「公にする」の意味など (情報公開請求等の受付窓口担当だったときに考えていたこと その6)

不開示情報を定める規定にある「公にする」とは

 これまでの記事で、国の機関や地方自治体に対する情報公開請求の場合、請求者の属性は開示の判断に影響しない、というご説明をしてきました。
その中において、行政機関情報公開法でも各地の情報公開条例でもおおよそ請求者に限定はなく「何人も」(「なんぴとも」と読みます。「誰でも」という意味です。)となっているということ(報道によれば「町民に限る」と規定していた地方自治体もあるようですが)、行政機関による平等取扱いの原則(法適用の平等)と関連付けて、誰でも請求出来て、請求者は等しく取り扱われるから、請求者の属性は開示の判断には影響しない、というご説明をしています。
 行政機関情報公開法でも各地の情報公開条例でも、不開示情報(非開示情報と呼んでいるケースもあります)について定める規定では、大体の場合「公にする」とのフレーズが入っています。
 「誰でも請求出来て、請求した場合には等しく取り扱われるということ」は、すなわち、「特定の請求者に開示するということは、そのほかの人からの請求でも同じように開示することになるということ」を意味し、このことを想定して、「公にする」というフレーズを入れていると私は理解しています。
 言い換えますと、特定の請求者からの請求に開示するということであっても、それはその後の他の請求者の請求でも同じように開示することになり、つまるところ、請求対象文書に記録されている情報を何人も知りうる状態におくということになるわけで、このことを「公にする」と表現しているものと私は理解しています。
 前にも書きましたが、請求者が不開示決定に対して審査請求や訴訟において「自分はこれこれこのような立場にあるのだから、開示を受けられないのはおかしい」というような主張を見かけますが、開示不開示の判断をする側(審査請求や訴訟で行政庁の決定について検討する場合も同じです。)は、まずはそれぞれの条文の定める不開示情報に該当しているか否かという観点から判断をしていますので、特定の請求者に開示すべきかどうかというところは基本的には検討すべき事情になっていないのです。
 不開示決定について争う側は、不開示情報に該当しないということを主張していく必要があり、例えば、対象文書に記録された情報を何人も知りうる状態に置いたとしても、行政機関の事務には支障が出ないとか、当該情報の法人等の権利など正当な利益が侵害されることはない、ということを、できる限り具体的に主張していく、ということが、訴訟や審査請求では求められているのです。

情報公開のあり方や窓口対応についての私見

 別の話になりますが、同じ内容の開示請求が複数なされる場合には、対象文書をウェブサイトで公開するとか、対象文書そのものを公開しないまでも当該文書に記載されている情報を要約してウェブサイトに掲載するなどして、国民や住民が開示請求しなくても当該文書に記録された情報を知ることができる状態にある=「公にする」ということが、行政機関にとっても請求者にとっても便宜ではあろうと思いますし、総務省行政管理局 情報公開・個人情報保護推進室作成の「情報公開事務処理の手引」にも、反復継続して請求が見込まれるものについては原則としてWebサイトによる提供を行うというようなことが書いてあったような記憶です。

 昨今、カスタマーハラスメントとか、モンスタークレーマーというようなことが報道されており、行政機関の窓口でも、担当職員が暴力を振るわれたなどのいわゆる行政対象暴力が問題になっています。
 パブリックサーバントとしての職員という立場、国民や住民に行政サービスを提供するという観点からすれば、行政機関の職員は、ハードネゴシエーションのような場面にも対応することが望ましいとはいえましょう。
 もっとも、特定人が繰り返し同様の内容で電話をかけてきて、他の業務を行えないとか、通常人からすれば十分な説明があったと見られる場面で執拗に話をすることを求められるなどの状況になってしまうと、他の国民や住民に対して行政サービスを提供することができなくなってしまいますから、どこかのタイミングでは「これ以上はご対応いたしかねます」という形で対応を打ち切らざるを得ません。
 特定任期付公務員として消費者庁にいたときにも、他の部署などから、どのように対応するのが良いかという形で相談を受けたことはあり、他の業務に支障が出る状況であれば、先のセリフとともに対応を打ち切るということで良いという説明をしてきましたので、参考にしていただいて良いかと思います。
 なお、令和5年10月23日の秋田県知事の定例会見において、秋田県知事は、「業務妨害」とはっきり述べ、対応は現場の判断としつつも、名乗ってどういう用件かということを話す分には聞くけれども、暴言の場合には電話を切るということを示しました。