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 光のことを、思い出していた。彼は、自分と同年代ながらも、ひどく、大人びている。高校を中退し、早くから自立し、この冷え切った社会で、腐らずに、アパレルの仕事をしている。いつもセンスのいい衣服を纏い、小洒落たアクセサリーを、つけていた。つぼみと一緒に旅をすると、伝えると、温かく、歓迎してくれた。
「そうかい。なんだか、とても、不思議な気分だ。君は、また、そういうふうに、大人になっていく。勉強の良し悪しや、素行がいいか悪いか。そうやって、大人は、評価したがる。その窮屈さに、耐える必要なんて、はなっから、ないのさ。
 あるいは、その旅は、この世界への挑戦だと言ってもいい。どこまでも、自分とは、何者であるのかを、問い続ければ、おのずと、見えてくるものがある。なんらかの、確信をもって、断言する。ちょっとした、遠足にはならない。きっと、意味深い出会いや、驚きに遭遇する。幸運を、祈るよ。」
 この言葉で、僕は、一歩、進めるような気がしたのだ。たとえ、光の言っていることが、正しいとか、間違っているという基準を超えて、詩的すぎたとしても。ここまで、友人の旅立ちを、推し量ってくれる、彼の存在は、自分を強くさせる。そんな気がした。
 男であることや、女であることが、前提として、繰り広げられる人間ゲームは、時として、弱いものや、少数派を排除する。でも、光と一緒に、ふざけた冗談を、言って笑いあってるときは、その残酷な社会と距離を置き、この世界の片隅に、確かな自分という自我を、見つけることができる。心もとないそれでは、あるけれど、これから、死ぬまでをやっていくには、十分だった。もう、これ以上の希望はいらない。明るい未来に、ぼやかされて、今という時間の輪郭が淀んでしまうのが、怖かった。
 そして、今、旅の途中で、つぼみと、不可思議な体験をしている。一瞬とも、忘れたくない、特別な時間や、季節を、越えようとしている。帰ったら、話したい。僕がどんなに、死に魅了され、それでも、生きたいと思えるようになった経過を。僕は、どうしようもなく、光に、会いたくなった。

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