第二幕『刑事コンビ再始動』

「飛ばすぞ!・・・法定速度で。」

 日野の運転で、望月と石川の3人は世田谷区のバーから、小手川の配送車のドライブレコーダーに残っていたルートを参考に、埼玉県北部にある謎の空き家まで約3時間かけて到着した。東北自動車道から降りて数キロ、辺り一面は畑や荒れ地で、人通りがほぼない。そこにポツンと一軒だけ空き家がある・・・いや、「あった」と言った方が良いだろう。今は見るに無残な姿となっていた。
 空き家の面積は50平米ほどだろうか。黄色い規制線が張られていたが、このまま何カ月も放置されているのだろう。3人はお構いなしに残骸の中へと入る。壁も天井も大きく崩れていたが、一応部屋の区切りは判別できた。トイレも浴室もあり、1人で生活するには不自由しない広さだが、焼け方があまりにも酷く、人間がここに居た痕跡など見つけようがない。
 3人は、数百メートル離れたところに点在していた数軒の民家で聞き込みを行ったが、成果は乏しかった。昨年の11月頃に火事で燃えてしまった以上の情報は得られなかった。

「場所的に、小手川君は北関東への配送の時にここに時々立ち寄っていたと思われます。」と望月が切り出す。
 「じゃ、もし仮に真帆ちゃんが、週末だけ一旦消えたいと思って小手川君にお願いしたとしたら」と日野が続ける。
  「ここは、一時的に隠れるには理想的な場所、ですよね」と石川が一同が考えている結論を述べる。

「助手席に乗れば、Nシステムで簡単に見つかってしまうんで、荷台に乗ったんすかね。あの時期はちょっと寒かったから、まあ毛布ぐらい使いますよね。」
 「それを、小手川君がそのまま放置した・・・」
  「え、真帆さんはどうなったんですか?」
「この空き家に居たけど、そこで何かのトラブルに巻き込まれて亡くなってしまった・・・?」
 「で、犯人は真帆ちゃんが居た痕跡を消すために、家を燃やした?」
  「あの元編集長ですか?」
 「それか、河村が誰かを庇うためにそうしたか。」
「人目に付かず、存在すらほぼ知られていない空き家っすからね。遺体や遺品を片付けてから燃やせば、事件と結び付けられることもないっすよね。」
 「失火であろうが放火であろうが、誰にも実害がなければそんなに捜査も進まない。」
  「じゃ、世間が聞かされている『炊飯器失踪事件』の『解決』自体が、何かを隠すための嘘ってことですか?」
 「うーん、まあ今のところ憶測だけで、明確な証拠はないからな。あ、望月君、配送車にあった毛布って、もらえたりできる?」
「ああ、いけるんじゃなっすか?水島君使ってなさそうだし。」
 「よし。もらえたら仕事終わりにでもお店に持ってきて。」
  「どうするんですか?」
 「阿久津刑事に相談するよ。鑑識に回せば、真帆ちゃんの痕跡が出るかもしれない。そうしたら、警察もまた動いてくれるだろう。」
 望月は了承し、3人は日野の運転で帰途についた。

***

「既にすっきり解決した事件と、いくつも抱えている他の事件と、どっちが大事ですか!」
横浜北警察署の一室で、阿久津浩二の声が響く。
 「究極の二択攻め…てか阿久津さん、それ相良さんの事件で最初に聴き取りに行った時も言いましたよね?でも結局大事件だったじゃないですか!」
「一度起きたあり得ないことは、二度起きねえんだよ。二度あることは三度あるけどな。」
 「え、それって矛盾してませんか?」
「そういう矛盾にこそ真実があるんだ。警察は忙しいんだよ。素人の勘に振り回されるな。・・・・・・んじゃ、毛布の鑑定だけでもしてみるか?」
 「・・・はい!!!」

落合和也は、日野から受け取った毛布を鑑識に回した。

***

 箸を握ってバーソー丼を口の中に放り込む望月と石川。事件に関して警察から情報がないかと期待し、二人は仕事終わりに度々『至上の時』に足を運んでいたが、ついに日野の携帯が鳴った。

