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清弁と三論宗関係メモ

※ただのメモ、Twitterからの転載等

日本の三論宗で清弁(Bhāviveka)は重要視された事は知られていますが
『般若灯論』の扱いはどうだったのでしょうか?
読まれていたのでしょうか?

どなたかご存じではないでしょうか?
漢訳は630-632年
吉蔵が549年-623年

だから、研究されたとしても独自になりそうだけど…


これマジか!!
珍海読み返さないとあかんやんか~

「深浦正文氏は(中略)智光の『般若燈論釈』は存在せず、
分別明菩薩(=清弁)の著した『般若燈論疏』がそれに相当し、
著者の分別明菩薩は梵語の復元から、智光ではなく、清弁であることが確認された。」

http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/29756/jbg067-01.pdf

大乘玄問答第四八不義玄卷第二 ( 珍海) (1)

T2303_.70.0586c03: 彼般若燈論。貞觀四年譯。非大師所覽。況非所依
T2303_.70.0586c04: 之本論。何强可依用乎。又正觀意義有多
T2303_.70.0586c05: 途。又論師異説相分也□□明義存深廣。故
T2303_.70.0586c06: 不拘彼論所説歟。般若燈論第一云。起奧一
T2303_.70.0586c07: 異。第一義遮彼斷常者。世俗中遮彼來去者。
T2303_.70.0586c08: 或言俱遮。或有説言。如是一切。第一義遮
T2303_.70.0586c09: 云云
T2303_.70.0586c10:  或言。俱遮者。顯來去有異説歟。此論者分 T2303_.70.0586c11:  別明菩薩造。或云是淸辨。或是智光論T2303_.70.0586c12:  師也

中観派の清弁と三論宗の件、珍海の記述を見つけた!

珍海『大乘玄問答』
彼般若燈論。貞觀四年譯。非大師所覽。
「かの般若灯論は貞觀四年に漢訳。大師(吉蔵)はご覧になっていない。」

此論者分別明菩薩造。或云是淸辨。或是智光論師也
「この論は分別明菩薩著、あるいは清弁著、あるいは智光論師著とされる。」

三論玄疏文義要第二 ( 珍海) (2)
T2299_.70.0221a27: 云中論專解般若。故此論長行。及分別明
T2299_.70.0221a28: 菩薩般若燈論等。幷以般若經文。解論大宗。
T2299_.70.0221a29: 但言通論者。文既不解一部經文6矣。義
T2299_.70.0221b01: 亦兼餘教。又即所申般若。是最大經。遍被 画像
T2299_.70.0221b02: 諸經宗。故雖意7正釋般若。亦爲通論也。
T2299_.70.0221b03: 已上一義雖有二義。前義爲勝。


大乘玄問答第四八不義玄卷第二 ( 珍海) (1)
 或言俱遮者顯來去有異説歟此論者分別明菩薩造或云是淸辨或是智光論師也

大乘玄問答第十二論迹義 ( 珍海) (1) 梨以般若妙理開演此中論文題下云分別明菩薩釋法珠云淸辨云云又云第一卷

大乘三論大義鈔卷第三 ( 玄叡) (3)
 性心於世諦中立量破執故無向過故般若燈論云但住第一義心以世諦智立量破執 説青目釋曰但破相違故以假名説又般若燈論本論龍樹若青目釋名中觀論也若清 樹若青目釋名中觀論也若清辨釋名般若燈論同本異釋而已矣本論之第四句云但

大乘三論大義鈔卷第四 ( 玄叡) (1)
 於一切佛教答日照三藏云智光論師般若燈論釋中引大乘妙智經而立三時汝何不

三論玄疏文義要第一 ( 珍海) (1)
 爲第二時非眞了義此三次第如智光般若燈論釋中引大乘妙智經等説○起諍論處

三論玄疏文義要第二 ( 珍海) (2)
 專解般若故此論長行及分別明菩薩般若燈論等幷以般若經文解論大宗但言通論 是釋論之骨髓也文四論玄文即同之般若燈論第十五卷造論竟禮龍樹頌云牟尼法

三論玄疏文義要第三 ( 珍海) (2)
 中也二諦是二諦一一具中假二諦也般若燈論始卷者就八不分眞諦世諦見之問付 來品釋八不終云云大智論又順中論般若燈論牒此八不云不來不去云云准此等文

三論玄義検幽集第五 ( 澄禪) (1)
 相説爲其用也文宗鏡録第四十二云般若燈論序云觀明中道而存中失觀空顯第一

大乘玄問答第四八不義玄卷第二 ( 珍海) (5)
 玄云今云八不具三種中道云云問案般若燈論二論師説分也一論師説云不生不滅 道言方新舊不同而無異趣也云云彼般若燈論貞觀四年譯非大師所覽況非所依之 □□明義存深廣故不拘彼論所説歟般若燈論第一云起奧一異第一義遮彼斷常者 八不已云八遣相門所顯眞如云云般若燈論説云如是一切第一義遮云云古師所 更作後釋歟問若注者所置者順中論般若燈論幷始置八不注者不同也何必置之故

大乘玄問答第十二論迹義 ( 珍海) (1)
 中論是釋論之骨髓也文四論玄同之般若燈論第十答文牟尼法王子大智阿闍梨以

【清弁(Bhāviveka)と日本三論宗】の続き
吉蔵以後に翻訳された清弁が、日本では三論宗の祖師として読まれたという話。

真言宗末学として恥をさらすが
弘法大師空海『二教論』で清弁『般若灯論』を引用されているやんか!
なんで気が付かなかったのか、私…
龍猛菩薩の説として書かれてるから、スルーしてた

ここで三論宗の立場として引用されるのが『中論』なのだけれども、青目釈ではなく清弁釈。

それくらい日本では一般的に読まれていた、ということなのか?

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