タスク管理手法としての未来日記

ぼくは要領が悪く不器用で行動が遅い人間だという確固たる自覚があったので、「やること」や「やりたいこと」をどのように扱うかには昔から並々ならぬ関心を抱いていた。「タスク管理」とか「ライフハック」なんていう言葉が生まれるずっと前からだ。

でも、(Tak.としての今の活動で付き合いのある人々は別として)プライベートでそんなことを真剣に考えている人に出会うことはまずない。

前職の同僚にも、そんなことを真剣に考えている人はひとりもいなかった。みんな、せいぜい手帳にアポイントを書きこんでいるだけ。

当時はまだ商談先で電子機器を出すのが失礼(かもしれない)という感覚が残っており、紙の手帳を使う人が多かった。さすがに今はずいぶん状況が変わっていると思うけれど、誰もがTodoistとか使ってるとはとても思えない。

もしかしたらNotionなんかでリストを作っていたりする人はいるかもしれない。

Yさんの未来日記

広い意味での「やること」の扱いについて、前職で唯一影響を受けた人がいる。

それがYさんで、彼女はぼくが新人研修を担当していた年に新入社員として入ってきた人だ。

新人研修では3か月かけて新入社員ひとりひとりが企画を立ててプレゼンして、最後には実際に企画を実施して結果を報告するところまでやる。

Yさんはその年の新人の中で飛び抜けてデジタルスキルがなく、ひとりだけ手書きの紙芝居でプレゼンしたという強者だが、企画の内容も話しぶりも見事だった(プレゼンとはスライドの見栄えではなく説得の問題なのだとあらためて感じさせられた)。その後配属された部署でも(ぼくのいる部署に配属された)、Yさんはあっという間に主戦力になった。

そのYさんのタスク管理(?)手法は紙のノートに書く「未来日記」だった。

文字通り、ある仕事の完了までの経験をあらかじめ文章として書いてしまう。何をどうするかはもちろん、そのと過程での自分の気持ちまで想像して詳細に書く。実際に日記に書くようなことだ。

面白いことに、そこまでリアルに書いていると、ある時点で「あ、これはうまくいかないかも」と感じたりするらしい(おそらくは過去の経験と自分との付き合いから)「わかる」のだ。

これはうまくいかないかも。失敗するかも。そう思った時点で先輩に相談するなどして未来日記を書き直す(文字通り消しゴムで消す)。自分はどこで間違ったのか考えて、一日をやり直すのだ。何しろ実際にはまだ起こっていない出来事なので、失敗してもやり直しが効く。

つまり未来日記というのは、現実に経験する前に経験すること、なのだ。カッコイイ言葉で言えばシミュレーションだ。

効率が悪いように思えるかもしれないが、Yさんがその後圧倒的なスピードで仕事を覚えていった理由は、この方法と無関係ではないと思っている。何しろ彼女は現実の経験の何倍もの経験(変な日本語)をしているのだ。

ちなみにこの方法の欠点は時間がかかることなのだが、Yさんのもうひとつの強みは時間がかかっても(周囲からプレッシャーがかかっても)意に介さず、堂々と未来日記を書く神経の太さですね。

ちなみにYさんの未来日記の話は、倉下さんとのポッドキャスト「うちあわせCast」の以下の回で出てきています。

Yさんとすごく似た方法を本で読んだことがある。デジタルステージの平野友康さんが会社で導入していた「旅」という手法だ。

 少ない人数、限られた時間で完成まで持っていくキモは、「旅」と呼んでいるミーティング手法にある。これは、今日現在から納品日までをシミュレーションする会議だ。この会議では1日1日を各自がリアルに想像していく。例えば徹夜して風邪をひいたとか、何やっていいのか分からなくなったとか、なんとなくだらけたとか、ネガティブなことも「ありそう! 俺、だらけそう!」とか、やや無責任に想像していく。そういう1日1日の空想上の“作業をしている自分”を数時間かけてシミュレーションしていくと、やがて空想上の“納品日”がやってくる。そこで気が付くのだ。「この仕事、終わらないよ」と。そこからがこの会議の神髄となる。つまり、どうして終わらなかったかを徹底的に調査して原因を探り、時間を巻き戻す。なにしろ現実じゃないのだ。時間も戻せるし、後悔は先に立つ(笑)。しかも納品日になってから「もねっと時間があれば!」と言ったりもできる。そんなときには時間を巻き戻せばいい。
 そんな空想上の「旅」(シミュレーション)を2、3回繰り返すと、それぞれのスタッフの頭の中には、何回か納品を経験したケーススタディが溜まる。そういう状態になってから、本当の作業を開始するというのが「旅」の目的である。

平野友康『旅する会社』アスキー、2007年

考え方はYさんがやっていたのとまさに同じだ。デジタルステージではチームでそれをやっていたわけだ。平野さんは「ミーティング手法」と書いているけれど、これはプロジェクト管理&マネジメント手法にもなっている。

仕事を覚える

ぼくは(謙遜ではなく)仕事ができない自覚があるので、仕事ができる人、あるいは人が仕事ができるようになるプロセスにはとても興味がある。

このシミュレーションで疑似的に経験するというのは、「仕事を覚える」プロセスにも大きく関わっているように思う。もっと言うと、「何かが身につく」プロセスだ。

文章を書くツール

こういうやり方をするためには、「リスト」に特化したツールよりも「文章」を書くためのツールが役に立つ。もちろん、そのひとつがアウトライナーだ。

倉下忠憲さんとの共著『Re:vision』で、「デイリーアウトラインは一日かけて書く日記」という話を書いた。

一日のはじまりに、デイリーアウトライン(今日やることのアウトライン)を作る。もちろん、想定した通りに一日が運ぶことなんてまずないから、アウトラインは現実に即してアップデートされる。メモや記録も加わる。そして一日が終わったときアウトラインは「日記」になっている。

そんな話。

意識していなかったけれど、今思えばここにはYさんと平野さんの影響がかなりある、と思う。

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