「阿久津です。毛布の鑑定結果が出ました。」
 日野は咄嗟に通話をスピーカーモードに切り替える。
「・・・・・真帆さんのDNAが見つかりました。」
 口を大きく開けながら互いに目を合わせる3人。
「あと、その小手川って人の携帯の番号を教えてください。おそらく番号を変えているでしょうが、追跡しますので。」
 「あ、真帆ちゃんのプリペイド携帯は?」
「あれは海に棄てたと河村が言っています。番号を知っている人が誰もいません。では、また何かあれば連絡しまーす。」

 阿久津が電話を切ると、望月はすぐに小手川の携帯番号を日野に送り、日野はそれを阿久津に転送した。

「いよいよ進み出したね。もしかしたら、この事件には俺たちが知らなかった裏があるのかもしれない。まだ先は長いけど、ここまで来れたのは、望月君と石川ちゃんのおかげだよ。」
 「日野さん、相良さんには言いますか?」と望月が尋ねる。
「いずれ言わないといけないかもしれないが、まだ早いな。先に当たらないといけない奴がいる。」

***

「おお、マスター。どう?儲かってるか?」
 いつも通りの少しにやけた口元と、眼鏡越しに映る柔らかな瞳が、グレーの囚人服を着て留置所の面会室のガラス越しに座っていた。俗に言う「炊飯器失踪事件」の真犯人として逮捕された週刊追求の元編集長・河村俊夫は、2件の殺人事件で起訴され、初公判を控えていた。

 「河村。本当にお前がやったのか?」
「ああん?何を言ってるんだ、今更。」
 「本当に信じられないんだよ、お前があの程度のことで真帆ちゃんに、あんなことをするとは。凌介の作家としての才能に嫉妬していて、彼に解いてもらうためのノンフィクション小説を書きたかったってのは分かる。でも、お前なんてノンフィクションで生きてるようなもんだっただろう。わざわざ人を殺さなくても、凌介をあっと言わせるような小説を書くために何か仕組むこともできなんじゃないの?」
「別に初めから書こうとしたんじゃないぞ。あの夜、俺は真帆ちゃんを死なせてしまった・・・そしたら子供達もいなくなったって言うから、小説にしようって思ったんだ。これはもう説明したはずだろ?」
 「でもお前、凌介の最も大切なものを奪ってやった、て言っただろ?どっちなんだよ。凌介への恨みから真帆ちゃんを殺したのか、林のことで問い詰めてから後に引けなくなってやったのか。」
「どっちでも良いだろ。状況的には、林のことで突発的に殺した。でも結果的に凌介の最愛のものを奪ったから、それを小説にして書き上げているんだ。まさ今な。ほら、見ろよ。」
 そう言って河村は原稿用紙の束を持ち上げた。日野は呆れたかのような溜息をついて言った。
 「本当にそれでいいのか?天下随一の情報網を駆使して闇に潜む大きな悪にも果敢に立ち向かい続けた週刊誌の編集長が、化けの皮が剥がれたら単に人妻を寝取り損ねた凶悪殺人犯でした、て。そんな白けるオチでいいのかよ。」
「はあ?何を言ってんだよお前は!」河村は無意識に拳を握りしめていた。「俺の真帆ちゃんや凌介への想い、作家を諦めた無念、大学時代から30年近く心に積もらせてきた色んな想いが詰まってる物語だろ!何でお前にそれが分かんないんだよ!!」
 「分かってたまるかよ!真帆ちゃんを奪われた凌介や、俺さえも、そんなお前の想いを慮って読むと思ってるのか?大衆なんてもっと冷たいぞ。数々のスキャンダルを暴いてデカイ顔してた奴が、単なる変態殺人鬼だった。お前の中でどれだけ綺麗に飾っても、人の記憶にはそれしか残らないんだよ。」
「・・・帰れ。」河村がぽつりと言った。
 「お前はやってないんだろう?誰か庇ってるんだろ?」
「だから帰れって!」
 「まあ、お前が今日いきなり認めるとは思わなかったけどな。でも必ずお前が隠してるものを暴くからな。また来るぞ。」

 そう言って日野は留置所を後にした。

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