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橋本治と巨人の星

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あんまり関係あるとも思えない橋本治と巨人の星の関係について
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記事一覧

打倒消える魔球・星一徹の「失敗」

 巨人の星という作品において、とくに後半の部分では3つの大リーグボールと呼ばれる変化球を…

秋瀬広人
1年前

橋本治と巨人の星 その1

橋本治と巨人の星にいったいどのような関係があるかと問われれば、さしたる関係はなかった、の…

秋瀬広人
2年前
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橋本治と巨人の星2

”花咲く乙女たちのキンピラゴボウ”という著作は橋本治の処女評論集であり、一般には現代マン…

秋瀬広人
2年前
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橋本治と巨人の星3

”よくない文章ドク本”という著作は、たしか1982年ごろに発売されたエッセイ集である。数年後…

秋瀬広人
2年前
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橋本治と巨人の星4

橋本治の著作ばかりを追いかけていたとはいえ、さすがにすべての文章を把握しているわけではな…

秋瀬広人
2年前
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橋本治と巨人の星5

いきなりだが仲代達矢の話である。橋本治が岩波書店からでていたなんとかいう雑誌に連載してい…

秋瀬広人
2年前
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橋本治と巨人の星・最終回

かつて広告批評という雑誌があった。その名のとおりさまざまなメディアにあらわれるさまざまな形の広告について紹介したり批評したり、という形をとりながら、毎月の特集は文化・社会・政治などなど極めて刺激的なトピックをあつかう、充実した雑誌であった。そしてこの雑誌の巻頭で毎回社会時評・文化時評を数ページにわたって書き続けていたのが、ほかならぬ橋本治であった。広告批評の顔といっても過言ではなかった。 橋本が死去した際、この雑誌の中心人物であった天野氏・島森氏などがすでに鬼籍に入っていたた