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Voices from Takram

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Takramメンバーのnoteへの投稿をマガジンとして集めました。
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#コンテクストデザイン

読書リスト3『雪を作る話』と、天ぷらの語源。

2017年初夏のころロンドンにいた。日曜日だったけど仕事が残っていた。午後三時まえ、中庭が見えるバーカウンターに席を取った。曇ったり日が差したりする、空の深呼吸を眺める。晴れ間はまさに呼気という感じで、徐々に強まる光を受けるたび、水面や菖蒲、苔が生き生きする。 photo by Kotaro Watanabe 何冊かのうちのひとつに、中谷宇吉郎の随筆を携えてきた。雪の結晶の研究で知られる中谷はあるとき、天保時代に書かれた『雪華図説』を探していたそうだ。『雪華図説』には

強い文脈、弱い文脈

ハムレットに登場する有名な台詞 "To be or not to be, that is the question.” は時代によって色々の訳され方をしている。 「世に在る、在らぬ、それが疑問じゃ」としたのは坪内逍遥、1909年。 「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」は小田島雄志の訳で、1972年。 「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」これは2003年の河合祥一郎訳。 このようなことはよく起こる。ある作品を研究する人のあいだでも、主流とされる解

読書リスト 2『宇宙と踊る』の料理と語源、科学と恋愛。

#読書バトン のテーマに合わせて先に「『波打ち際』の読書リスト ― 年末に読むおすすめ」で10冊を簡単に紹介したけれど、それぞれの本にまだ尾ひれがつきそうなので、続けていく。 冒頭に「物理学と文学の波打ち際」として紹介したのはアラン・ライトマン 『宇宙と踊る』だった。 先の記事で紹介した、空っぽのオーディトリウムのステージで練習するバレリーナの動きを物理学的に観察し、その跳躍が地球の軌道にどのような影響を与えるかを書いた冒頭の短編。 計算結果や内容はぜひ本をお読みいただく

「波打ち際」の読書リスト ― 年末に読むおすすめ

深津貴之(fladdict)さんから突然渡された #読書バトン 。僕も書きます。Takramという会社で仕事をしていることもあり、本能的に「分類できないもの」に惹きつけられます。 Takramはもともとデザインとエンジニアリングのあいだで揺れる振り子のような存在として始まりました。創業期に参加した当時の僕は、デザインとエンジニアリングそのものに強い関心があったというよりも「二つの価値観のあいだを揺れる」ことに広く関心がありました。 だから乾燥と湿潤が寄せては返す波打ち際の

文字、文字の影

銀河鉄道の夜宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』。星祭の夜にジョバンニとカムパネルラが鉄道に乗り、いろいろの場所で空の星々を眺める。作中には、たくさんの地名、星座の名前が登場する。星々の南中時刻を組み合わせて分析すると、描かれているのはちょうど「8月13日」の夜であるとわかるそうだ。しかも8月13日の夜といえば、ペルセウス座大流星群。星降る夜、まさに星祭。 この童話の中には多くの星や星座が登場するが、しかし「ペルセウス座」という言葉だけは、最後まで決して出てこない。宮沢賢治は、最

語ること、語り直すこと

うわさアメリカのイラストレーター、ノーマン・ロックウェルの絵に「うわさ」というものがある。 絵はマンガのように左上から始まり右下へ。黒革の手袋の女性が、どこかで聞いた話を別の女性に伝えている。するとその女性もまた次の人へうわさをリレーする。途中で電話を介している(実際に対面していないのに目線があっているようで愉快)。途中で会話を盗み聞きしている人。そこからどうやら非常に声の大きい人の耳に入ると、話が誇張されている雰囲気もある。最下段の中央、指を差されて笑われているのは、きっ