湖と石 Part 2 - JGM10編

IbanezからJon Gommモデルのギターが約40万円で発売される。いったいどんなギターなんだろうと思い、すぐに検索をかけた。

スケールは655mm、ナット幅は45mm、トップ、ボディ共にシトカスプルースの総単板。おまけにFISHMANのマグネティックピックアップ+コンデンサーマイクに、ボディを叩いた音まで拾うセンサーを合わせたトリプルソース。

スケールについては前の記事で少し触れたものの、それ以外何をいっているかわからない方のために簡単に説明を加えたい。

まず、ナットとはギターのネックとヘッドの境界で弦を抑える役目を果たしている箇所で、写真の上の方に位置する白い部分の事だ。もちろん最終的には弾き手の好みによるが、一般的にピックでジャカジャカ弾く音楽には42〜44.5mmが良いとされ、それ以上は指引きに向いているとされる。つまり、45mmは指引き向きということになる。人間の手はとても繊細で、たった0.5mmの違いでも弾き心地はかなり変わるので、この点は本当に慎重に選ばなければいけない。

次にボディに使われている木材について。アコースティックギターのボディは、基本的に表面(トップ)の木材(多くの場合スプルースまたはシダーが使われる)と側面/背面(サイド/バック)の木材(代表的なものだとローズウッド、マホガニーなど)の組み合わせで作られる。もちろん、ネックの材も重要だが説明しているとキリがないのでここでは割愛する。
多くの場合、木の硬さ/柔らかさは音の硬さ/柔らかさに比例していて、楽器から生み出される音の質と非常に密接に関係している。例えば、サイド/バックに比較的柔らかい木を使い、硬めの木材でできたトップと組み合わせることによって、暖かみと力強さを兼ね備えたギターができたりする。また、一枚の木から作る「単板」と、ベニヤ板のように複数枚を組み合わせて作る「合板」でも、ギターの品質が変わってくる。これも最終的には好みだが、一般的に高価なギターはトップ/サイド/ボディ全て単板で作られていることが多い。JGM10は、全てが単板のシトカスプルースで出来ている。

最後に、肝心の音を拾うマイク(ピックアップとも呼ばれる)について。アコースティックギターの音をスピーカーから出すということは、本当に難しい。生で聴いた時の空気感を再現するためにはコンデンサーマイクというものが必要だが、これはハウリング(キーンとか、ボーーーーとかいう、あれ。)を起こしやすい。ハウリングに強いのはマグネティックピックアップで、写真のギターボティの真ん中の穴に取り付けられている黒いものだ。しかし、マグネティックピックアップは基本的に弦の振動をキャッチするので、アコギ本来の温かみが生み出されるボディの鳴りをうまく掴めず、自然なサウンドを再現することが苦手だ。また、これら2つのピックアップ/マイクは、ボディを叩いたり引っ掻いたりする音をほとんど拾ってくれないので、打楽器的な解釈でアコースティックギターを演奏するようなプレイヤーには、追加でもう一種類、打音にフォーカスを当てたピクアップが必要になる。著名なアコースティックギター奏者は、たいていこれら三つのうちどれか二つ、もしくは三つを組み合わせて、独自の音を作り出している。
JGM10はトリプルソース仕様、つまり、これら3種類のピックアップが全て最初からついてくるということだ。しかも、それらのピクアップはFISHMAN製という、業界スタンダード。車でいうトヨタと言ったところだろうか。

40万円は決して安い金額じゃない。ただし、上記のスペックを鑑みるとものすごいコストパフォーマンスだと思った。

気になる。弾いてみたい。

しかしこのJGM10、完全受注生産がゆえに、試奏ができないのだ。

すると、調べていくうちに、同じIbanezから次のような楽器がリリースされていることに気がついた。

ん?

ほとんど一緒だ。

調べてみたら、このIbanez PA300という楽器、色とピックアップ以外はJGM10とほぼ一緒だった。こっちなら受注生産ではないので、実機が置いてある店舗があれば試奏ができる。それで気に入ったらJGM10の購入を検討すればいい。早速問い合わせたところ、渋谷のハートマンギターズに試奏用の楽器を手配してもらえることになり、予約をとって弾きにいった。

多分、30分から1時間程度試奏していたと思う。店員からしたら幾分面倒な客だっただろう。

弾いてみてまず驚いたのは、45mmのナット幅にも関わらず、ネックが非常に薄いため、ネックの太さ(横幅)がそこまで気にならなかったこと。ナット幅45mmはピック弾きがほとんどである自分のスタイルにマッチしているわけでは無いため正直少し気がかりだったが、これなら弾いているうちに慣れていくだろうと思った。また、通常よりも少しだけ長い655mmのネックのおかげか、何か別の仕掛けがあるのかはわからないが、B♭でかなり強く弾いても、チューニングの狂いが見られなかった。

一通り弾き終わった後、一歩踏み出せない自分の背中をそっと、いやほとんど蹴りを入れて押すように、店員さんが信じられない事を言い放ちやがった。

「今なら20%のポイント還元キャンペーン中なので、72000円分ポイントが付きますね。」

「へぇ〜、まじっすかぁ〜。」

と恵比寿顔で返事をしながら、頭の中で

「72000円あったらあれも買えるしこれも買えるし実質ギター代328000円ってことにもなるし、いや328000円は十分高いよ?高いけど思い切って買っちゃえそうな気がするしっていうかたまには自分へのご褒美ってことで良くね?っていうか72000円分のポイントやべー!72000円だよ?7200円じゃなくて72000円、わかる?ユノーゥ?まじこれ出会っちゃったぽくね?黒いギターってとこも最高だしタイミングバッチリっしょ。ばっちりっしょ!!BAD CHILI SHOT!」

とはしゃぎ倒していた。

しかし、結果的にJGM10を買うことにはならない。魅惑のポイント72000円分にもかかわらず、なぜ購入に至らなかったのか。

Part 3 Nick Drakeからの手紙編へ続く

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