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長持ちするペンライト(サイリウム)の色 〜LEDと明るさ知覚についてのお勉強〜

結局どうなんだみたいな結論になったので、知識記事だと思ってお読みください。
(毎度のことながら、間違いや補足などあれば、ご指摘いただけるとありがたいです)

ペンライトは青が長持ちするって本当ですか

 結論として、市販品においてかなり微妙なライン(2024年現在)。先駆者の実験では、色が変えられるルミカ社製のペンライトにおいて、わずかに青の消費電力が小さい結果となっている。

始まりはいつも日常会話から

 最近、友人2人との会話でペンライトの話になった。うち一人が、「ペンライトは災害時にも使えるから家に置いといて損ないね」という話の中で、「青色のペンライトが一番長持ちするってどこかで見たよ」と言った。

妙だな…

ペンライトはLED発光ダイオードを使っている。LEDは電気エネルギーを直接光に変換する。光は赤→緑→青と振動数が高くなるにつれて、比例して光子こうし1個あたりのエネルギーは大きくなる。だから私は青のほうが早く電池が減ると考えた。……あっ、でもその分だけ出てくる光子は少なくなるのか〜、うーん……などとモニョモニョ考えていてもらちが開かないので、先駆者のサイトを当たった。素晴らしい実験だった。知識だけで戦おうとしていた自分が恥ずかしい。

 上記サイトより、実験結果の図を引用させていただく(リンク切れが怖いのでね)。ルミカという会社のペンライトとその後発品を、安定化電源(4.5 V)に繋いだ結果を見てみる。

うーん、誤差も誤差という感じだが、確かに青が一番消費電力が少ないな……。

それだけじゃ面白くないから

 ここで終わってしまえばつまらない。突き詰めてやろうじゃないか! 「同程度の明るさを感じるように調整したとき、消費電力が少ない色」を探すことを目標としよう。
 電源から供給された電気エネルギーがLEDによって光に変換され、網膜でその光を受け取り、知覚するまでの過程で、発光効率(知覚される明るさ/消費電力)に影響する、色(光の波長)によって異なるかもしれない部分を挙げてみよう。

  1. LEDの電流電圧特性(回路損失)

  2. LEDの発光特性(電気→光)

  3. LEDの蛍光体(光→光)

  4. 視細胞から知覚まで(光→知覚)

1.〜3. での損失は以下の図(引用)が参考になる。2. は「非発光」(内部量子効率)、3. は「波長変換損失」に対応する。

https://www2.panasonic.biz/jp/lighting/plam/manual/basic/lighting-basic/
- 「図11 :LEDの供給電力に対する消費エネルギーバランス(例)」より

1. LEDの電流電圧特性

 LEDは色によって、同じ大きさの電流が流れたときの電圧降下に差がある。ペンライトの作りが単純だと、青色(3.2 V程度)を出すために4.5 Vの電源(1.5 V電池 ×3)を使うが、赤色(2.0 V程度)を光らせる場合に半分以上の電力(2.5 / (2.0+2.5))が抵抗器で消費されるということもあり得る。……のだが、昇圧・降圧なんかを駆使して調整することもできるので、回路を見ないことにはなんとも言えない。ここはひとまず置いておこう。

2. LEDの発光特性

 ネタバレをすると、4. で緑色はかなり有利になる。でもなぜか最初のグラフを見てみると緑は青に負けている。なんだこれは!!
 LEDはそれぞれの化合物が持つ固有のバンドギャップによって色を変えている。ある色の光を出したければ、その波長に対応するバンドギャップを持つ物質を結晶の成長から開発しなくちゃいけない。で、たとえ作り出せたとしても、効率が高いかどうかは別問題。そしてなんと緑色、効率(内部量子効率IQE; Internal Quantum Efficiency)が低いのだ。緑〜黄の効率が低いことは「Green gap」と呼ばれている。
 化合物に対応する色と効率を示す図を引用しておこう。

https://www2.panasonic.biz/jp/lighting/led/basics/principle.html
- 「化合物による発光色の違い」より引用

また、以下の非常に興味深いサイト(専門的すぎて深い部分までは理解できなかったが)が最高になったので、そこからも図を引用しておく。

https://compoundsemiconductor.net/article/101325/Getting_To_Grips_With_The_Green_Gap
より引用

青色から緑色にするためにインジウム含有量を増やすのだが、これがどうやら内部量子効率に対して悪さしているらしい。結果的に、入力した電気エネルギーに対する外部に取り出せる光エネルギー:外部量子効率EQE; External Quantum Efficiencyは、緑は40%-50%と、青や赤の70-90%に追いついていない。一応、将来この効率は上がる可能性がある(青や赤はすでに100%に近いのに対して、緑は伸び代がある)。

3. LEDの蛍光体

 今回の目的(明るさ/消費電力の高い色を探す)には直接関わりがないが、直接ある波長の光を出す方法以外にも、蛍光体を使用して、短い波長の光を長い波長の光に変換して出力する方法がある。差分のエネルギーは熱に変換される(この章の最初の図の「波長変換損失」)。現在多く使われている白色LEDは、青色LEDの光の一部を蛍光体によって黄色に変換することで、青+黄=白を実現している。今のところRGBで白を作るものよりも効率が良いようだ。
 ちなみに、両方とも発光としては白だが、照明として使う分には差がある。このあたりは面白いので、また別の機会に記事を書きたい。

