見出し画像

風の又三郎 

「風の又三郎」宮沢賢治

小学校低学年のころに家の近くのお寺の鐘の下で読んだ。僕自身も1972年の復帰直後の沖縄へ引っ越すことになり、転校生として遠くの得体の知れない南の島へ行くことになっていた。寂寥感で彷徨うような気持ちだったのを覚えている。

そんなこともあり又三郎に感情移入して、不安な吊り橋を共に渡るような気持ちで、読むというより共感したよう思い出がある。

物語はこう始まる

そのしんとした朝の教室のなかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。

僕は茶色い毛に茶色い瞳の身体も小さく色白で、本土から来た転校生なのは丸分かりであった。

そして物語の終わりで又三郎は風のように消えてしまうのである。

「先生おはようございます」
嘉助は言いましたが、すぐこう聞きました。
「先生、又三郎は今日は来るの?」
 
先生はちょっと考えて答えました。
「又三郎って高田くんのことですか。はい、高田くんは昨日お父さんとももう引っ越しました。日曜なのでみなさんにご挨拶あいさつするひまがなかったのです。」

「先生、又三郎は飛んで行ったのですか。」嘉助が聞きました。
「いいえ、お父さんが会社から電報で呼ばれたのです。お父さんはもう一回はしばらくここへ戻られるそうですが、高田くんはやっぱり向こうの学校に入るのだそうです。向こうにはお母さんもおられるのですから。」
「どうして会社で呼ばれたの?」一郎が聞きました。
「ここのモリブデンの鉱脈は、当分の間手をつけないことになったためだそうです。」

「そうか、やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」嘉助が高らかに叫びました。

 宿直室のほうで何かごとごと鳴る音がしました。先生は赤いうちわをもって急いでそっちへ行きました。

 二人はしばらく黙ったまま、相手がほんとうにどう思っているか探るように顔を見合わせたまま立ちました。
 風はまだやまず、窓ガラスは雨粒のために曇りながら、またがたがた鳴りました。

『風の又三郎』宮沢賢治


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?