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NONA REEVES「ANIMATION」(1999年)ライナーノーツ

※この記事は2013年にリリースされたNONA REEVES「ANIMATION」再発盤CDのライナーノーツを再掲したものです。アルバムのオリジナル音源は各ストリーミングサービスで聴くことができます。

甘酸っぱいノーナ青春時代の集大成

「ANIMATION」は1999年2月5日にワーナーミュージック・ジャパンよりリリースされた、NONA REEVESのメジャー1stアルバム。

彼らがワーナーと契約し、初のメジャー作品「GOLF EP」を発表したのが1997年11月25日のことだから、メジャーデビューからアルバム発表までは実に約14カ月を要したことになる。この時期のNONA REEVESは、「SIDECAR」「QUICKLY」がインディーズで数千枚規模のヒットを記録し、渋谷CLUB QUATTROでのライブをソールドアウトさせるなど、鳴り物入りの大型新人としてレーベルに迎えられた。しかし、さまざまな“大人の事情”が重なったためにアルバムのリリース予定はなかなか決まらず、勢いレコーディングは長期間に及んだという。

レコーディングに時間がかかったことは、アルバムの作風にも少なからぬ影響を与えた。奥田健介(G, Key)はこう語る。「『ANIMATION』は、アルバムとしての統一感はあまりないと思います。曲単位で見ればどれもいい曲なんだけど、レコーディング期間が長かったせいか、サウンドの質感が違いすぎて。でも散漫なアルバムって俺個人はすごく好きですけど」。

またアルバムの作風を語る上では、この時期に西寺郷太(Vo)が新しいギターを手に入れた事実にも触れておくべきだろう。当時インディーズ盤のヒットにより数十万円の印税を得た郷太は、ギブソンのJ-50というアコースティックギターを購入し、柔らかな音色に導かれるようにフォークロック、ソフトロック的な楽曲を作り出していった。そのギターを手にして最初に作ったのが「FORTY PIES」。このアルバムのサウンドには、彼のそうした音楽的な“旬”も色濃く反映されている。小松シゲル(Dr)はこの傾向について「このアルバム、意外と“白い”んですよね。THE BEACH BOYSやTHE ZOMBIESみたいなソフトロックっぽい匂いが多分にあるというか、当時の自分は白い音楽ってそんなに知らなかったんで、NONA REEVESを通じて知るようになった面はありました」と語っている。

そしてバンドはアルバムレコーディングの途中で、1998年4月25日に「WARNER MUSIC EP」をリリースし、続く1998年8月25日には、インディーズレーベル・GIANT-ROBOT RECORDSから「I HEARD THE SOUND EP」も発表。いずれの作品も「3rdアルバム『ANIMATION』からの先行シングル」と銘打たれており、当時のファンはこれらの音源を聴きつつ、来るべきアルバムに思いを馳せていた。

そうした経緯を経て、アルバム「ANIMATION」は、ひっそりと、しかし確かな手応えを伴ってリリースされる。アルバム全体を貫くのは、NONA REEVES青春時代の集大成とも言える甘酸っぱいムードだ。インディーズ時代から定評のあったみずみずしいメロディにブラスやストリングスの音色も加わって産み出された芳醇な世界は、聴き手の心を優しく高揚させ、やがて切なさで満たしていく。当時のNONA REEVESが持っていた純粋さと脆さが、高い音楽性のもとに絶妙なバランスで描き出された、ある意味奇跡的な1枚と言えるだろう。

アルバムタイトルは当時手塚治虫のドキュメンタリー番組を観た郷太が、アニメーションという語がラテン語の「ANIMA」(=霊魂、魂が宿る)に由来していることを知り、そのロマンチックな意味合いに惹かれて採用したもの。黒を基調にしたシックなジャケットデザインはTHE ISLEY BROTHERSの「3+3」にインスパイアされている。

