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愛にすべてを

  愛はヌンチャク ヌンチャクの詰め合わせ
  奥歯に挟まった黒豆
  黒豆の愛 愛の黒豆
  愛は鶏姦 鶏姦と景観のはざま
  溺れる河童の皿
  皿と愛 愛の皿
  愛はマレーシア マレーシア

 とここまで入力して、マレーシア、マレーシア、うーん、後が続かなくなって、たたたたた、Delete釦をtypeして、マレーシア、の五文字を一先ず消去した。それから、とっとっとっとっと、湯呑茶碗にそふと新光を注いで、私は私の脳内を支配するゴンザレスに伺いを立てた。
「あのー、ゴンザレスさん」
「しーん」
「あのー、すいません」
「しーん」
「しーん、て、聞こえてるじゃないですか」
「たはっ、ばれましたか。で? なんだよマザファッカーちゃん? 俺いますっげえ忙しいんだけど」
「お忙しいところすいません。これ見てもらえますか? ここ、ここの部分」
「ああ、君が二時間前から熱心にぽちぽちやってるやつか」
「はい。ここの部分なんですけど、マレーシアから後がもう、全っ然続かなくなっちゃって、そこでゴンザレスさんの御智慧を賜ったりなんかしちゃったりなんかできないかなーと思いまして。有村知恵は日本の女子プロゴルファーです」
「はああああ? Really? そんなことでこの偉い俺様を呼んだのかよ? マジかよ。知らねえよ。じゃあな」
「ああっ、待って」
 つーつーつーつーつー。其れ切りゴンザレスとの通信は途絶えてしまった。
 私は机の上のiホーンを手に取り、電源を入れて六桁のパスコードを入力、現れたる下にFaceTimeと表示された四角い箱をTapすると発信履歴の画面に切り替わり、私はその中から、十四朗君、と記載された欄をTap、FaceTimeオーディオ、音声通話を開始した。
「うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、うううううううう、なんすか?」
「なんすか? とはご挨拶だね、十四朗君」
「すいません、俺いますっげえ忙しいんすよ」
「君もか。だうして私の周りはこうも忙しい人間ばかりなのだろう」
「知りませんよ。切りますよ」
「うぇいうぇいうぇいうぇいうぇい、待ち給え。いいのかい? ほんたうにこのまま通話を切ってしまって?」
「どういう意味です?」
「こちらはあのことを世間に公表」
「どこ行けばいいです?」
「三十分後に珍香園でお願いします」

 卓子を挟んで対面に座った十四朗君は、明らかに苛立っていた。
 まるで苛立ちが服を着て溜池山王でティッシュ配りをしているようであった。
「ままま、十四朗君、一献」
「へい」
「顔色が悪いね。そんなに忙しいのかい?」
「へい。現在僕は三万件の仕事のメールを抱えています。そしてそれはいまこの瞬間も増え続けています。で、今日は何の用です?」
「おお、そうじゃった、そうじゃった。これを見てもらえないかい?」
 そう言って私は例の詩をA4用紙にプリントアウトしたものを十四朗君に、す、と差し出した。
「ええと、何何、愛はヌンチャク、ヌンチャクの詰め合わせ、奥歯に挟まった黒豆、黒豆の愛、愛の黒豆、愛は鶏姦、鶏姦と景観のはざま、溺れる河童の皿、皿と愛、愛の皿、愛はマレーシア、ううっ」
「どうしました?」
「余りにもこの詩が素晴らし過ぎて、腸がはみ出てしまいました」
「しまってしまって」
「うんしょ、うんしょ、しまいました。すいません、その辺穢しちゃって」
「いいんだいいんだ。十四朗君ならきっとこの詩の素晴らしさを理解してくれると思っていたよ」
「けどけど、この詩って未完じゃないですかあ? ほら、ここ、愛はマレーシア、の部分」
「ザッツライ、マスカラスネイク。その通りだ。ままま、やってやって」
「くっくっくっくっ、かー」
「その意気だ。大分人間らしい顔色になったじゃないか」
「そうれすか?」
「ああ。みなしごハッチも驚きだ。用というのはそのことだよ、十四朗君。君なら、愛はマレーシア、の後、どう続ける?」
「僕ですか? えええええええ」
「どうか、忌憚のない意見を聞かせてくれないかい」
「うーん。愛はヌンチャク、ヌンチャクの詰め合わせ、奥歯に挟まった黒豆、黒豆の愛、愛の黒豆、愛は鶏姦、鶏姦と景観のはざま、溺れる河童の皿、皿と愛、愛の皿、までの流れが完璧だからなあ。そこへ、愛はマレーシア、でしょう? うーん。すいません、ちょっと五分、時間貰ってもいいですか?」
「構いませんよ」
「あざあす。うーん、愛はマレーシア、愛はマレーシア。愛はヌンチャク、ヌンチャクの詰め合わせ。愛は鶏姦、鶏姦と景観のはざま。この方法論に則ると、後に続くのは、マレーシア、から始まるword、またはsentenceが相応しい。それを踏まえて、マレーシア、マレーシア、マレーシア、マレーシア、マレーシアハネムーン、というのはどうでしょう?」
「ううっ」
「どうしました?」
「十四朗君のideaが余りにも素晴らし過ぎて、胴から下がフラミンゴになってしまいました」
「戻して戻して」
「やあ、面白いから暫くこのままで行きましょう。さあ、素晴らしいideaも出たことだし、おおい、女将、なあに、そんなに驚くことはない、一時的に胴から下がフラミンゴになっているだけだ、白酒をあるたけ持ってきてくれ。それと済まないが適当に料理を見繕ってくれないかい。うん、よろしく頼む」
「あのー、僕、仕事に戻ってもいいですか?」

 がくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがくがく。
 宿酔いで重い頭を引き摺ってPCのディスプレイを覗きごんだ私は、思わず思いっ切りヘドバンキングをしたい気持ちになった。
 で、実際にやった。
 頭蓋骨が二つに割れて、辺りに脳が飛び散った。
 よろよろと、飛び散った脳を掬い上げては頭蓋骨の中に戻しながら私は、なんでやー、と激しく慟哭していた。
 なんでやー、昨晩まではあんなにも素晴らしいと思っていたあの愛の詩が、こうして改めて読み返してみると、新橋の酔っ払ったサラリーマンがノリで作った川柳、みたいな、はっきり言って、駄作、としか思えない自分がいるのはなんでやー。
 慌てて私はEnterキーを乱打、新しい頁に思いつくままキーボードを叩いた。

  牛の尻より生まれたる
  怪力無双の快男児
  山駆け 海駆け 空を駆け
  辿り着けるはバーミヤン

「バーミヤンてなんじゃい」
 絶叫してノートPCを壁に投げつけ破壊、亀のように凝縮して私は、ううううううううう、ううううううううう、地獄の呻き声を上げた。
 そこへ、
「行き詰ってるようだな」
 なんということでしょう。私の脳内を支配するゴンザレスの方からコンタクトを取ってきたではありませんか。
 私はゴンザレスに縋った。
「ああ、ゴンザレスさん、すいません、脳、こんなんしちゃって」
「あっはっは、大事ない大事ない。抑々お前は俺がお前の脳内を支配してると考えてるようだが、それ、間違い」
「え? そうなんですか?」
「ああ。まあ簡単に言うと、俺はお前の鼻毛だったり、お前のアキレス腱だったりするわけだ。いい、いい、考えなくて、無駄だから。そんな顔するな。時に、大分参ってるようだな」
「ええ、もう書く詩書く詩、駄作ばかりで、死にたいっす」
「死ぬな死ぬな。ほら、ハシッシ遣るから吸って吸って。どうだ? まだ死にたいか?」
「死にたくないです」
「よし。んじゃ書け。書くんだよ、お前の愛の詩を」
「けどノートPCを破壊してしまって」
「そことそこに紙とpencilがあるじゃないですか。俺達にはそれで十分だ。そうだろ? ブラザー?」
「ブラザーじゃないんですけどね。取り敢えずハシッシをダースで頂けますか?」

 次に目を覚ました時には辺りは真っ暗だった。
 うーん。私は手探りでリモートコントローラーの釦を押し、部屋の灯りを点けた。
 灯りを点けて、私は、ぎょっ、とした。
 部屋中一帯、足の踏み場の無い程、紙が散乱していたからである。
 はっ、と壁を見やると、壁面も鋲で貼り付けた紙で埋め尽されていた。
 私はよろよろと起き上がり、眼鏡を掛けて恐る恐る机に向かった。
 机の上には一枚の紙が奇麗に置かれてあった。
 紙には私の筆跡で、こんな詩が書かれていた。

