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LINEマンガ・小室稔樹さんの、作家の困りごとを解決する「歯車」となる企画【電子マンガのTAKURAMI】

「TAKURAMI STORY」では、商品、映像、音楽、写真、物語など世の中にワクワクする企画を提案してきた方々をお招きし、業界や肩書に捉われず、その企みを紐解きます。今回登場するのは、LINEマンガ編集部を束ねる小室稔樹さんです。

アプリの国内累計ダウンロード数が4,000万を超え、国内マンガアプリ第1位を記録した、電子コミックサービス「LINEマンガ」。豊富なジャンルのマンガ作品をいつでもどこでも楽しむことができるので、移動時間や隙間時間に利用するのが日課という人は多いのではないでしょうか。

近年、電子コミックで人気のスタイルが「webtoon(ウェブトゥーン)」と呼ばれるフルカラーで縦スクロールで読むマンガです。特に韓国など世界各国でも勢いが盛んなwebtoonは、「Web」とマンガを意味する「Cartoon(カートゥーン)」を合わせた言葉。

『女神降臨』や『俺だけレベルMAXなビギナー』をはじめ、世界中で注目されている作品は多く、また、Netflixなどで映像化されている人気作も多々あります。

LINEマンガは、日本でのwebtoon普及を担ってきました。AnimeJapan 2022「第5回アニメ化してほしいマンガランキング」で1位を獲得し、アニメ化も決定している『先輩はおとこのこ』や、国内累計閲覧数2億2400万ビュー(※2023年7月末時点)を突破した『入学傭兵』など、オリジナルのwebtoon作品が多数掲載。webtoon作品以外にも、話題のオリジナル作品を次々と生み出しています。

今年10周年を迎えたLINEマンガで、オリジナル作品が生まれやすい環境」を築いてきたのが、今回お話を伺う小室稔樹さん

電子ならではの強みを活かしてLINEマンガに才能を集め、作家を発掘・育成するさまざまな企画を立案してきた小室さんに、企画の考え方について聞きました。


身近な人の“ペインポイント”を解消したい

──小室さんが企画を考えるとき大切にしていることはなんですか?

「身近な人たちのペインポイント、困っていることってなんだろう」という視点です。ペイン(痛み)とは、想定しうる顧客の抱えている悩みや問題のこと。

私にとって身近な人とは、作家さんを始めとするクリエイターの方々です。どの業界でもクリエイターが世に出るハードルってものすごく高いですよね。私自身、音楽大学で作曲を学んでいたのですが、就職率だけを見ると、普通の大学に比べると低い状態でした。ピアノや声楽など、みんなひとつのことを突き詰めて学んでいて強みもはっきりしているはずなのに、デビューできるのは一握り。何かのきっかけさえあれば社会で活躍できるはずの人って、本当はたくさんいると思います。

大学を卒業して音楽業界に進んだのですが、ひとりでも多くの人がクリエイターとして生きていけるような環境をつくりたいと、レコード会社と音大生をつなぐオーディション企画などにも関わっていました。

──マンガ業界に転身されたのは2014年ですよね。

はい。マンガ業界に入ってすぐ、電子マンガは作家さんのデビューのチャンスを広げられると感じました。

雑誌など紙媒体だとページ数が限られているので、多くの場合、ひとりの作品を載せるには、誰かひとりの作品を落とさなければいけません。でも、Webにはそういう物理的な制約がない。だからもっとたくさんの作家さんたちがデビューできる環境をつくることができると確信しました。

2016年に入社し、一年ほどで誰でもオリジナルのマンガ作品を投稿できるLINEマンガ インディーズの企画を担当し始めました。そこで企画したのが「トライアル連載」です。

──「トライアル連載」とはどういう企画なのでしょう?

紙面で連載が決まるには、編集会議で作品を連載するかどうかの判断が下されるなど、複数人に承認されることが必要になるケースが多いと思います。でも、多数から承認を得られなかった作品の中にも読者に刺さるものはあるはずで、読まれる機会を喪失するのはもったいない。

「トライアル連載」では編集部の誰かひとりがいいと思えばトライアルで連載をスタートできます。決まった期間内に目標の読者数に達すれば、本連載が決定するという仕組みです。

──連載へのハードルを下げて、作家さんたちがデビューしやすい環境をつくったんですね。

実際に、デビューする作家さんは以前と比べて増えました。編集会議など、いわばフィルターを通していない分、読者の方にも作品をいち早く届けることができるのも「トライアル連載」のよさだと感じています。

webtoon市場を日本に広げるための企画

──LINEマンガは国内マンガアプリの累計ダウンロード数1位を独走しています。どうして多くの読者を集めることができるのでしょう?

読者が「読みたい」と思う面白い作品が、LINEマンガにはたくさんあるからだと思います。作家さんがいるから面白い作品が生まれて、読者が集まります。ですからLINEマンガの人気は、作家さんたちのおかげです。

私たちができることは、ひとりでも多くの作家さんたちに「LINEマンガで作品を描きたい」と思ってもらえるように土壌を整えることだと思っています。

──先ほどの「トライアル連載」もLINEマンガで作品を描きたい人を増やす企画だと思います。他にはどんな企画で、LINEマンガに参入しやすい土壌づくりをしてきましたか?