なお今回の再発に際しては、オリジナルアルバム収録の16曲に加え、「GOLF EP」「WARNER MUSIC EP」のカップリング全曲、および初CD化となるレアトラック「ANIMATION I LOVE HER」も収められた。これらの楽曲はアルバム未収録ながら、この時期のNONA REEVESらしさを色濃く伝える名曲ばかり。この24曲が揃い、本当の「ANIMATION」が今ここに完結する。

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01. TUBE RIDER(渚のチューブ・ライダー)
アルバムは切なくもポップなナンバーで幕を開ける。作曲は郷太・奥田・小松の3名による共作で、奥田がイントロ、郷太がA〜Bメロ、小松が「Let's Get it on the wave !」以降のサビを担当している。大サビ「チューブ・ライダーが〜」部分のめくるめくコード進行は奥田の手によるもの。当時キリンジのプロデューサーとして名を馳せていた冨田恵一がアルバムレコーディング終盤に合流し、3人のメロディを持ち寄ったこの楽曲のプロデュースを担当した。シングルカットこそされなかったが、NONA REEVES流日本語ポップチューンのひとつの完成形。

02. WARNER MUSIC(ワーナー・ミュージック)
メジャー2ndシングル「WARNER MUSIC EP」のタイトル曲として発表された英語詞のポップソング。Bメロ部分は同一のコード進行ながら、1番と2番で異なるメロディが歌われる。流れるようになめらかな“西寺郷太節”全開のメロディラインは、歌声とアレンジのハマり具合なども含め、のちにつながるNONA REEVESサウンドの雛形とも言える。

03. PEANUTS(ピーナッツ)
美しいメロディと抑えたサウンドアレンジが印象的なナンバー。多重コーラスで録音されたボーカルが郷太の歌声の特質を際立たせている。曲のラストで強度のある2つのメロディが重なって幻想的なフレーズを作り出し、再び分かれていく様は絶品。リズムトラックはサンプリングの元ネタとしても人気の高いジェームス・ブラウン「FUNKY DRUMMER」のフレーズを小松がオリジナルで叩き、それをループさせたもの。

04. ANIMATION 5(アニメーション・ファイヴ)
作曲は奥田・郷太の共作。奥田がヴァン・ダイク・パークスやポール・マッカートニーをイメージしてメインのメロディを作曲し、エンディングのメロウなパートを郷太が手がけた。ちなみに「ANIMATION 2〜4」は存在せず、「ANIMATION MELLOW MIND」が「6」、「ANIMATION I LOVE HER」が「9(=NUMBER NINE)」という設定。

05. MTR(エム・ティー・アール)
「音楽の趣味があう友人が周りにいなかった」という京都在住時代の郷太が、家で1人ひたすら宅録に打ち込んでいた当時の思いを歌った楽曲。MTR=マルチトラックレコーダーを女性名詞で表現し、その蜜月を描いている。歌詞にある「I need a truck ...(うわぁ、願いが叶うなら、トラックがもっとほしい!)」という思いは、まさにこのアルバムをレコーディングしたメジャーのスタジオで、48トラックを自由に使える状況のもと叶えられることになる。

06. CALIB(カリブに片想い)
「茜さす日さ / バレンタイン / でもね...」という不可思議なフレーズから幕を開けるグループサウンズ(GS)調のアッパーなロックチューン。「明るい日本語詞のロックにはGSが似合う」という郷太の判断からこのアレンジが採用された。全編を通して鳴るヌケのいいスネアドラムが楽曲の印象を形作り、ラスト「君は彼と / ダンサブルなのかい?」から奥田のGS風のギターソロになだれ込むエンディングもユーモラス。ライブでは「エアメール...」のくだりで郷太がペンを持ち手紙を書くジェスチャーが定番となっている。

07. SURFER BOY (1957)(サーファー・ボーイ)
1998年の夏、静岡の海でアルバイトをしていた親友に会うため同地を訪れた郷太が、海を見ながら作った楽曲。タイトルに「1957」とあるのは、THE BEACH BOYS「DISNEY GIRLS (1957)」へのオマージュで、年号自体に意味はない。ソフトロックの王道を行くメロウなアレンジと展開は、“ギターポップバンド”NONA REEVESの真骨頂。印象的なイントロのウーリッツァーのフレーズは奥田の手によるもの。