  湾だ振る アソレ、湾だ振る
  早撃ちジョニーの暴れ恋
  抜きに涙の雨垂れば
  集団就職お断り
  湾だ振る アソレ、椀だ降る
  血の池地獄に肩まで浸かり
  飲み干す盃 養命酒
  筍 筍 あっぱっぱ
  湾だ振る アソレ、盌だ古
  おい烏
  手前を一緒に連れて行ってはくれまいか
  背中に彫った トイプードル
  湾だ振る アソレ、綰だfull
  仏に捧げるラブソング
  拳突き上げ 乳放り出して
  oi oi oi oi oi oi oi

 詩はここで終わっていた。
 読み終わって私はぶるぶる震えた。絶望で。
 余りだ。ハシッシまでキメて、私は私の文筆家人生の総てを懸けて取り組んだ事業の結果が、こんなふざけた一篇だなんて。なにが、湾だ振る、だ。乳放り出して踊ってやろうか。
 毒づいて、ハシッシを吸引しては気分を落ち着ける、を数周繰り返した後、私はほんと、突っ掛け履いてちょっと其処までポケットウイスキーの壜でも購いに行くか、みたいな乗りで、筆を折ろう、と決心した。
 さあ、決心したからにはこれを他に宣言しなければならない。たれに宣言しようか。と考えたときに真っ先に思い浮かんだのは、芳伸君であった。
芳伸君は文筆家仲間のなかでも一目置いている存在で、芳伸君ならこの一篇を一目見ただけで屹度総てを察してくれるだろう。そして私の長かった文筆家生活の幕引きに、労いの言葉の一つや二つも掛けてくれるだろう。
 そう思い到った私は、あれ? iホーン、iホーン、と探して、どうしてそんなことになっているのか、神棚に飾ってあったiホーンに手を伸ばした。

「これはほんたうに君が書いたのか?」
 ほらね。思った通りだ。小料理屋のカウンター席。並んで座った芳伸君は例の詩を神妙な面持ちでじっくりと、ときに少し離して眺めるなど繰り返した後に、私の方に向き直ってそう言った。
「ああ、ほんたうだ。僕が書いた」
 一切が滅びました。さあ、芳伸君、気の済むまで罵倒してくれ。詰ってくれ。そして、抱き締めてくれ。なんなら芳伸君にそんな性癖があるか知らんが、今夜辺り菊門を開発してやろうか。そのようなことを刹那的に思考していた私に返ってきた芳伸君の反応、reactionは、全くもって予想外のものであった。
 先ず芳伸君は私の右手を両の手でしっかと握った。そして、くりくりの瞳で私を見つめて言った。
「おめでとう」
「へ?」
 呆然とする間も私に与えずに、芳伸君は続けた。
「これは発明だよ。新しい文学の誕生だ」
 はああああ? 発明? 新しい文学の誕生? 内面世界で激しく混乱する私にお構うことなしに芳伸君は興奮した口振りで、「いやあ、君はやる男だと思っていたよ」「友人として誇りに思う」「君と同じ時代に生れたことに感謝」なんて言ってる。
 マジ? と思った。何がどうなってこんなことになってしまっているのか薩張分からないが、どうやらハシッシをキメて忘我の状態で書いた詩、と言えば聞えは良いが、まあはっきり言って、追い詰まってガンギマリの状態で書いた詩、が絶賛を受けたようなのである。
 私は芳伸君に悟られないように注意深く芳伸君を観察した。
 冗談を言っているようには見えなかった。となると、しばらく会わない間に芳伸君の頭がござってしまったのか? それにしては言動に可笑しなところは見られないし、そうするともしかして私の方がござってる?
「この詩はこれで完結しているのかい? それとも続きがあるのかい?」
 どきっ。人の気も知らないで、まるで神聖の存在を見るかのように私を見て、質問を投げかけてくる芳伸君。
「ふっふっふ、芳伸君、君に見せたのはプロットのほんの一部分だ。僕はこの詩を、神に捧げる一大讃歌にするつもりなのだよ」
 咄嗟に答えて、しまったー、と思った。なんばしよっちょると俺、とも。
 それでも進んでゆく、人生は。人生と謂う奴は。
「そうか、そうか。ぢゃあ完成した暁には真っ先に僕に見せてくれ。さあ、新しい文学の誕生を祝して、大いにやろうじゃないか。女将、この店で一番高い酒を持ってきてくれ給え」

