第四幕『乗っ取り』

――2021年10月15日の朝、あおば団地にて――
「それでね・・・ 一応なんだけど、私、パート遅番ってことにしてもらえる?」
 「・・・例の?・・・分かった。」
「実は、朋ちゃんに話そうかずっと迷ってたんだけど・・・」
 「え、何々?」
「私、林さんとあんなことになってしまって、もう母親も妻も失格だって思いが日に日に強くなる一方で・・・もう、消えてしまいたいの。」
 「真帆さん・・・」
「だから、以前知り合った人に、誰も居ない空き家に今夜連れて行ってもらうことになったの。週末だけだから。誰にも言わずに。リョウちゃんにも言ってない。週末だけ、頭の中をすっきりさせて、また帰って来る。」
 「真帆さんが、そう言うなら・・・。凌介さんと子供たちは、何かあったら私が見とくよ。」
「ありがとう。」

***

「じゃ、真帆はもともと週末だけ家出をする予定だった、てことですか?」
  相良家新居のテーブルに腰かけていた凌介は、菱田朋子から家族3人が失踪した日の朝に真帆と交わした会話を改めて聞いた。光莉と篤斗は外出していた。凌介は、菱田が幾度となく嘘をついてきたことを考慮し、望月も隣に座らせていた。
 「はい。未だに凌介さんに本当のことを話していなかったのは、とても心苦しかったんですが、真犯人が自白して逮捕されて、世間も一件落着ってムードになって。何かが違う、て思っていましたが、私はキヨを守ることで頭がいっぱいで。キヨとユニホームのことを凌介さんに打ち明けて許していただけたことで、すごくホッとしていました。だから、他に隠していたことを言ってまた事件のことを再燃させたくない、て思ったんです。」
「で、なぜ今になって話そうと思ったんですか?」
 「警察が来たんです。きっとそのことだろうな、て思って。今のところは『忙しい』とか、『子供を一人にできない』などと言い訳して逃れてるんですが、いずれは話さないといけないし、先に凌介さんに話そうと思って。」
  「菱田さん、うちの配送スタッフをやっていた小手川って人の名前、真帆さん言ってませんでしたか?」望月が横槍を入れる。
 「いえ。知り合いに空き家に連れて行ってもらう、とだけ。」
  「警察が調べたところ、小手川君が真帆さんらしき人と連絡を取っていて、その真帆さんと思われる番号のプリペイド携帯の記録から、菱田さんともやりとりしていたことになっています。」
 「はい。真帆さんが、どうしても何かあったらってことで、隠し持っていたプリペイド携帯の番号を教えてくれたんです。以前、林さんにDNA鑑定をお願いした時に、凌介さんに林に連絡してることがバレないように、こっそり自分で契約したらしいです。」
「え!じゃ、河村が真帆と会うために念入りに準備して渡したってのは嘘だった、てこと?」
 「真帆さんは、7月に手に入れたって言ってましたよ。」
  「真帆さんとのやり取りは残ってますか?」
 「いえ、怖くなって全部消しました。最初は、私からも極力連絡しないようにしていたんです。でも光莉ちゃんとあっちゃんの失踪は流石に言わないといけないと思ってメールしたんです。真帆さんがどの程度ニュースを見たり聞いたりしていたかも全然分からなかったし。真帆さん、自分が家出したタイミングで子供達も行方不明になって、やっぱり自分はダメだってなって、自分が戻った所で2人を探せるわけじゃないし迷惑かけるだけだから、て言って、そのまま隠れておくことにしたんです。」
「じゃ、そのやりとりはいつまで続いたんですか?」
 「年末までは時々メールが来ていました。途中からは真帆さんじゃないかもしれませんが、失踪直後から10月の終わりぐらいまでは、間違いなく真帆さん本人です。」

 菱田の言うことが本当なら、真帆は10月いっぱいは生きていたということになる。河村に呼び出されて週刊追求の資料室まで行ったこと、そこで殺されたこと、また河村が事前に携帯を渡したことも、全部河村の嘘だということになる。凌介は今までの新事実を頭の中で整理した。「でも、何で?」河村の供述に真実でない点がいくつかあることが分かっただけで、まだ点と点が全く繋がってこない。