08. INSIDE/OUTSIDE?(インサイド・アウトサイド?)
郷太が新宿東口さくらや(現在は閉店)の階段を昇っていたときに「INSIDE OUTSIDE」のフレーズを思いついたというエピソードを持つ。トリッキーなキーボードのフレーズは奥田が担当。当時流行していたマニー・マーク的なサウンドの影響が伺える。

09. WE LOVE YOU(ウィ・ラヴ・ユー)
アナログレコードで言うところのB面1曲目は、“サビ頭”のキャッチーな楽曲からスタートする。この曲ではテープをやや遅く回して歌い、元のピッチに戻すことで声を高く細く聴かせる手法が採用されている。ホーンアレンジはフラッシュ金子率いるBIG HORNS BEE(米米CLUBのホーンセクション)が担当。

10. ANIMATION MELLOW MIND(愛はひらめきの中に)
郷太が京都で購入したアコースティックギターで作った楽曲。決して派手ではないが、ストロークギターを基調としたシンプルなアレンジに、美しいメロディが際立つ小品。桐島杏子(SPOOCHY)のボーカルが楽曲に彩りを添える。邦題「愛はひらめきの中に」は、THE BEE GEES「愛はきらめきの中に」をモチーフにしたもの。

11. FORTY PIES(フォーティ・パイ)
メジャー1stシングル「GOLF EP」のリード曲としてリリースされた、NONA REEVESのいわばデビュー曲。当時のレコード会社から「MOTORMAN」(アルバム「QUICKLY」収録)路線のアッパーな楽曲が求められる状況下でこの楽曲をシングルに選んだことが、一筋縄ではいかない彼らの特質を物語る。ストリングスアレンジは、歌謡界の大御所・萩田光雄が担当。ほのぼのとした楽曲のラストで、唐突に奥田のブルージーなギターソロが挿入される展開もユニーク。

12. CESSNA(セスナ)
フェンダーの赤いムスタングを購入した郷太が「うるさい曲を作りたくなった」ことから制作されたナンバー。イントロはBLUR「SONG 2」のフレーズにインスパイアされたという。ちなみにNONA REEVESの楽曲をよく聴いていたという郷太の祖母に、郷太が「ノーナの曲で何が好きなん?」と尋ねたところ「CESSNA」と答えたという微笑ましいエピソードがある。

13. MICROPHONE LOVE(マイク・ラヴ)
この曲は高田馬場の郷太の部屋で、郷太と奥田がテーブルを挟みキャッチボールのようにメロディを交換しながら作られた。Aメロ、Bメロは主に奥田、サビは郷太が制作。マイク・ラヴ(=マイケル・エドワード・ラヴ / THE BEACH BOYSのオリジナルメンバー)という邦題にも象徴されるように、メロディの端々から奥田のTHE BEACH BOYSへの愛が感じられる。

14. I HEARD THE SOUND (PARTS 1&2)(鼓膜の中の愛)
ポール・マッカートニーやトッド・ラングレンの影響を受け、郷太が初めてピアノで作曲したナンバー。タイトルはポール・マッカートニー「I SAW THE LIGHT(瞳の中の愛)」から。日本語と英語が混ざった歌詞は、当時のNONA REEVESにとっては新鮮な試みでもあった。ブラスアレンジは山本拓夫。

15. @ THE PARK(広場にて)
奥田作曲によるインストゥルメンタルナンバー。テレビ東京系のバラエティ番組「開運!なんでも鑑定団」でジングルとして使用された。

16. TALKING AWAY(トーキング・アウェイ)
アルバム「ANIMATION」のラストにふさわしい、青春期の終わりを思わせるバラードナンバー。ストリングアレンジは服部隆行。のちの「DESTINY」「HISTORY」などにつながるスケール感を持った郷太流の王道バラード。バンドは次のシングル「BAD GIRL」で大胆なシフトチェンジを果たし、結果的にこの曲が“下北沢ギターポップ”的なシーンとの別れの歌にもなった。

