夏バテには山ワサビ

食欲がないのは夏バテだろうか。背中がまた痛くなり、連動してみぞおちがしくしくする。半年前にもこんなことがあって、九段の病院の内科に診てもらうが、ソナーで調べてもなんともない。いままた同じようになるが、ストレスと夏バテなんだろう。食べたら胃がもたれるので、ますます食べられなくなる。これはちょうどいい機会なので、食べないで痩せるか。

 それでもますます体力もなくなるので、猛暑を乗り切るには、食べないといけない。どうも、膨満感があるのは、水分ばかり摂っているからだろう。若いときに十二指腸潰瘍をしたことがあるが、そのときと症状は似ていた。胃薬二種類を交互に飲んでいるが効かないので、漢方胃腸薬は前に飲んでよかったので、それを買ってきて飲んでいる。

 スーパーに寄って、弁当で何か食べたいものと、見て歩いても、手が出ない。美味しそうに見えないのは、すっかりと食欲減退で、いつもはすぐに手が出るカツ丼も天丼も寿司もいらない。お惣菜コーナーも見るだけ。大好きなコロッケもいらない。これは重症だ。だけど、スイーツだけは口に入ると、串団子を買ってきて食べたら、二時間もしないうちに、胃が病む。これは食べるなというサインなのだ。体重を減らせ、甘いものと揚げ物を摂るなという胃からのシグナルなのだ。

 かといって、二食抜いて、空腹にしても胃が泣いている。食べても痛い、食べなくても痛い。どうしろというのだ。と、胃を叱る。そういえば、ここ一週間は米の飯を炊いていない。たまに麺類とザル蕎麦やソーメンを作って食べたりはするが、それも義務的に食べている。

 スーパーで買うものがない。と、そのとき、いつもの野菜や果実が半額処分のラックを覗いた。山ワサビが三本で100円の値下げシールが貼られている。山ワサビだと? 本物かと、疑う。天然ものがスーパーで売られているはずがない。思い出したのが、札幌で暮らしていた30歳くらいのときに、隣の電気店の主人が、郊外の山歩きが好きで、春の山に入って、山ワサビを取ってきたと、くれたのだ。どうやって食べるのかと聞いたら、ただ、摺り下ろして、ご飯にのせて、生醤油をかけていただくと、何杯も食べられるほどうまいんだとか。半信半疑でその夜は丼にご飯を盛って、山ワサビをおろして醤油をかけて食べてみた。それが実に香りがよく、つんとした辛みと山の春の味わいがあってうまかった。本当にお替りして食べた。おかずは何もいらない。

 それを思い出して、さっそく買ってあの味をもう一度と試してみた。あのときの味がした。うまい。そう思うのもコロナで世の中がおかしくなって以来のことだ。どうも、コロナのせいで、嗜好が変わった。なんだかんだと食べたくない。シンプルなほうがいい。それもさっぱりと夏向きで。

 他に、前に何度も炊いたことがあり、相方もお気に入りの夏のご飯は、生姜ご飯なのだ。生姜を刻んで、だし汁で炊き込む。具があまり入っていないので、シンプルでさっぱりとした味がいい。お茶漬けもいいが、永谷園では、夏は冷たいお茶でと、コマーシャルしているほど、熱いものは食べたくない。暑いときには熱いものとは言うが、汗をふきふき地獄の辛さでいただくのもいいが、さっぱりとしたもののほうがわたしはいい。

 職場では、弁当を残したりする。半分捨てたりするのは勿体ない。それで変な食事をしている。ところてんと、卵豆腐だけとか、コーンの缶詰に塩をふって、スプンで食べたり、それで一食分など、偏った食事をしている。

 それではいけないと、今日の晩飯はニラレバを作って、牛肉の挽肉が冷凍してあるのと玉ねぎがあるので、鶏肉は嫌いなので、それでキーマカレーみたいなのを作って、冷凍しておくと、うどんやパスタにかけてもいいし、弁当のご飯の上にカレーそぼろとのせてもいい。いろいろと工夫して、この夏の病人に食べさせないといけない。

 水物だけで腹がいっぱいになるのは、豆乳と牛乳、野菜ジュースと麦茶、コーヒーを淹れて二杯、栄養ドリンクに乳酸菌飲料と、青汁やヤーコン茶など、2リットル以上、それに加えて、カルピスやヨーグルトにはちみつレモンも作って冷蔵庫で冷やしているのを一杯と、食事前にいくら水分を摂取しているか判らないが、それで腹がいっぱいなのだ。毎日が猛暑日で、それは仕方がない。夏を乗り切るために、みんなどんな食事をしているのだろう。

 施設のおふくろに電話をしたら、やはり食べられないもの、食べたくないものがメニューにあがり、それでも生きるために無理やり食べるようにしているのだとか。食べるということは生きることだ。我儘は許されない。年寄りの一人暮らしはこんなものなのか。一人になって初めての夏が過ぎてゆく。