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火星ローバーの運用効率化─サーマルエンジニアの視点から

こんにちは。NASAジェット推進研究所(JPL)の大丸拓郎です。探査機の熱制御を専門とするサーマルエンジニアとして働いています。

僕は大学生の時に火星ローバー「キュリオシティ (MSL) 」の火星着陸に衝撃を受けて、日本の大学からNASA/JPLを目指したのですが、現在はそのMSLにそっくりで2020年に打ち上げ予定の探査機「Mars 2020 Rover (M2020) 」の開発に参加しています。今回はM2020の開発では一体どんなことがチャレンジングなのかお話したいと思います。

ローバーの運用効率化

M2020における大きなチャレンジの一つが運用の効率化です。運用の効率をあげて、もっとたくさん移動して、もっとたくさんサイエンスをすることが狙いです。

具体的にはMSLのときには1.5火星年で、移動した距離が10.6 km、 採集したサンプル数は8だったのを、M2020では同じ期間で15 km移動して、さらに20ものサンプルを採集することを目標としています。

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キュリオシティ(MSL)とMars 2020の比較。移動距離で40%UP、サンプル採集数で150%UPの効率化が目標。

運用を効率的にするためには、ローバーが走るルートを最適化する、自動化できるところは自動化してローバーが地上からの指示を待たなくても一人でできるようにする、取得したデータに基づく地上でのプランニングを素早くすることなどが考えられます。では、熱を操るサーマルエンジニアの立場からはこの課題にどのように貢献できるでしょうか?

ウォーミングアッププロセスの改善

 火星の平均気温は-60℃、冬は場所によって-120℃まで下がります。

火星ローバーが移動するためには、モーターを動かしてギアで力を伝達し、タイヤを動かします。ところが極寒の火星では何も考えずにモーターのスイッチを入れると、ギアに使われている潤滑剤の粘度が高すぎて故障してしまう可能性が高いため、必ずヒータでギアボックスの温度を一定以上に温めてからモーターを動かす必要があります。

ロボットアームやドリルを動かすときも同様で必ずギアを温めてから使います。これをウォーミングアッププロセスと呼びます。人間がスポーツをする前に準備運動をするのと一緒ですね。

サーマルエンジニアの立場からは、このウォーミングアッププロセスを改善することで、ミッションの運用効率をあげることに貢献できます。改善方法は大きく2つあります。

着陸地点の選定

1つ目はそもそもウォーミングアップが大変でない環境を選ぶことです。

ローバーの一日は朝起きて、気温が上がってきたらウォーミングアップをはじめて、温まったら移動したりドリルで穴を掘ったりして、夜になって気温が下がってきたらヒーターを消して寝る、という感じです。

ところが、あまりにも気温が低いと、そもそもウォーミングアップしても基準の温度まで温まらなかったり、時間がかかりすぎて、せっかく温まってもすでに夜になっているというケースが起こってしまいます。

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火星ローバーの一日のスケジュール。早くても朝8時スタート。ウォーミングアップに費やす時間を1日の30%程度には収めたい。

以前のミッションでは着陸地点がローバーの運用効率に与える影響はほとんど考えられていなかったのですが、M2020ではサーマルエンジニアが着陸地点の選定に大きく貢献しました。

例えば火星は、軌道や自転軸の傾きから同じ緯度15度ほどの地点でも、北半球だと最低で-80℃、南半球だと-110℃と南半球の気候のほうが厳しくなります。

こういった熱環境の知見を着陸地点選定の議論に持ち込み、サイエンス的に興味深い場所か、走行が簡単か、などと合わせて議論しました。その結果、着陸地点は北半球のジェゼロ・クレーターに決定されました。

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Mars 2020 Roverの着陸地点ジェゼロ・クレーター。太古に湖や河川が存在したとされる。

シミュレーションによるパラメータの洗い出し

2つ目の改善方法はウォーミングアップ自体に無駄をなくすことです。MSLでのウォーミングアップ方法は、火星の季節、一日の中での時間帯をパラメータにした早見表をあらかじめ作っておいて、何時間くらい温めればいいか、その表を見て決めるというものでした。

ところがこの方法だと、気温や空気中のダスト、風の影響など不確定性が多いため、加熱時間が必要以上に長く見積もられてしまったり、そもそも表を作るのが大変すぎるという問題がありました。

そこで今回僕たちがやったのは、ウォーミングアップに要する時間と相関が強いのはどのパラメーターなのかをシミュレーションにより徹底的に洗い出すことです。すると、じつは環境のパラメータよりもウォーミングアップ前のギアの温度が一番強く影響することが分かってきました。

これに基づきM2020では全てのギアボックスに温度センサを搭載し、実際の温度をパラメーターとしてウォーミングアップの時間を決めることにしました。その結果、ウォーミングアップに必要な時間を最大で従来の半分まで短縮できる見込みです。また着陸後の検証への準備もバッチリ整えています。環境センサーや衛星からのデータを利用してしっかりと答え合わせをする予定です。

火星環境での試験

Mars 2020 Roverプロジェクトは佳境を迎えていて、今まさに (2019年10月) ローバーをスペース・シミュレーターと呼ばれる火星の環境を模擬できる装置に入れて試験を進めています。 

System Thermal Test と呼ばれる今回の試験ではハードウェアを火星の温度にさらして、ヒーターでウォーミングアップし、システムが火星環境できちんと動くかを確認します。

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一足先に行われたクルーズステージの試験。スペースシミュレーターは直径5mの宇宙船がすっぽり収まる大きさ。

Mars 2020開発の最大の山場となるこの試験をチーム一丸となって24時間体制で進めています。この試験が無事に完了すれば2020年の初めにはローバーはロケットの射場があるフロリダに輸送され、7月には火星に向けて打ち上げられることになります。

ミッションの成功のために開発も最後まで気を抜かずに頑張ります。日本の皆さんにも2020年の打ち上げを楽しみに待っていただけるとうれしいです。

Image credit: NASA/JPL-Caltech


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