見出し画像

【ボツ企画】稀見理都『エロマンガ表現史』精読会

はじめに

私が所属するオンラインコミュニティで稀見理都『エロマンガ表現史』の精読会をやろうと企画しておりました。しかし同志が集まらなかったため企画を取りやめ、事前に用意していた原稿を公開することとしました。

募集の文言

[目標]
エロマンガの表現を通じて芸術の表現や社会とのかかわりを考える。
[方法]
稀見理都『エロマンガ表現史』の第1章から第8章までについて、1章/週のペースで要約を公開する。その章に関連する事柄を質問するから、それに回答してほしい。参加者からの質問も歓迎する。第9章や補遺は除外する。
[できればやってほしいこと]
『エロマンガ表現史』を通読する。内容を覚える必要はない。

以下、議論の参考になるような各章のまとめです。

第1章 「おっぱい表現」の変遷史

「おっぱい」表現は性的に敏感なシンボル、対象として描かれてきたとともに、時代の変化などにとても敏感に反応してきた。「ロリコン」という言葉は現在では幼女好きの変態というイメージだが、1980年代では単に美少女、かわいい、いとおしいという程度の意味であった。初期のロリコンコミックではロリ巨乳などはなく、純粋で無垢な感じの膨らみかけのおっぱいが主であった。現代の少年誌では『ToLOVEる』のように攻めたおっぱい描写があるように、1980年代でもおっぱい描写は多くみられた。胸チラやパンチラが少年誌の限界であることから、どのような展開(流れ)でおっぱいが見えるのかという方が重要であった。
1980年代中期には森山塔(山本直樹)のマンガがきっかけとなって美少女コミックが大衆化した。『ペンギンクラブ』や『ホットミルク』はいまも続く雑誌である。エロマンガの大衆化により、いまでいう巨乳表現が少しずつ増えてきた。当時は巨乳という言葉はなく、「Dカップ」「ボイン」「デカパイ」と言われていた(実際にDカップの大きさを描こうとしていたのではない)。対比される貧乳も、「ぺちゃぱい」「ない乳」「ぺったんこ」などと呼ばれていた。胸の大きさによりキャラづけ(性格ならぬ乳格)が表されるようになってきた。
マンガ表現としては、おっぱいの大きさというひとつの軸で完結するものではない。柔らかさや質感という要素は漫画家の力量が試される軸である。本書では石恵(いしけい)という漫画家がフィーチャーされる。おっぱいにハイライトを入れると活きた感じになるという石恵は柔らかさの表現のためにハイライトを使用しているが、他の漫画家はたとえば筋肉美を強調するために使っている。
BLでは「雄っぱい」を魅力的に表現するものが現れたり、実数に対する虚数のような、巨乳に対する虚乳(虚乳どうしをあわせると実際の巨乳になる)という表現が登場したりするなど、おっぱい表現の進化は現在もつづいている。

第2章 「乳首残像」の誕生と拡散

第1章ではおっぱい表現を取り扱った。当然のことながら、マンガは動画とは異なり一枚の絵で表現することになるため、どうしても動きを表現することは難しい。たとえば走る描写のときに単に走るポーズをしているだけでは動きが伝わりにくく、キャラの周りに風の流れを示すような線を書くことで動きを表現している。人が走ればおっぱいは揺れるが、それをマンガでどのように表現するか。その方法はいくつかあろうが、ここでは乳首の動きによっておっぱい全体の動きを表現することに成功した乳首残像について考える。

乳首残像とは、文字通り乳首の残像を表現したものあり、乳首および乳輪が地点Aから地点Bに移動したときの軌跡を領域で図示したものである。乳首残像が広く知られる以前からおっぱいの動的表現は存在していたが、擬音を利用したりおっぱいの輪郭の描き方によって揺れを表現している程度であり、乳首残像よりはもう少しどこにでもある表現かもしれない。

乳首残像という表現は、『GANTZ』で知られる奥裕哉と『セラフィック・フェザー』で知られるうたたねひろゆきがほとんど同時期に発表した。本書には二人のインタビューが掲載されているが、同じ乳首残像という表現であっても、なぜそれを使うに至ったかという経緯はまったく異なる。奥は巨乳をリアルに揺らす表現として着想し、うたたねはグラデーショントーンの可能性を探っていた時に乳首の質感を美しく見せるという方法を思いついている。乳首残像という表現にみなが飛びついてしまったせいで、二人がマンガ表現としてそれよりもこだわっていた部分があまり評価されなかったことに二人は不満そうであった。このように表現が一人歩き、あるいは記号化することには功罪がある。

奥とうたたねが乳首残像を発明してから4-5年ほど経過したのち、エロマンガで乳首残像がよく用いられるようになった。乳首残像だけで数多くの種類があるのだが、この文章ではそれは説明しないから、各自で本書を読んで確認してほしい。

