心の中の神様

あの時こうしていれば、と考えることがある。
でも、同時に、あの時こうしていたら、と、違う未来になることを望まない自分もいる。

高校時代、対して勉強せずに、勉強をした気になっていた。やればできる、これからのびる、と、いつも自分は何だかんだやれると思っていた。
中学生の時はそんなに行きたくなかったけれど何となく申し込んでしまった市の海外派遣事業の代表に選ばれたり、地元のローカルテレビの歌番組に出たいと思ったら出られたし、高校生の時はNHKのど自慢に出たいと思ったら1600通以上の応募を勝ち抜いて出られたし。

でも、そんな簡単にはいかない大学受験。センター試験もとんでもない結果だったし、連続で私立大学不合格の通知をもらい、ようやく目が覚めた。

後悔先に立たず。
覆水盆に返らず。
うぅ、、もう、後の祭りである。

結局、大学生になることはできたが、この時初めて等身大の自分と対峙したのだと思う。「自分ってこんなもんか〜。」と。

最初はちょっといじけていたけれど、でもやっぱり呑気な性格なので「ここにきたことには何か理由があるんだ」と、自分の中の神様の声みたいなものが聞こえてきて、わりとすぐにこの大学に入学したことに意味があるように思えてきた。

すぐにたくさんの友達ができて、飲み仲間ができて、サークルの仲間もできて。もう、この仲間たちに出会えたことがここにきた意味なんだなって本気で思った。

自分の中に神様がいるって幸せだ、みたいな文章を最近どこかで読んだ気がする。(朝井リョウさんの「桐島部活やめるってよ」だったかな。)ほんとにそうだなと思う。

こういう性格だから、失敗してもちょっと落ち込んだらすぐに何か意味を見つけて前よりもっと元気になってる。悪くいうと、「反省していない」ってことかもしれないけど、わざわざ良い面を裏返して悪くいう必要はないので、これからも自分の良いところとして捉えていこうと思う。

そんなわけで、これまでの人生、自分の選択に間違いはなかったと思って生きている。

でも、これから待ち受けている人事異動、こわいなぁ。どうなるんだろうなぁ。今私が望んでいる未来は、来年も今の学校にいて、3年生に持ち上がること。同僚、上司にも恵まれているし、生徒もほんっとうにかわいい。あの子たちが立派に卒業する姿を見届けたい。これが今の1番の願い。でもおそらく違う未来になるんだろうなぁ。そんなことを想像してはドキドキする。たぶん、内々示まで毎日ドキドキしてる。不確定なことにドキドキするなんて、心臓の無駄遣いのようにも思うけど、ドキドキしてる。

そこにはまさに“神様”が存在していて、でも自分で操作できるいつもの神様ではないから、ドキドキする。

でもきっと、未来が確定したらまたいつもの“神様”が「こうなってよかったね」って言ってくれるんだろうな〜と思う。

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