「菱田さん、本当のことを話してくれて、本当に本当にありがとうございます。」深々と頭を下げる凌介だったが、望月が再び横槍を入れる。
  「菱田さん、念のためですけど・・・これ以上隠してることは、もうないですよね?」
 菱田が一瞬ためらいをみせると、望月は畳みかける。
  「やっぱりあるんですか?菱田さん、隠してもまたいずれ出て来るだけです。前も、知っていたのに隠し続けたことでキヨくんが大変な思いをしました。もういい加減、包み隠さずに全部話して下さい。」
 「はい・・・。事件の解決に繋がる大きなことではないですが・・・」
「構いません、何でもいいので教えてください」と凌介が促す。
 「実は、あの日家を出る前、真帆さんは家のリビングに監視カメラを設置してたんです。そして、何かあったら私が助けにいけるように、家の中を映したモニターを私に預けてたんです。」
「そうですか・・・それで、アイロンや掃除などをしに来てくれたんですね。」
 「はい。」
  「そのモニター、まだあるんですか?」
 「いえ、処分しました。あるきっかけで。凌介さん、家のドアに 『要冷凍』のシールがぎっしり貼られてた時のこと覚えてますか?」
「ああ、うん。確か、がめ煮を作ってくれたとき、ですよね。」
 「はい。その次の日に、私がそのシールを剥がして、凌介さんが夜にお礼のメールをくれたじゃないですか。ちょうどその時に、キヨが習字セットを探してて、押し入れを開けたんです。そこにモニターが置いてあったんです。」
「ああ!その夜って、山田コーチがサッカーボールを蹴り込んだ日じゃないですか!」
 「そう。相良家を映したモニターがあることはキヨも知っていて、私も適当な理由をつけて説明していたんですけど、その時押し入れを開けたら、ちょうどコーチの蹴ったボールがガラスを割って部屋の中に飛んできたのが映ってたんです。ボールの赤いマークも見えたんで、あっちゃんのボールだって分かって。あっちゃんはやっぱり誘拐された、そして誘拐した人がボールを蹴り込んだんだ、て。誘拐は自分のせいだと思ってたから、キヨはあれ以来ずっと怯えていたんです。だから、その直後に処分しました。カメラも、私が凌介さんが居ない時に入って回収しました。」
  「そういうことだったんですね・・・。」
「分かりました。じゃ、今話したことを、事件に関係あるとか、大きく影響するとかしないとかじゃなく、警察に全部そのまま話して下さい。みんなが握っているそれぞれの小さな事実を、責任をもって語っていくことで、隠された大きな真実が見えてくるんです。どうか、宜しくお願いします。」
 お人好し凌介につられるように望月も深々と頭を下げていた。

 その後、みたび家に来た阿久津と落合に対して、菱田は凌介に語ったことをすべて打ち明けた。

***

 「事件の正しい全容が、少しずつ見えてきましたね。真帆さんは7月頃に夫の凌介さんに内緒でプリペイド携帯を入手し、篤斗君のDNA鑑定を依頼するために林に連絡。7月30日に帝月ホテルで会う。その後、林のことで精神的に追い込まれ、同じ携帯を使って以前知り合った小手川に連絡。小手川は配送車の中に真帆を隠す形で、過去に仕事中たまたま見つけて使ったことのある空き家に連れて行った。でもそこからが分からないんですよねー。真帆さんは、そこからどうやって殺害されたのか。誰がその空き家に行ったのか。」
「全容どころか、まだ輪郭すらロクに見えてねえじゃねえか。」
 「まあ。もう一回河村に事情聞きましょうか!」
「なんで?」
 「え、何でって、この状況になってるのって、河村が嘘をついてるからじゃないですか。」

「落合、人狼ゲームってやったことある?」
 「ああ、ありますよ!友達とパーティーとかで。」
「その時にさ、よく分かってない奴がいて、占い師引いているのに『自分が占い師です』て言わないことがたまにあったりする。」
 「ああ、ありますね。あとで『言って良かったんですか?』とか言う人。」
「そんで、自分が占い師だってことをそいつが言わないまま狼に襲撃されて死ぬんだよ。」
 「狼からしても、出てこないってことは初心者だ、て大方予想がつきますからね。」
「そうするとさ、狼が『自分が実は占い師でした』て言って急に出て来るんだよ。本物の占い師はもう死んでて、占い師を名乗ってる奴が一人しかいないから、皆そいつの言うことを信じて、そいつの嘘でどんどん話が進んでいく。」
 「俗に言う、『乗っ取り』てやつですね。」
「そうすると、村人はもう全滅不可避だ。それを止めるためには、そいつの言ってることを全部忘れて、それ以外の事実だけを組み合わせて真実に辿り着かなければならない。」
 「うわー、阿久津さん人狼強そうですね!」
「世間が、この事件に関して嘘を信じさせられているのは、河村の嘘が発端だ。まさに乗っ取り状態だ。だから今更奴に話を聞いたところで何にもならないんだよ。」
 「そっかー、やっぱ地道に捜査を続けるしかないですね。あ、やっぱこれ、僕がずっと言ってるようにシリキラかもしれませんね。」
「お前も懲りないな。」

 呆れたように吐き捨てる阿久津を落合が追いかけるようにして、2人はサイバー捜査班のもとへ向かった。

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