<BONUS TRACK>

17. GOLF(ゴルフ) /「GOLF EP」収録「プリンスっぽい密室ファンクみたいなものがやりたかった」という郷太の意志のもとに制作されたナンバー。リズムトラックは小松が叩いたドラムをサンプリングで使用。ベースは沖山優司、パーカッションは浜口茂外也が担当している。1stシングルのタイトル曲でありながら趣味性が強く、NONA REEVESの80's洋楽テイストが凝縮された楽曲。

18. HiPPY CHRiSTMAS(ヒッピー・クリスマス) /「GOLF EP」収録
毎年恒例となったクリスマスライブのタイトルとしても知られる楽曲。「ANIMATION」の発売が2月だったこともありアルバムへの収録は見送られた。クリスマスソングではあるが、歌詞やアレンジにおけるクリスマス的要素はさほど濃くなく、鈴の音もフェイドアウトでかすかに鳴るだけ。「CHIRISTMAS TIME」(アルバム「3×3」収録)の素直さと比較すると、若さゆえの“ひねくれ感”が今となっては微笑ましい。

19. ANDY SUMMERS SAID(アンディ・サマーズとお茶を) /「GOLF EP」収録
シングルのラストにさりげなく収録された小品だが、そのメロディはアルバム収録曲に劣らぬ美しさを持つ。桐島杏子(SPOOCHY)のコーラスを大胆にフィーチャー。郷太曰く「ちょっとした小鉢みたいな」楽曲。

20. ANIMATION#1(アニメーション・ワン) / 「WARNER MUSIC EP」収録コミカルな歌い出しから始まり、手作り感あふれるコーラスワークで盛り上げるシングル「WARNER MUSIC EP」のオープニングナンバー。「日本語で歌ってたらユニコーンみたいになったかも」とは郷太の弁。

21. SHE IS AN ELEPHANT(シー・イズ・アン・エレファント) / 「WARNER MUSIC EP」収録
「HARPERS BIZARREみたいなことをやってみようと思って」という奥田が作曲を手がけたフォーキーな楽曲。渋谷系ムーブメントが席巻していた当時のおしゃれな空気感が全編に漂う。歌詞では、動物園にいた象が別々の場所に売られていくというストーリーが描かれている。

22. IF YOU SEE HER, SAY HELLO(イフ・ユー・シー・ハー、セイ・ハロー) / 「WARNER MUSIC EP」収録
ボブ・ディランの名盤「BLOOD ON THE TRACKS(血の轍)」に同名の楽曲が収録されている。当時郷太はボブ・ディランのこの曲を聴いたことがなかったが、「彼女に会ったらよろしく伝えて」というタイトルからイメージをふくらませ、オリジナルの楽曲に仕上げた。郷太が1人で制作したデモをそのまま収録。

23. I HEARD THE SOUND(鼓膜の中の愛) / 「I HEARD THE SOUND EP」収録
1998年8月25日にシングル「I HEARD THE SOUND EP」のリード曲としてリリースされた。これは12弦リッケンバッカーのフェイドアウトで終わるシングルバージョン。アルバム収録時にTHE ISLEY BROTHERS風の「Part 2」が追加された。

24. ANIMATION I LOVE HER(アニメーション・アイ・ラヴ・ハー) / 「MY LOVELY NONA」収録
1999年12月、アルバム「FRIDAY NIGHT」と同日にリリースされた12inchアナログ盤「MY LOVELY NONA」に収録。今回が初のCD化となる。ちなみに「MY LOVELY NONA」はバンドが初めてリリースしたアナログ盤で、この「ANIMATION I LOVE HER」に既発曲7曲を加えた内容。

(大山卓也)
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※西寺郷太の自伝的小説「'90s ナインティーズ」文藝春秋digitalにて連載中
※「西寺郷太のPOP FOCUS」音楽ナタリーにて連載中


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