音楽回帰

図書館が再開してしばらく経つのに、本だけしか借りに行っていなかった。音楽CDも貸しているのを忘れていた。それをまた録音するためにコンパクトなステレオを買ったのじゃなかったか。

 わたしはCDを買って揃えていたのだが、もうモノとしてコレクションするのはやめた。若いときはレコードをせっせと集めて千枚くらいあったろうか。それは古本屋をやるときに蔵書と一緒にすべて店に出して売った。以来、コレクターではなくなった。給与の半分もレコードに費やして、親に叱られたこともあった。生活費が足りなくなり妹に無心状を出したのがバレたのだ。レコードがCDになっても欲しいものは新譜でも買った。それも一時で、ダウンロードができる時代になる。最初はレコードで集め→CDになり→MDにダビングし→SDカードにいまは移している。カセットテープもすべてSDカードに入れなおした。MDも再生機械がなくなり、失敗した。それが最後のメディアではなかったのだ。SDカードも将来はどうなるか判らない。


 ステレオにはSDカードにCDから録音できるようになっているものを買った。さっそく聞きたいCDがあったので、図書館から借りてくる。一人2枚までとケチなのだが、東京都の図書館は一人3枚までなのだ。それでも稲毛図書館はCDコーナーの棚が二つよりないので、たいした在庫ではない。わたしが久しぶりに聞きたいと思ったのが、バッハの管弦楽組曲の2番ロ短調だ。それはクラシックを聴き始めた大学に入ったころに最初のあたりに買ったレコードにあった。それを聞けば、19歳のわたしの東京時代が思い起こされる。70年安保闘争で全学連が暴れていたときの神田の雰囲気や、バイトをしていたときの孤独な学生時分の寂しさが、曲にこめられている。半世紀もして、また昔の音楽を聴いてみたくなる。その曲もSDカードのどこかにきっと入っているだろう。なにせ3千枚のCDをSDカードに移したので、どこにあるか探せないのだ。それは失敗した。ジャンル別に仕分けして入れたらよかった。歌謡曲の次にクラシックで、それが終わればジャズだったりと、支離滅裂な保存をしてしまった。リストも書いておくのだった。いまとなっては、整理もできずに面倒なので、気分は壊れるが、森進一の襟裳岬の後にモーツアルトのピアノソナタが入っていても仕方がない。


 二十歳のときのわたしのノートに、そのときの自分のクラシックべスト10を書き出しているメモが挟んであった。それによれば、この管弦楽組曲2番が入っている。以下、こんな曲が続く。

 モーツアルト 交響曲40番

 モーツアルト ヴァイオリンソナタK304

 ベートーベン 交響曲6番田園

 ロドリーゴ  アランフェス協奏曲

 バッハ    無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ全曲

 ショパン   ピアノ協奏曲1番

 フランク   ヴァイオリンソナタ

 ショスタコーヴィッチ 交響曲5番革命

 メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲


 大学のときに同じマンションに住んでいる高校生が、親父の友人の娘で、わたしらはすぐに兄妹のように仲良くなる。彼女は芸大付属高校に入り、ヴァイオリンを弾いていた。その影響を受けていた。毎晩、窓を開けていた彼女の部屋から、課題曲のラロのスペイン交響曲の第三楽章のテーマが聴こえてくる。彼女といってもわたしより3つ年下だが、いまはどうされているのかとネットで調べたら、CDを出しているし、リサイタルも開いている。活躍されているようだ。もうずっと会っていない。ネットの写真では全然変わっていない。高校生のままというのも不思議だ。

 初恋の人が札幌にいたのだが、片思いで、淡い思い出で終わったが、その子が札幌の家におじゃましたとき、わたしは高校生であったが、ピアノを弾いてくれた。クラシックが好きですかと聞かれて、好きですと嘘を言った手前、それからラジオを聴いたり、レコードを親に買ってもらい、わたしのクラシックの入門は動機が不純であったが、それから半世紀ものめりこむことになる。


 コロナでテレビが面白くない。消していても、部屋は静かすぎる。それで、音楽を思い出した。図書館で借りてくるのは、青森にいたときからで、県立図書館と市立図書館はほぼ借りてしまった。いいものは録音しておいたのが、いまはSDカードに移されて残っている。上京してきてからも、6年前に小石川にいたときは、自転車で真砂図書館と水道端、千石、湯島と文京区の図書館を回って、本とCDを借りてパソコンに取り入れていた。それから同居人と千駄木で暮らしたときも、本郷図書館、本駒込図書館などに通って借りまくった。目黒区の柿の木坂で暮らしたときは、すぐ近くに図書館があって利用したし、千代田区も近くに四番町図書館があって借りてきていた。どこにいても、やることは同じ。ライフスタイルというのはあまり変わらない。

 また音楽に帰ってきたという感じで、楽しみがひとつ増えた。たいていの好きな曲は保存しているか、奏者が違えば別の曲にも聞こえる。わたしの音楽ライブラリーの収録に終わりはない。人生の最後はモーツアルトのレクイエムで締めたい。