「テメエ、何やってんだよ」
 芳伸君と別れて大酔して自宅に戻ってきた私は、紙に埋もれた自室で延々とゴンザレスの説教を受けていた。
「返す言葉もありましぇん。ははは」
「力無く笑ってんじゃねえよ。で? どうすんだよこれから?」
「ど、ど、どうしまひょう?」
「酔っ払っていいご身分だな。なあ、おい」
 そう言ってゴンザレスは執拗に肩パンを喰らわせてくる。
「痛い、痛い痛い痛い痛い」
「痛がることだけは一丁前だな。いいか? 俺はお前の意見を聞いてんだよ」
「そうですねー。やっぱここはこの詩を完成させてー、新しい文学の誕生をー」
「無理無理」
「そ、そんなの、やってみないと、分からないじゃないですかあ?」
「やってみなくても分かるっつの。お前、本気でこの詩が新しい文学とか思っちゃってる? なんなら読み上げようか? ええと、湾だ振る」
「止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて」
「ほらな。この詩と向き合うことすら出来ねえじゃん。それでどうやって続き書くの? 教えてくれよ? なあ?」
「ううううううううう、ううううううううう」
「泣くなっ、鬱陶しい。ほら、こうしてやるから、泣くの止めろ」
「うわっ、止め、止めてっ、何するんすか」
「涙が零れないように、目に超強力瞬間接着剤を付けてやったんだよ」
「はああああ? マジすか? うわっ、ほんとだ、瞼が開かない。それに涙が溜まって目がパンパンに膨れ上がってくる。気色悪っ。糞っ、どうやって取るんだよ、これ」
「うるせえな。口も塞いでやろうか」
「黙ります。黙りますから取って」
「嫌だね。いまのお前は目が見えないぐらいが丁度いいんだよ。お前は物事を表面的にしか見ようとしないからな。で? 目が見えなくなってお前はいま何を感じてる?」
「辛いでふ」
「辛いか? ほんで?」
「怖いっす。目が見えないことがこんなにも怖いことだったとは、考えたこともなかったっす」
「それだけか?」
「ええと、ええと、、あ、あと、視覚を失った代わりに、嗅覚とかそういうのが研ぎ澄まされた感じがあるような気がします」
「はっ。通り一遍のおべんちゃらだな。鼻にも超強力瞬間接着剤を詰めてやるよ」
「はんっ。はー、はー、はー、はー、はー、はー、苦ひい」
「苦しいよな。俺だってお前にこんなことしたくないんだよ。けど、お前のことを想って心を鬼にしてやってるんだわ。分かるな?」
「分かりまふ、分かりまふ」
「分かってもらえて嬉しいよ。んじゃ次は陰茎を切断して額に移植してみょう」

「吩っ」
 半分意識の残っている状態でどれ位の間そうしていただろう、ソファベッドに横たわっていた私は、このままではいけないと思い、裂帛の気合いでブランケットから抜け出した。
 目は見えず、口呼吸であった。
 額に手をやると、海鼠のようなものが充填されていて、すこすこすこすこすこすこすこすこ、摩ると固くなり棒状になった。
 幸い口は塞がれていなかったので、試みに次のような詩を発してみた。

  ポン引きが警官に連行されてゆく
  ポン引きと目が合う
  救いを求める目
  やめろ
  そんな目で俺を見るな
  急激に吐き気を催した私は直ぐにその場を立ち去ろうとするが
  縮緬状のにゅうめんに手足を縛られ些とも動くことが出来ず
  ただ
  白濁した空に
  サイレンの音、響き渡って

 悪くはなかった。悪くはないが、良くもなかった。まあはっきり言って凡百な詩。少々ござっているところが見られることを考慮すると、凡百よりもやや下? それってつまり駄作やんけ。
 なんて自嘲的な突き込みを入れながら、私は、ここだ、と思った。
 ここが正念場だ。この難局を乗り切れば、私は必ずや光に至ることが出来る。
 そう発破をかけた私は暫く思案して、鼻声で、「hey.尻」と発語してみた。
 すると近くで、ぴぴっ、ぱぱっ、iホーンが鳴って、
「はい。お呼びですか?」
 iホーンが喋った。
 ふっふっふ、驚く勿れ。尻、とは、iホーンに搭載されたAI、即ち人工知能なのである。
 私は尻の声を頼りに手探りでiホーンを探し当てた。そして今度は尻に次のように命じた。
「hey.尻、十四朗君に電話をかけて」

