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過ちを犯した所沢のフルスインガー

「間に合わないっすよ!」

階段から降りてきた低身長だがガッチリ体型の男が言った。その男は黒いスーツケースを携え、ワイシャツのボタンを二つほど開けてネクタイはしていなかった。
それからもう1人、同じような格好をした男が駆け足で階段から降りてきた。こっちの男は大柄な体型で身長もいくぶん大きく見える。
彼は急ぎながらも私の前で急ブレーキをかけ額に汗を忍ばせつつも満面の笑みで手短にサインを書いてくれた。
その後、低身長の男もノートの次のページにサインしてくれた。

今思えば、こんな急ぎの時(遠征のため羽田空港に向かっていたらしい)にサインなんかしてもらって申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだが、私にとってはすごく思い出に残っていて、彼らをより応援したい気持ちになった特別な瞬間だった。(おっさんの「あの選手はこの前サインしてくれたから応援してるわ」と同じ理論ではあるが…笑)

私は当時小学6年生であった。卒業間近の3月だったので学校が早く終わることもあり、私は友達を誘い、西武ドーム横の西武第二球場に通っていた。それもかなりの頻度で。
当時は、旧若獅子寮は健在で、2軍の本拠地球場である西武第二球場もカーミニークになる前である。西武第二球場の階段下にある駐車場はまだ一軍に定着できていないいわば2軍レベルの選手たちが車を止めるスペースになっていて、ファンはそこで若獅子たちを出待ちしていた。

この日もいつものように出待ちをしていると先述の出来事が起きた。
この日はあまり選手の出入りは多くなかった。オープン戦もないし一軍開幕より一足先に始まる2軍戦も組まれていなかったから当然のことではある。
しかし、2人の大物有望株を間近に見れたのである。何がそんなに珍しいのかと言えば、練習をしにきた半一軍の選手ではなく寮に住んでいる若手有望株が階段を降りてきたということ。
2人のサインを眺めながら大興奮で電車に乗り、帰宅したことを覚えている。

あれから月日が経ち、2人はプロ野球ファンなら誰もが知る大打者に成長した。
1人は3番でキャッチャーを、もう1人は4番を務め、2人ともMVPを獲得している。
思い返せばここ数年、埼玉西武ライオンズの命運はこの2人に懸かっていた。
山賊打線と呼ばれたあの年も立て続けに選手が流出したその後の年もこの2人が打てば勝てたし打てなければチームは負けた。2010年代後期から2020年代初頭にかけて埼玉西武ライオンズはこの2人のチームだった。そういうレベルの選手だからこそ、私は打てなかったとき、活躍できなかった年に批判を目の当たりにすると無性に庇いたくなった。
今思えば、「あの2人が打てなかったから負けたんだ」「あの2人の調子が悪かったからこの順位なんだ」という意見は全く間違っていなかったと思う。でもそれすらも許せた。チームの命運を背負っている選手だと思っていたから「あいつらがダメで負けたなら仕方ないや」と思えた。本気でそう思っていた。

そんな2人がいなくなった。
FAの話題が顔を見せるたび、怒りや悲しみよりも寂しさが出てくる。今までの私なら戦力的な面で物事を考えていたと思うがこの2人だけはそうも行かなかった。
ベースに躓いてケガをしたり、キャッチャーミットを投げて骨折したり、女性問題で世間を騒がせたり、悪いことも含めて色んなことがあった。特に4番バッターのほうはファンにとっては最悪な去り方だと思う。色々な意見が飛び交う中でそれでも私が思うのはあなたが西武ライオンズで成し遂げたことが変化することはないということ。ホームランを打ってファンを喜ばせたこと、悪事をしてファンをガッカリさせたこと、過去の栄光も悪事も全て事実で、それが埼玉西武ライオンズであり、あなたであるということ。成し遂げた事実は今後も変わらない。変えようとするのではなく、良いことも悪いこともあったというその事実を受け入れて今後も輝き続けてほしい。
9個積み上げた栄光が1つの過ちでひっくり返ってしまうのなら、その逆だってあるはずなのだから。

あのとき、大きなスーツケースをガラガラと引き、ワチャワチャしながら駆け足で駅へと向かう2人の背中はとても大きく映り、今もなお1人の野球ファンの脳裏に強く刻まれている。

いつかまた所沢でライオンズのユニフォーム姿で会えるといいな。

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