「話が長い」は悪である

「話が長いから失格」

これは、ある人気のYoutube企画の中で、
審査員から発せられた言葉である。

その企画は、志願者と審査員によって成立し、
志願者は自分が持ってきたビジネスプランを発表する。

そして、そのプレゼンを聞いた審査員が、
志願者に対してお金を投資するか否かの判断を下すというモノである。

その最終決定の場で、審査員は志願者に対して、
「話が長いから投資はしない」と言い放った。

ビジネスプランの可能性や実現性ではなく、
「話が長い」と言うだけの理由で、バツを出したのだ。

つまり、「話が長い」というのは、
致命的な弱点であり、時に命取りとなる。

では、なぜ話が長いのは致命的なのだろうか?

まずひとつは、
相手の立場に立って考えることができていないから。

相手が何を考えているのか?
相手が何を求めていて、何に不満を感じているのか?

話が長いというのは、
そういった相手の気持ちを考えられていない証拠である。

リスナーの表情や仕草に注意を向けていれば、
話に集中しているか、飽きているかなどスグに分かる。

にも関わらず、リスナーを無視して話し続けるのは、
ただの自己満、流暢に話す自分に酔っているだけだ。

ボクの元上司も、まさにこのパターン。

相手がどう感じているか?など1ミリも気にせず、
つまらない話をひたすら披露していた。

そして、自分だけが気持ち良くなって終わるのだ。

そんな自己満1人でやってくれって感じである。

相手の立場で考えることができないというのは、
ビジネスはもちろん、恋愛や夫婦関係、友人関係においても致命的である。

自己満ばかり追求する人間と、
気持ち良く付き合っていけるはずはないのだ。

それともうひとつ。

話が長いというのは、
「時間」に対する意識の低さを露呈している。

「相手の時間を奪っている」という意識が欠如しているのだ。

当たり前の話だが、
時間というのは何よりも貴重な資産である。

もし、話を30分短縮することができたなら、
30分早く仕事を終わらせ、家族との時間を30分増やすこともできるし、
その30分で有力なアポを一件取れるかもしれない。

つまり、話が長いというのは、
相手の収入や人間関係まで悪影響を及ぼしているのである。

最後にもうひとつ。

話が長いというのは、
「思考力」と「伝える力」に欠けている。

つまり、自分の考えを整理し、
分かりやすく相手に伝えるということが出来ないのだ。

これが出来ない人間は、
コミュニケーションコストが非常に高く、
会話するだけでもストレスを抱えてしまう。

故に、「一緒にいたい」と思われないのだ。

ここで一度話を整理しておこう。

「話が長い」というのは、それだけで、
相手の立場で考える力や、時間に対する意識、
思考力・伝える力が欠如していると判断されてしまう。

だから、審査員はバツを出したのだろう。

そう考えると、審査員の判断に納得がいく。

では、どうしたら話を短くできるのだろうか?

まず第一に、「自分は話が長い」ということを認識することだ。

認識しないには、改善もクソもないのだから。

だが、ここで厄介なのが、
話が長いというのは、「役職が上の人」によく見られる傾向である。

事実、ボクの元上司たちは、揃って話が長かった。

彼らは、立場が上にあるため、
「話が長い」と指摘されることがない。

それに、指摘されたとしても、
経験の長い彼らに柔軟性と素直さがあるとは思えない。

こうなると厄介である。

なので、できるだけ若いうちに、
自分の話し方のクセを認識しておくことが重要だ。

もし、思い当たる節があるのなら、
一度自分のプレゼンを録音してみたり、
仲の良い友人に聞いてみると良い。

以上、話が長いのは悪だよって話をしました。

それでは、また。

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