第五幕『至上メンバー』

「相変わらず無茶言うねぇ、君たちは。」
 「そこを何とか・・・」

 両手を合わせ身をかがめて懇願する落合。サイバー捜査班に依頼したのは、Nシステムを洗って、相良家3人失踪事件の関係者が、小手川が利用したと思われる埼玉県北部の空き家の近くを走行した車に映っていないかを確認することだった。期間は真帆が失踪した10月15日から、空き家が燃えた翌日の11月5日まで。確認する関係者リストは相良凌介、真帆、光莉、篤斗、菱田朋子、清明、山田元哉、二宮瑞穂、河村俊夫、両角猛、橘一星、海江田順二、金城三伸、相川誉、土井光四郎、日野渉、本木陽香、林洋一、井上幸作、馬場健次郎、強羅誠、等々力幸造、茉莉奈、木幡由美、佐藤佳恵。
 真帆が小手川を頼って一時的に身を隠すために空き家まで行った、という見方は固まってきたが、その後の展開はまだ完全に謎に包まれたままであるため、少しでも手がかりを入れようと、対象とする関係者を広めに設定した。

「分かった、やってみるよ。これだけの人を、3週間分の映像と照合するにはかなり時間がかかると思うけど。」サイバー捜査班の捜査員は溜息をつきながら言った。
 「ありがとうございます!後で、ありったけのカニカマを差し入れますんで!」落合は両頬を貫くように広がる笑顔で言った。

***

 マスターの日野渉、亀田運輸の望月鼓太郎と石川あきの、一連の事件の当事者かつ主要人物である相良凌介。一度解決した事件が再燃してから、新たな「至上メンバー」が定着しつつあったが、この日はもう一人加わっていた。元祖「至上メンバー」の一人、橘一星だ。

「橘君、いつもありがとうね。光莉も、だいぶ勉強追いついてきたよ。」
 「どうせ、光莉ちゃんと、部屋で二人きりになりたいだけでしょ。」マスター日野が意地悪に言う。
  「違いますよ!光莉さんは、本当に真面目で、勉強頑張ってるんです。」
 「そうやってさ、凌介の前では『光莉さん』て、これまた礼儀が良いんだよな。だから騙されるんだよ、お父さん!」日野は凌介の方に振り向いて言い放つ。
  「それに関しては、今でも本当にもう訳なく思っています。」と力なく言う一星。「もういいよ、あれはもう橘君も何度も謝ったし。」
 「にしても、ずいぶん久々だね。今日ここに来たのは?」
「ああ、僕が誘ったんだよ。今回事件がまた動き出しそうで、橘君にまた色々手伝ってもらうこともあるかと思って。」 
 「あ、そう。でも、今回は一星がやること、全部逐一俺たちに報告してもらうからね!万が一また変なことしたら、望月君と石川ちゃんは、鋭いからね!こそこそやっても気付くから!」
 横のテーブルに座っていた望月と石川は、橘と顔を合わせ、互いに「あ、どうも」と言わんばかりにペコリと頭を軽く下げた。

 橘にも説明をする形で、凌介は事件について明らかになった新事実を整理する。
「真帆は、河村に渡されたのではなく、林君と連絡を取るために、7月にプリペイド携帯を手に入れた。林君にはホテルで会って篤斗のDNA鑑定の依頼をしたが断られる。その後、林君のことで精神的に参ってしまい、週末だけの家出を決断。以前、二宮さんの紹介で会ったことがあった小手川君に接触。小手川君からは、配送の途中で休憩や仮眠でたまに使う、人通りが少ない空き家があることを、以前会ったときに世間話的に聞かされていた。二宮さんがそう教えてくれた。小手川君は、配送車の荷台に真帆を載せて、埼玉県北部にある空き家に連れて行った。
 真帆は週明けに帰る予定だったが、光莉も篤斗も行方不明になり、さらに絶望し、家出を延長。この辺はプリペイド携帯で時々連絡をとっていた菱田さんからの情報。その後、小手川君は何度かその空き家に行っている。おそらく食糧を届けたり、真帆の様子を確認したりしていたんだろう。その後、その空き家で何かが起こって、真帆がまた攫われて別のところに連れていかれたか、殺されたか。11月4日にその空き家は火事で全焼。その後真帆の行方や安否は不明。」

  「11月4日って、前日の11月3日は、陽香が光莉のスマホをトンネルに置いて、皆で向かった日じゃないですか。」と一星が挟む。
 「誰かさんが、そうするように指示したから。」
「日野っち、もうそれは良いから。」厭味ったらしく言う日野を凌介は遮って、続ける。「橘君、君は光莉が誘拐されていないことを知っていた。そして、誘拐に見せかけようとしてスマホを置いた。でも、指輪があったことは想定外だったはず。あれを見て、どう思ったの?」
  「正直、何が何だか分からなくなりました。でも、犯人は相良さんの近くにいるという予想はつきました。だから瑞穂ちゃんと同盟を組んで、独自に色々捜査を進めたんです。あの時点では、現場に来ていた瑞穂ちゃんや河村さんが犯人だという発想はありませんでした。それよりも、犯人が俺たちの行動をすべて把握してて、先回りして指輪を置いたと思っていました。例えば至上の時を盗聴したり、相良さんの携帯にGPSを仕込んでいたり。だから、真帆さんや林を疑っていたんです。不倫疑惑のことを光莉から聞いていたこともあって。光莉が失踪前日に聞いた真帆さんの電話での会話からも、家族を捨てての駆け落ちを本線で見ていました。篤斗君のことは分かりませんでしたが、光莉の同時失踪に便乗して、林が誘拐に見せているのかなと。」
「本木陽香が、犯人と繋がっていることは考えなかった?」
  「いや、それはあまり考えなかったですね。僕に対する執着で色々やってくれていると思っていたし、僕が指示して利用していたんで。」