4. 視細胞から知覚まで

 (以下、標準的なヒトについて)網膜には、桿体細胞と錐体細胞という2種類の視細胞がある

桿体細胞明るさを感じ取る暗所に特化した視細胞であり、感度が高いため、明るい場所では飽和してしまう。

錐体細胞色と明るさを感じ取る明所に特化した視細胞であり、RGBに対応する(※)3種類(LLongMMiddleSShort)が存在する。

※「対応する」と書いたのは、それぞれの細胞は広い波長で反応し、反応のピークも対応する赤緑青の波長の位置にあるとは限らないから。それぞれ赤緑青の波長を感じ取る専門の細胞ではない。代表的な赤緑青の波長は「対応する細胞がある程度強く反応し、かつ他の細胞があまり反応しない波長」として設定されているにすぎない。

L、S、Mそれぞれの錐体の反応ピークを1として正規化した対数グラフ(引用)からも、それぞれの錐体が広い周波数に反応していることが分かる。それぞれの細胞がどれぐらい反応しているか、その量の組み合わせで色は知覚される。

https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E8%89%B2%E9%81%B8%E6%8A%9E%E6%80%A7%E7%B4%B0%E8%83%9E
- 脳科学辞典->色選択性細胞->
「図1. 視覚神経系における色変換過程」より

 光の波長によって感じられる明るさは異なる。同エネルギー量の光で比較したとき、緑周辺の波長は他の色よりも明るく感じられる。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Luminous_efficiency_function
- 明所視(黒線)と暗所視(緑線)の比視感度関数
より引用

2. で緑色LEDの効率が悪いにもかかわらず青や赤とそんなに電力の効率に差がないのは、この辺りが関係している(はず)。LEDのRGBの中心波長を

R: 625 nm
G: 525 nm
B: 470 nm

とすると、それぞれの数値に対応する先ほどのグラフ(黒線)の値は

R:G:B = 0.30:0.80:0.10

程度となっている。これは明るい場所(発光体自体を見る場合を含む)で緑LEDが他の色よりも明るく見えることを意味している。

また、暗所でのRGBの明るさ知覚を同様にグラフ(緑線)で見てみると

R:G:B = 0.00:0.90:0.68

程度となっている。
(※実際には暗さ度合いによって、これらの中間の値として明るさを感じる)

よって、冒頭の「ペンライトは災害時にも使える」という文脈(→暗所で周囲を照らす場合)においては、青は大幅に有利に、緑はわずかに有利に、赤は絶望的に不利になる。

※ただ、赤色波長にも利点はある。桿体細胞によって明るさとして知覚されないということは、裏を返せば「桿体細胞の暗順応を妨げない」ということでもあり、わずかな明かりに照らされるような暗い場所で活動する前30分ほどを赤色波長の明かりのみで過ごすことで、最大限の暗所視にすぐに移行できる。

総合スコア

 1.〜4. をまとめると、

1.:電気回路の損失は正直よく分からない。

2.:電気-光変換効率が
 R: 0.7-0.8
 G: 0.4-0.5
 B: 0.8-0.9
 と、緑が他の半分程度の効率となる。

3.:白にはRGB方式と青+黄蛍光体方式がある。

4.:明所での比視感度は
 R: 0.30
 G: 0.80
 B: 0.10、
 暗所での比視感度は
 R: 0.00
 G: 0.90
 B: 0.68
 程度となる。明所では緑が赤の2.7倍程度、暗所では緑が青の1.3倍程度、明るく見える。
 ▷赤は桿体細胞の暗順応を妨げないために利用できる。

となる。2. と4. の積をとると、

明所:
 R: 21-24%
 G: 32-40%
 B: 8-9%
暗所:
 R: 0.0%
 G: 36-45%
 B: 54-61%

となる。明所では緑が、暗所では青が有利そうだ。実際どうなんだろうと思い、モノタロウ(通販サイト)で検索して出てきたエレキット社製高輝度LEDのRGBそれぞれの仕様を比較することにした(※赤の波長が、前述の625 nmではなく635 nmになっているが、むしろ比視感度は下がる)。

各LEDのページ:
https://www.elekit.co.jp/product/LK-5RD
https://www.elekit.co.jp/product/LK-5PG
https://www.elekit.co.jp/product/LK-5BL

代表値(Typ.)は

R: 1560 mcd - 20 mA - 2.0 V (39 cd/W)
G: 5000 mcd - 20 mA - 3.4 V (74 cd/W)
B: 3000 mcd - 20 mA - 3.4 V (44 cd/W)

となっている。前述の「R: 21-24%, G: 32-40%, B: 8-9%」と比較して、青が赤より明るさ効率が良いのが気になるが、緑が一番明るさ効率が高いのは予想通りとなった。
(ただし、このLEDは2006年製の仕様なので18年経った今、効率事情は大きく変わっている可能性が高い)

結局なぜルミカ社製ペンライトの消費電力が青 < 緑 < 赤なのかは分からないが、考えられるのは以下の理由だろう。

・そもそも同じ明るさにしようとしていない
・回路を細かく調整していない
・使っているLED製品の特性またはLED個体差

なんとも締まらない感じだが、まとめとしよう。

まとめ

  • 長持ちするペンライト製品の色は、一概にどれとは言えない(先駆者の実験ではルミカ社製のものではわずかに青の消費電力が小さい)。

  • 明所では緑の明るさ効率が最も良い。

  • 災害時の観点として、暗所では青の明るさ効率が最も良い(ただし技術の進歩で緑が青を追い抜く可能性はある。また赤は暗所では弱いが、桿体細胞の暗順応を妨げない利点がある)。

  • (ここまでには書いていないが)昇圧回路を組まない場合、青が最初に、次に緑がつかなくなる(電池は使用とともに取り出せる電圧が下がっていくため、必要電圧が高いものからつかなくなる)。

 以上から、ペンライトを自作する場合、昇圧/降圧回路を組み、適切な抵抗をつけ、また災害時には、現在のところ青を、緑の効率がある程度上がれば緑を使うのが良いと分かった。

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