「トライアル連載」は編集部の判断は必要ありませんが、編集者のうち誰かひとりの判断は必要です。もっと読者の反応を軸に評価できる仕組みをつくれないかと考えて、生まれた企画が「報奨金給付プログラム」です。

月間の読者数に応じてもらえる報奨金額が変わるというもの。読者に読まれれば読まれるほど、高い報奨金を手にすることができます(※「βテスト」として2022年11月よりスタートし、現在もテスト運用中)。

そのプログラムの中で、縦スクロールで読むスタイルのwebtoon作品は報奨金が2倍になるよう設定しました。

──webtoon作品だと報奨金が高くなるのは、どういう狙いがあるのでしょう?

webtoonはスマホの普及とともに全世界に広がっていきました。縦スクロールで読めるので、ページ形式のマンガよりもグローバル展開しやすいんです。

コマ割りのマンガは国によって、左開きと右開きといったようにページをめくる方向も変わってしまったり、セリフも横書きになったりします。全世界に作品を届けるうえで、上から下にシンプルに読み進めることができるwebtoon作品は強い。

ただ、日本のマンガ家さんは横読みのマンガを描き慣れている方が大多数だったので、当時はなかなか、webtoon作品に参入する人が少なかった。報奨金を加算することで、参入する人が増えてほしいという思いがありました。

──たしかに、ずっとコマ割りのマンガを描いてきた人にとっては、webtoon作品に切り替えるのは難しそうですね。

webtoon作品を描くのは難しいと思われている方が多いのですが、実はページ形式のマンガを描く勉強をしたことがなくてもチャレンジできるマンガ形式だと思っています。ページ形式のマンガを描くには、ページをどう分けるか、1枚の原稿用紙の中でのコマ割りや読み手の視線をどう動かすかなど、さまざまなテクニックを学ばなければなりません。

でもwebtoonはページを分割せずに上から下にスクロールさせていく形式なので、極端な言い方かもしれませんが絵さえ描ければ作品をつくることができる可能性があります。webtoonの作家さんには、コマ割りマンガを描いた経験のないイラストレーターさんも多くいます。もっと多くの作家さんたちがwebtoon作品を描いてくれて、作品を全世界に届けていけたらいいなと思います。

企画を「歯車」に、世の中を動かしていく

──「トライアル連載」も「報奨金給付プログラム」も、作家の困りごとに寄り添った上で彼らの可能性を広げ、電子マンガという市場自体の盛り上がりにもつながる企画だと感じました。企画を成功させるうえで必要なことは何かありますか?

企画って、歯車のようなものだと思うんです。世の中のいくつか止まってしまっているものが、歯車となる企画を差し込むことで動き出すイメージ。

うまくいかない企画だと、企画だけが空回りしちゃいます。歯車だけが回って、その周りには何の影響ももたらさない。ペインポイントを理解して、需要と供給のバランスもしっかり取れる企画をつくることを大切にしています。

──まずはペインポイントを理解することが大事なんですね。

すでに世の中にあるサービスに対して、困っている人たちは必ずいます。たとえば、LINEマンガが23時間待つと無料で次の話を読むことができる「毎日無料」の機能を実装したのは2018年のことですが、当時は24時間が主流でした。

でも24時間だと、ある日通勤中の電車で7時に読み始めた人が、次の日に無料で読めるのは7時1分、その次の日は7時2分と、どんどん時間がずれていってしまう。通勤時間内に読めなくなってしまうことが起こりうるわけです。そこで、23時間待つと回復するようにし、今では23時間というのを採用しているところが多いと思います。

──まさに困りごとを解消した企画ですね。小室さんはペインポイントをどのように掴んでいるんですか?

とにかく生の声を聞くようにしています。作家さんにはできるだけ直接会って、悩みや思いをたくさん聞きますね。もう10年近く前、前職でもマンガアプリに関わっていたのですが、当時は、街中で電子マンガを読んでいる人が目に入ったら、「マンガアプリを使っていて困っていることはないですか?」と声をかけることがありました。

──読者の方にも⁉︎

そうです。そこで、「どこまで読んだかわからなくなってしまう」「アプリ内の本棚が見づらい」などリアルな声をいろいろといただいて、それをサービスにフィードバックするなどしていました。

ちょっとやばい人ですよね(笑)。最近は流石にやめましたが、基本的には、オンラインの事業でこそ、オフラインのつながりを大切にしたいと思っています。オンラインのサービスでも、利用してくださるのはリアルな人で、作品を描くのはリアルな書き手。極力、データを用いた仮説の議論だけに留まらず、直接みなさんの顔をみて表情をみて、コミュニケーションをとることで、これからも困りごとを解決していきたいです。

■プロフィール

小室稔樹
音楽業界とゲーム業界を経て、2014年にマンガ業界へ。2016年にLINE  Digital Frontier株式会社(2018年の事業継承以前はLINE株式会社)に入社し、2017年よりLINEマンガ インディーズに携わる。2023年にLINEマンガ編集部とインディーズ企画運用部が所属するContent Production室の室長および、LINEマンガ編集部のひとつである第2編集部の部長に就任。LINEマンガ インディーズだけでなく、LINEマンガのオリジナル作品全体の統括を担当する。

取材・文 冨田ユウリ
取材・撮影・編集 小山内彩希
編集 くいしん