第3章 「触手」の発明

ここでは触手責めとは以下の三要素を同時に満たすものとする。

・生物、非生物を問わず、帯状に細長くうねうねとして形状を有し、自由に動かすことができる。
・自立して動く、もしくは外部の意志によって遠隔で操ることができる。
・女体(ときには男体)に対し、快楽、陵辱の目的で責める意志を明確に読み取ることができる。

歴史的には国内外ともに触手動物(主にタコ)が女体に絡まりついている表現はよく見られた。この時点では絡まりついているにとどまっており、快楽や陵辱という目的はほとんどない。性的なマンガ表現としての触手責めは、手塚治虫が『帰還者』で女性が宇宙生物に受胎させられるシーンを描いたものあたりに萌芽がみられる。その後、前田俊夫によって現在でいう触手責めが確立された。前田によれば、触手は性器ではない(これは重要)から、性行為をしているように見えたとしてもそれは性行為ではないという主張が可能になり、規制を避けることに寄与している。『ふたりエッチ』などでは男性器をバナナで表現することがあるが、それはバナナが描かれているのであって男性器ではないというエクスキューズができるのも似たような話だろう。その便利さからか、『ToLOVEる』や『モンスター娘のいる日常』といった一般マンガにも触手表現が現れ、その勢いはとどまるところを知らない。

第4章 「断面図」の進化史

エロマンガ技法における断面図とは「男性器を女性器へ挿入している様子を人体解剖図のように描くことで、内部で男性器がどう動くかを伝える方法」といえるだろう。断面図の歴史をさかのぼると1493年頃にかかれたダーウィンのスケッチに行きつく。このスケッチは解剖学的には誤りであるようだが、ダーウィンがなんらかの欲求に突き動かされてこのスケッチを作成したのだと思われる。江戸時代の春画にも同様の断面図はみられるが、現代のエロマンガの表現とはかなり離れている。

藤子・F・不二雄原作の『宇宙人レポート サンプルAとB』というSFマンガにおいて断面図があることが確認されている。このマンガでは宇宙人が人間を観察することがテーマになっており、ここで考えたい性交断面図以外にも人体の構造の断面図が現れるようであるから、このマンガにおいては断面図を性的な意図で利用したとは評価しにくいだろう。

エロマンガを語る上では規制の話から逃れられない(第7章で詳述する)。断面図は直接的な性行為の描写を回避できるため規制されないと思いきや、腰から下を描くことそのものに厳しい目を向けられていた時代があり、せっかくの断面図表現はしばらく日の目を見なかった。

通常の性行為において、女性器の中で男性器がどうなっているのかはわからないし、男性の絶頂と女性の絶頂がどうリンクするかもわからない。そのため、断面図がない時代に女性の絶頂を表現しようとすると体を海老ぞりにするくらいしかなかった。アダルトビデオにおいても、視覚的に興奮を呼び起こしやすいように外出しの技法が発展していた。断面図の登場によって、エロマンガでは中出し表現の自由度がグンと高まった。断面図のパターンについては乳首残像と同様に数多くあるから、本書を読んで確認してほしい。

第5章 「アヘ顔」の系譜

エロマンガで性行為を描くとき、絶頂を迎える瞬間を外すことはできない。女性が絶頂を迎えるときの表情を一般的にイキ顔とよぶが、そのバリエーションのひとつとしてアヘ顔という言葉が定着している。アヘ顔にはたとえば以下の要素が含まれている。

・目は白目、もしくは白目に近い状態。焦点が定まっていないか、寄り目、レイプ目(黒目がない状態)になっている。
・口は大きく開けられ、舌が出ている。
・唾液、鼻水、涙、汗などの汁が垂れ流されている。

アヘ顔は必ずしも絶頂を迎えるときの表情というわけではなく、必要があればほかのシーンでも用いられる。たとえば、快感や恍惚、悦びといった性行為描写でもっともメジャーな感情表現をしたいときがある。単に「気持ちいい」ではなくそれを超えるような意識の混濁、朦朧状態となったとき顔面が崩壊し、唾液などが流され、精神が崩壊したようにもみえる。他には支配や服従を示す表現としても用いられる。はじめは抵抗していた女性の感情が折れて、快感に屈服したときの落差を伝える表現としてアヘ顔は便利である。支配の文脈のアヘ顔が進化してアヘ顔ダブルピースが生まれたと考えられる。

アヘ顔という表現や言葉はいつ頃誕生したのか、起源は誰なのかということが気になるかもしれないが、現時点では断定できない。アヘ顔が広く知られるようになったのは、画像掲示板であるpixivにアップロードされた、東方Projectのキャラクター、パチュリーのアヘ顔ではないかと考えられている(現在も検索すればすぐに見つかるはずである)。アヘ顔パチュリーの模倣がしやすいようなテンプレートの普及もあいまって、絵を描くひとの間では爆発的に広まった。

