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糸井さんと羽生さん① ~つなぐ回線~

新しい季節に、これ以上相応しい企画があるだろうか?

「ほぼ日」でスタートした、
糸井重里さんと羽生結弦選手の対談のこと。

心の中で梅も、桜も、咲き誇る。2024春祭りの開幕だ。

時代の先端を駆け抜けてきた唯一無二のふたつの個性が、ひとつの画面に収まっている。これは喩えるならば、モハメド・アリとデヴィッド・ボウイが一緒にいるようなもので、

「ああ、なんと幸せな時代に生きているのだ」

と感じさせるに十分なおふたりである。

なんせ、読んだ人全員が「時代の目撃者」になれるのだから。


そんな幸福感を噛みしめながら、
僕なりに初回を読んで感じたことを記してみたい。

まず糸井さんの最初の発言、これが限りなくやさしい。

羽生さんが登場するなかで、
いちばん気楽なメディアだと思います。(糸井さん)

「これから始まるトークの緊張をほぐす」という意味はもちろん、多くの人が感じているであろう「暴走するメディア」に対する、糸井さんなりの静かなる表明が「気楽なメディア」に込められているようにも読める。

ほぼ日さんは

やさしく、つよく、おもしろく

をモットーに掲げていて。

糸井さんは「この順番が大事だよ」とも説いている。

僕も糸井さんに最初にメッセージをいただいたことをはっきり覚えているけれど、なんていうんだろう「尊重するやさしさ」に包まれたのを覚えている。

そんな糸井さんに呼応するかのように、

羽生結弦選手は、余計な装飾のないまっすぐな言葉を紡いでいる。

おふたりの会話と表情から「いい時間」の流れが伝わってくる。

それにしても「羽生結弦選手、すごいなぁ」と改めて思うのは、ジュニア時代から「ひとから学ぶ」ことを自然体でやっていることだ。

かつてマイケル・ジャクソンはこのように語った。

「世界で最高の教育とは、その道を極めた人の働く姿を見ることだ」

僕は「羽生結弦選手もきっと、そのようにしてきたのかな?」と勝手に想像していたのだけれど、

ご本人の言葉として「憧れから直接学んできた」ことを知ると、もう飛び上がりたくなるくらい嬉しくなってしまう。糸井さんの『ほぼ日の學校』も「人に學ぶ」がコンセプトになっていて、このあたりのシンクロもまた面白い。

このおふたりをつなぐ回線もまた興味深い。

MOTHER2、コラムやツイート、TVでの発言、そして羽生結弦選手の憧れの選手、ジョニーさん。

この記事に書かれてある、糸井さんのジョニーさんの印象がまた凄い。

やむにやまれぬ表現欲みたいなものを
他の誰でもないじぶん自身に捧げている。

 これこそ羽生結弦選手、井上尚弥選手、大谷翔平選手、吉成名高選手ら、2024年の今、最前線を走っているヒーローたちに共通に感じる芸術性ではないだろうか?糸井さんは2010年の時点でそれをジョニーさんに見つけていた、といえるかもしれない。

そんなジョニーさんが「ほぼ日」に訪問している。福井で15歳の若き天才の存在を糸井さんに伝えている。

幾重にもなった回線が、この対談で「見える形」として現出している。

それを読む僕たちは、おふたりの関係、ジョニーさんのこと、糸井さんの審美眼、ほぼ日さんの深さと広さなど、いろんなものを享受できる。

そして羽生結弦選手の

ぼくにとって、
フィギュアスケートを
ずっとやっていくっていうのは、
憧れに近づいていく作業

という言葉。

人は憧れと共に生きることで、ここまで精神的な高みに達することができることを示してくれている。

何度も、何度も、これからも読み返すであろう珠玉の対談。
何が嬉しいって、これがまだ1つめ、という事実が嬉しい。

大好きなおふたりについて書くことで、
僕の心もまた大きな大きなエネルギーを得ている。










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