「帰ります」
 尻に電話をかけてもらって、一進一退の攻防の末やっとこさ部屋に呼び入れるなり、十四朗君はマジで帰ろうとした。
「待て待て待て待て待て待て待て待て。待て、十四朗君。だうして帰ろうとする?」
「だって電話口で、助けてくれ、不具者になってしまった、つうから大事な打ち合わせ抜け出して急いで来てみたら、完全にふざけてるじゃないですか? なんすか、その額の陰茎は?」
「ふざけていない。私は真面目だ。マジだ。先ずは十四朗君、額の陰茎を触ってみてくれないかい?」
「嫌ですよ。つかさっきからなんで目瞑ってるんですか」
「それも後で説明するから。お願いだ、この通り」
「陰茎垂らしてお願いされても。分かりましたよ、触ればいいんでしょ。気色悪いなあもう、あー、あー、良く出来てる、はい、触りました」
「有難う。その上でこれを見てくれ給え」
 そう言って私は履いていた猿股を勢いよく下ろして下半身を全露出させた。
「え? え? 陰茎が無い。何?」
「見ての通りさ」
「え? え? じゃあもしかしてその額の陰茎って」
「ああ、モノホンだ」
「帰ります」
「待て待て待て待て待て待て待て待て。待て、十四朗君。今度はだうした?」
「だうしたもこうしたもありませんわいな。あのねえ、自分の陰茎を切断してそれを額に引っ付けるなんて、正気の人間のやることじゃないですよ。僕はそんな人間と関わりたくない」
「違う、違うんだ十四朗君。後生の頼みだ、この目を塞いでいる超強力瞬間接着剤だけでも取ってくれないかい?」
「え? ふざけて目瞑ってたんじゃないんですか? 一寸失礼します。うわっ、ほんとだ、ばきばきに固まってる。ええと、この場合どうしたらいいんだろう、ネットでググってみますね。接着剤、剥がし方、と、あった、ふむふむ、なーる、大体分かりました、いいですか? 一気に行きますよ、せいっ」
「あひゃん。ああ、目がめえる。ああ、十四朗君だ。十四朗君ー」
「うわっ、下半身丸出しで抱き付いて来ないで下さいよ。猿股履いて、履いて」
「おおっと、こりゃ失敬。ああ、ようやく人間らしい心地がする。有難う、十四朗君。恩に着るよ」
「普通の人間は額から陰茎垂らしてないですけどね」
「そりゃそうか。あっはっは。時に十四朗君、序でに鼻に詰まった超強力瞬間接着剤もなんとかしてくれ」

「とにかく僕は紹介しましたからね。後は自分でなんとかして下さいっ」
 私のように訳ありの患者を診てくれる非合法の医者を何人か紹介してくれて、鼻に詰まった超強力瞬間接着剤まで取ってくれた十四朗君は、逃げるように部屋から去って行った。
 ぽつねん。
 そんな音が家中に静かに鳴り響いた。
 私は、やった、と鼻呼吸で小さくガッツポーズした。
 やった。私はこの難局を乗り切った。ということは、いま私は光に至った状態ということになる。
 そう思った私は、床に散乱する紙の中から何も書かれていない一枚を手に取って、思いつくままに言葉を乗せた。
 トップレス最高。とだけ書いて、後は何も思い付かなかった。
 矢っ張りかー、と額に手をやった。矢っ張りこの額の陰茎を何とかしないと光に至ったことにはならないのか。
 私は十四朗君から書き写した医者のメモを見た。
 なんだか頭がぼんやりとして、文字が判然としなかった。
 その中からやっとこさ、朴木原ポーロ、という文字と連絡先と思われる数字の羅列を捉まえた私は、覚束無い手付きでiホーンを弄った。
「あ、もしもし、朴木原ポーロさんですか?」

