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3回目の成人式

ある気持ちの良い午後にふらふらと駅前に出かけたのです。お気に入りの立ち飲みのお店でワインを飲んでいました。そのお店の前のテラスで。

僕の斜め後ろには妙齢の女性がいて、旦那さんかな、男性とペアで飲んでいていました。

僕もそのペアも二軒目で、隣の同じような立ち飲みのお店から飲んでいて、そこではお店の中のカウンターで飲んでいました。その女性は裕福な家庭でスポイルされることなく育ってきた雰囲気で、少し気が強そうな綺麗な顔立ちをしていました。カジュアルなジャケットとスカートですが、きちんとしたものなのは僕でもわかります。僕は子供のころから化け物みたいな劣等感に育てられてきたので、高値の花のようなその手の女性は少しばかり苦手です。

ほら、こんなこと言うと怒られそうですけど、日本語でも階層によって使う言葉が違うじゃないですか。僕は話す相手に応じて、頭の中で選んだ最適な語彙で話すようにしています。嫌なヤツです。だからその手の女性との会話の始まりはとても気を使うので苦手です。

彼女は突然話かけてきました。

成人式きましたか?

突然のことで、また突拍子のない問いかけにとても驚きました。瞬時にして考えました。どんな答えが最適なのか。聞こえなかったけど、きっと隣の誰かと成人式の話をしていて、屈託のないフレンドリーさで僕に話を振ってきたのだ。それにしても無茶振り過ぎないか。ここはボケるべきなのか。逡巡した僕はこう答えました。

ええ、もうすぐ3回目の成人式ですよ

ええ、完膚なきまでに滑りました。彼女の綺麗な顔が凍りつくのが分かりました。このオッサンは何を言っているのだと。

大ピンチです。完全に彼女は困惑しています。

え?え?成人式いきましたか?

なんということだ。「成人式(い)きましたか?」僕は(い)を聞き逃していたのです。

あ、ごめんなさい。「行きましたか?」を「きましたか?」に聞き間違えてしまいました。成人式は僕は出席していません。式というものはとにかく苦手で意味のないものだと思っていまして…

会話では割愛しましたが、その日僕は筑波サーキットにいました。

彼女もそうだったみたいで、成人式に行かなかった話、ピアノ弾きだった話、音大や美大の話などをしてくれました。僕は僕で娘が藝大受験浪人中で成人式には行かず、なんだか似たような境遇だったとひとしきり話をしました。僕の娘は藝大受験に見切りをつけ上京して作家活動を始めて、その中で旦那さんと出会い結婚しました。

彼女はピアノをやめたことを少し後悔していて自虐的に話してくれました。

でもそれもこれも含めて、旦那さんとの出会いやらがあって今があるわけじゃないですか。

なんとなく僕の娘の境遇にも少し似ていたので、少しばかり僕も熱く語ってしまいました。

でも・・・
なんで彼女は、僕が成人式に行かないような人間だと直感的に感じて話かけてきたのか。

こういう偶有性のある出会いは面白いですよね。
知り合いの立ち飲み屋のマスターは、なにおまえら熱くなってんだよ、みたいな顔していましたが笑

考えたってわからないし
青春なんてつまらないし
辞めた筈のピアノ、机を弾く癖が抜けない
ねぇ、将来何してるだろうね
音楽はしてないといいね
困らないでよ
考えたってわからないが、本当に年老いたくないんだ
いつか死んだらって思うだけで胸が空っぽになるんだ
将来何してるだろうって
大人になったらわかったよ
何もしてないさ
僕だって信念があった
今じゃ塵みたいな想いだ
何度でも君を書いた
売れることこそがどうでもよかったんだ
本当だ 本当なんだ 昔はそうだった
だから僕は音楽を辞めた

ヨルシカ『だから僕は音楽を辞めた』

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