絵(二次元)で開拓が進んだアヘ顔という表現は、文章(一次元)やアダルトビデオ(三次元)にも広まっている。エロマンガ表現を学んでいくと、それ以外の媒体でのアダルト表現と関連づける必要に迫られる。

第6章 「くぱぁ」「らめぇ」の音響史

日本語にはワンワンやニャンニャンという擬音語や、メラメラやキュンという擬態語が数多くある。エロマンガでは、男性器を女性器に挿入する際に「ズブッ」、愛液の「くちゅ」、の絶頂の「ビクン」「ビュルル」など多様なオノマトペが存在する。本章ではその中から「くぱぁ」と「らめぇ」に焦点を絞る。

「くぱぁ」は女性器の小陰唇を左右に開き、膣内を性交相手に見せる際の擬態語(あるいは擬音語)である。「くぱぁ」は愛液が滴る女性器がその粘性ゆえに密着していた状態から御開帳する様子を想像しやすいみごとな擬態語になっている。

やや脱線するが、「くぱぁ」を使わなくとも女性器が御開帳する様子を描写することはできる。『ToLOVEる』ではフキダシを女性器に重なるように配置し、フキダシを指ではさむような描きこみをすることで擬態語を使用せずに「くぱぁ」を表現している。

「らめぇ」は「ダメ」のろれつがうまく回っていない言い方を表した表現である。「らめぇ」はみさくらなんこつが使用していたいわゆる「みさくら語」の一部である(みさくらなんこつが発明者というわけではない)。みさくら語には「おちんぽみるく」「エッチなトロトロお汁」や「んおお♡」「らいしゅきぃ♡」など、アダルト表現でよく見かけるものが数多くある。ふつうに生活しているときに淫語はなかなか発しない。しかし性交によりろれつが回らないような状態になり恥じらいを失うことで「おちんぽみるく」などを発してしまう女性のかわいさが表現できるようになった。私たちはみさくら語によって状況の想像が容易になり、脳を直接愛撫されているのである。

第7章 規制修正の苦闘史

刑法第175条に「わいせつ物頒布等」について定められたものがある(項を読みやすくした)。

第1項
わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
第2項
有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

エロマンガをはじめとするアダルトメディアは刑法第175条に抵触しないように作らなければならない。

わかりやすい例として男性器の修正を考えよう。詳細は本書を確認してほしいが、黒ベタ修正、白抜き修正、モザイク修正などがある。あるいは、性器ではなく別のもので代替する方法もある。第3章でも言及したが、『ふたりエッチ』では男性器をバナナで表現している。また、本書では取り上げられていないが『それはただの先輩のチンコ』というマンガでは男性器が人体にくっついていないためか、修正されていない状態で男性器を描くことに成功している。

どの程度の修正ならお咎めを受けないかは誰にもわからない。私があるイベントにて、エロマンガの修正の歴史を記録している滅び屋(@horobiya)からうかがった話によれば、エロマンガの出版社の誰かが逮捕されるような事件があった際に各社一斉に修正が厳しくなり、時間をかけてもとに戻していくようないたちごっこが行われているようである。

エロマンガに限らない最近の問題として、アダルトコンテンツの売買にクレジットカード会社が介入して決済できない状況があげられる。特にVISAやMaster Cardといった外資系大手クレジットカード会社がそのように踏み込んできている。おそらく海外基準の規制では日本のアダルトコンテンツが認められないことが背景にあるのだろう。それを受けて、たとえば株式会社エイシスは運営するサイトDLsiteでの決済手段からVISAやMaster Cardを除外する対応をとった。

第8章 海外への伝播

ここまでに見てきた様々な表現は日本から海外に伝わっている。たとえばタコ型の触手による触手レイプtentacle rapeは、触手慣れしていない彼らにとって衝撃的であったに違いない。一方で、乳首残像については対応する英語が存在せず、海外にはあまり浸透していない。

日本のアダルトメディアでよく用いられる言葉には、そのまま英語になったものがある。たとえばぶっかけBukkakeやフタナリFutanariがある。それ以上に海外で広まっていると思われるのはアヘ顔Ahegaoである。SNSではAhegaoの自撮りを公開する文化まで生まれた。

日本ではさんざん苦しめられている修正事情については、海外ではむしろ無修正uncensoredで流通している。海外ではもともと修正の文化がないことが背景にあるが、そうなると「わいせつ」とは何なのかという疑問は浮かび上がる。

言語の壁を最も感じるのは「くぱぁ」「らめぇ」などのオノマトペであろう。これは翻訳が難しく、単にアルファベットに置き換えて「Kupaa」「Ramee」としても意味が伝わらない。背景文字として書かれているオノマトペについては、日本語をそのままに、その近くに対応する英単語(「くぱぁ」にはゆっくり開くという意味のspread、射精の「ドピュ」にはspurtなど)を追記して補完する手法がとられている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?