「いやあ、ようこそお運び下さいました。さ、どうぞ、中に」
「は、はい、失礼します」
 広大過ぎるエントランスを通されて、穏やかな波動を放つ朴木原ポーロの後に付いて建物の中に入っていった私の脳内はフル回転していた。
 何故なら目の前の朴木原ポーロの上半身は人間の身体、そして下半身は牛の半人半牛だったからである。
 私は紅褐色の毛色を見詰め乍ら、なんぼのもんじゃい、と気合いを入れた。
 今時半人半牛なんて珍しくない、というかむしろ最先端? それに私のようなケースは、人間の医者よりも返って彼のような人物の方が適任なんぢゃないか。なあ、そうだろ、ゴンザレスさん?
「十四朗君の紹介と聞きましたが、彼は元気でやってますか?」
 どきっ。なんば怯えてると俺、確りせんかれ。私は平静を装って回答した。果たして平静を装えているのか分からぬまま。
「ええ、少々元気過ぎるきらいがありますね。この間も真夜中の国道を自転車で二時間爆走したそうです」
「あっはっは、彼らしい。いやあ、そうですか、元気でやってますか。それで、今日は額の陰茎の切除でよろしかったですか?」
「あ、はい、よろしかったです。よろしかったんですが、本当にそんなことが可能なんでしょうか?」
「簡単です。十分もかかりません」
「マジすか?」
「マジです。なんなら睾丸も移植しましょうか?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、結構です。普通に陰茎の切除でお願いします」
「分かりました。切除した陰茎はどうしましょう? 元あった箇所に移植し直すことも出来ますが?」
「えええ? マジすか? そんなことも出来るんすか?」
「出来ますよ。どうなさいます?」
「じゃあそれでお願いします。うわー、やったー」
「それでは額の陰茎の切除と、陰茎の移植で、たたたたっ、代銀はこちらになります」
 軽やかに電卓を叩いて朴木原ポーロは手術費用を私に提示した。電卓の表示を見て私は思わず、「へ?」という素っ頓狂な声を上げた。
「朴木原さん、ひつれいですが、桁を二つ三つ間違えてやしませんか?」
「桁? 間違えていませんよ」
「マジすか? マジで八千円なんすか?」
「マジですよ」
「安っ。僕はてっきりもっと法外な金額を要求されるかと思って」
「あっはっは、映画の観過ぎですよ。現実は大体こんなものです。まあ中には貴方が仰るような輩もいないでもないですが。稀なことです」
「はあ、そんなものですか」
「はい。それではこの台の上に横になって下さい。エドモンドちゃん、麻酔」
 朴木原ポーロがそう言うと、前髪ぱっつんの金髪のロングヘアー、毛先をショッキングピンクに染めていて、海豹のような体型に白のタンクトップ、デニムのホットパンツ姿の五十代前半と思われる女性が大儀そうにやってきて、横になった私の頭頂部の側に立って台の上に横になった私に呼吸器を取り付けた。
「では麻酔かけていきますね。ひとーつ、ふたーつ、みーつ、よーつ、いつーつ、むーつ」

       愛はヌンチャク ヌンチャクの詰め合わせ
  奥歯に挟まった黒豆
  黒豆の愛 愛の黒豆
  愛は鶏姦 鶏姦と景観のはざま
  溺れる河童の皿
  皿と愛 愛の皿
  愛はマレーシア

 ぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽち。私はA4用紙にプリントアウトした愛の詩を見ながら、新しく新調したノートPCに入力し直していた。
 ちゅんちゅら。外では名も知らぬ小鳥が小気味良さそうに囀っている。そこへ、
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、まーだそんなことやってんのかよ」
 乳輪からゴンザレスが圧迫面接のようなことを仕掛けてくる。
 私は焼き芋のような気持ちで乳輪のゴンザレスに接した。
「やあ、ゴンザレス。君も相変わらずだな」
「はあ? 急にタメ口かよ。しかもなんか俺を諭そうとしようとしてる口振りがむかつく」
「あっはっは、まあそう言うな」
「まあそう言うな、じゃねえよ。手前、誰に口利いてんのか分かってんのかよ?」
「どうどうどうどう、どうどうどうどうどうどうどうどうどう。落ち着け、ゴンザレス」
「俺は落ち着いてるつの。落ち着くのは手前だよ」
「ノーノーノー。僕は落ち着いてる。落ち着いてるどころか、インスピレーションに溢れているんだ。いまの僕ならこの愛の詩を完成させられると思う僕がいる」
「はいはい。一生やってろ。さいなら」
 そう言い残してゴンザレスは尻を振りながら丑の方角へ去っていった。
 人生は麻婆豆腐のようなものだ。
フライパンに水百八十竓と麻婆豆腐の素一袋を入れて、中火で煮立たせる。豆腐は賽の目に切って、トロミ粉は大匙二の水で溶いておく。
そのようなことに思いを馳せながら、私は新風に吹かれてキーボードの釦をtypeした。Typeしたのであった。

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