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 現在にもどると、ミケは、そこにいなかった。仕方なく、僕らは、また、南下するだけの旅を続行する。まだ訪れたことのない土地に足を踏み入れる、非日常。つぼみと僕は、ただの、同級生だ。でも、友達とか、恋人とか、2人の関係を表現する言葉なんて、どうでもいい。相手のことを、気遣うこと、思いやり、想像力、優しさ、そのどれもが欠けても成立しない、しっかりとした絆が、僕らには、ある。それは、旅の間だけの、錯覚かもしれない。でも、それでいい。どうせ、完全な角度なんてものは、すぐ見失ってしまう。時は、儚いのだ。ミケが、言っていたように。
 知らぬうちに、夏のピークは、過ぎ去ろうとしていた。季節の移り変わりは、何回も経験しているのに、いつも、切ない。とくに、この特別な夏が、終わっていくと思うと、心に穴があいたみたいに、ずしりと響く。そこに、できた空洞に、詰め込むものを探し続ける、果てのない人生は、きっと、穏やかじゃない。ときに、傷付き、裏切られ、排除されることだって、あるかもしれない。そうやって、大人に、なっていく。無垢な思いを、少しづつ、無くしていきながら。
「私たちは、まだ、若い。幼いと言っても、いいわ。だから、ひとつひとつの思い出の感度が、まだ、十分に、機能している。この何気なくやってきた、今日という日を、特別に感じることができる。
 それでも、私たちは、大人になる。この社会のくだらないルールに沿って、生きていくことを余儀なくされる。窮屈に感じることも、生きづらくなることだって、ある。そんなときは、この旅を、思い出すわ。たしかに、いつ、どんなときも、今日という延長線上の出来事にすぎない。締め切りに追われるデスクワークや、ぎゅうぎゅう詰めになった通勤電車だって、平気よ。あなたの話に乗って、よかった。誘ってくれて、ありがとう。」
「お礼を言うのは、こっちのほうさ。きっと、ひとりだと、悶々と、考え込んでしまっている思う。目の前に起きたことを理解できずに、途方にくれてしまって。」
 今夜、泊まる宿を決めて、それぞれの部屋に向かい、眠りにつく。将来に、ほんの少し、希望を見出しながら。

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