「真帆とやり取りをしていた菱田さんの言葉から、真帆は少なくとも10月いっぱいはあの空き家にいて、生きていたことが分かってる。残る大きな謎は、その後真帆に何が起きたか。そして、真犯人として捕まった河村はなぜ嘘をついているのか。」
 「お前、河村がやったと思う?」日野が凌介に問う。
「分からない。あの事件は、本当に小説の中の出来事が次々と飛び出てきたみたいで、普通だったら『あり得ない』と思うようなことも、可能性としては排除できないと思っている。河村が、人を殺せるような人間かどうかも、正直僕には分からない。」

 「あの、」一星が望月と石川に話を振る。「小手川って、どんな人だったんですか?」
望月が答える。「ああ、どっちかというと、寡黙なタイプっすね。あまり自分から人に話しかけたりはしませんけど、こっちから話しかけたら、色々喜んで話してくれたりすることもあります。」
石川が続く。「仕事は淡々とやりますが、ちょっとどんくさいところもありましたね。」
 「人柄については、僕は何も分かりませんが、状況的にその小手川って人が犯人の可能性ないですか?真帆さんの家出の手伝いをしていて、その途中で何かトラブルがあったとか?」一星が尋ねる。
「小手川君が、真帆が空き家からいなくなったことに関わっている可能性はあると思うけど、流石に真帆殺害はないんじゃないかな。だとしたら、河村が小手川君を庇っていることになるんだけど、どうもそんな気が全然しなくて。」
 「いや、でもそういう先入観は、やはり良くないよ」と日野が諭す。「実際今回の事件も、その背景にあったことも『まさか』とか『あり得ない』とかの連続だから。」
  「あ、でも…」急に石川の声が他を制す。「小手川君が退社したのは11月末。そのあと、1月に林さんが殺されてますよね?小手川君が犯人だったら、真帆さんで終わってるはずです。だから、やっぱり小手川君犯人はないと思います。」
 「確かにそうだ!流石!やっぱり、亀田運輸のカスタマーサービス部は優秀だね!」と日野が持ち上げる。
「でも、小手川君はやはり事件の根幹に関わることを知ってて、まだ話してない部分があると思う。鼓太郎君、今週末空いてる?福井に行って、小手川君会って話を聞こうと思ってるんだけど。」
 「いいっすよ。でも、週末だと、捕まえられますかね?」
「小手川君は今週土曜日は出勤らしい。阿久津さんからその辺の情報はもらったよ。配送車の番号も、配送ルートもある。」
  「え!私も一緒に行きたいです!」と石川がねだる。
「うん、いいよ。3人で行こう。」
  「じゃ俺も!あ、ダメだ、光莉のカテキョーだ・・・」
 「じゃあ俺は、一星が光莉ちゃんに変なことしてないか確認するために相良家にお邪魔しようかなぁ。」
  「ちょ、日野さん、勘弁して下さいよ!」
 一同の和やかな笑い声と共に、『至上の時』の作戦会議はひと段落つき、それぞれ順に帰途についていった。

***

 「はいよ、見つかったのはこれだけ。」そう言ってサイバー捜査班の男性捜査員は、阿久津と落合に写真を渡した。阿久津と落合は、関係者が映っていたNシステムの記録が時系列順に並んだものを確認した。

・10月15日21:44 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
・10月15日22:38 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
 「このとき、真帆さんを運んでいたと思われますね。」と落合が呟く。
・10月19日12:15 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
・10月19日12:36 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
・10月19日21:45 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
・10月20日7:38 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
 「これは、冷凍遺体を運んでいたときじゃないですか。あれは栃木の存在しない住所に宛てられてましたよね。」
「送り主が相良凌介になっていたから、帰りに真帆さんに確認してもらって、空き家で一晩過ごしたんだろう。」阿久津が返す。
・10月22日20:33 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
・10月22日21:04 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
・10月29日21:24 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
・10月29日21:49 亀田運輸の配送車 運転手=小手川匡志
「ここは、真帆さんの生存確認で週一回ぐらい立ち寄ったのかもな。」

 次にようやく別の名前が出て来る。
・11月2日17:38 黒のワンボックスカー 運転手=本木陽香
・11月2日18:02 黒のワンボックスカー 運転手=本木陽香
 「やっと出ましたね、そして次も。」
・11月3日3:51 黒のワンボックスカー 運転手=本木陽香
・11月3日4:46 黒のワンボックスカー 運転手=本木陽香

「次は、さらに不気味な名前が出たな。」
・11月3日11:18 グレーのクーペ 運転手=強羅誠
・11月3日12:05 グレーのクーペ 運転手=強羅誠
 「うっわー。これは絶対に何かありますね。」
「その次は、まあそうだろうな」
・11月3日22:40 黒のセダン 運転手=河村俊夫
・11月3日23:54 黒のセダン 運転手=河村俊夫
・11月5日11:08 黒のセダン 運転手=河村俊夫
・11月5日11:35 黒のセダン 運転手=河村俊夫

「よし、河村と本木に尋問するぞ。」
 「え、阿久津さん、狼に話聞いても仕方ないって言ってたじゃないですか。」
「人狼ゲームで強い狼を倒すには、自分の視点で見えているものをペラペラ語っても平行線で終わるだけだ。寧ろ、弁が立つ相手だと自分が必死に見えて逆に疑われる。でも、客観的な証拠が出てきたら別だ。河村と本木が埼玉で何をしに行ったのか。素直に答えればそれでよし、嘘をつけば、なぜそのような嘘をついているのかを考えれば少しは前に進める。」
 「はい!」
 
 Nシステムから入手した写真と共に、落合と阿久津は河村に会いに留置所を向かった。

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