は日付が変わっていた。今日は海の日だ。
プハっと浮かび上がってきたエリカに近づいて、
「ねぇねぇ、十年後の海の日に、またこのプールに忍び込もう!」というと、
「十年後!?二十八じゃん!」とぬれた髪の毛をかきあげて答えた。
私もエリカに来年の春に高校を卒業する。私は地方の大学へ進学し、エリカは都内の専門学校へ。
ラインで毎日おしゃべりできるけど、十年後もラインってあるのかな?
彼氏が途切れたことがないエリカは、結婚しているかもしれないな…
この先十年を繋ぐものが欲しい。
「そうだね。十年後の海の日もここで会おう」
エリカが水面に両腕を広げ、スイーっと浮かんだ。
そんな日は来ないだろうなと思った。
こうやってエリカとプールに忍び込んだことを、きっと毎年海の日に思い出して、鉛のような夜空を眺めるのだろう。
了
#小説
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