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非公表裁決/資産管理会社の株式を「S1+S2」方式により評価することが著しく不適当と認められるか?

上場企業の創業家の資産管理会社の株式について、評価基本通達189‐3但書において選択が認められている「S1+S2」方式ではなく、純資産価額方式により評価すべきであるかが争われた事案の裁決です。

上場企業の創業家の資産管理会社の株式の評価といえば、以下のように、旧トステムの創業家、HOYAの創業家、キーエンスの創業家の資産保有会社の株式について、いずれも評価通達による評価が認められずに課税されたという報道もありましたが、この裁決の事案は、それらとは別の事案のようです。

上の3つの事案が「氷山の一角」という訳でもないのでしょうが、リークされていないだけで、他にも類似の事案が少なからずあるのかもしれませんね。

この裁決の事案の概要は、以下のとおりです(⑧の当初申告をしてから、⑪の更正処分等がなされるまでに手続的に色々とあったようですが、取り上げた争点とはあまり関係がないので省略しています。)。

①A社(本件法人)は、本件被相続人ほか6名が設立した株式会社であり、平成25年3月31日時点において、請求人■■と合わせて上場会社であるB社(本件上場会社)の発行済株式の過半数を保有していた。
②本件被相続人は、平成25年4月~5月に所有していた上場株式を売却した。
③本件法人は、平成25年8月9日、本件被相続人を割当先として、普通株式■■株を1株あたり3,967円(純資産価額法により算定した価額)で発行した。
④本件法人は、上記の株式の発行により調達した資金の運用として、低解約返戻金型の逓増定期保険契約(2億7569万3700円)の締結、上場株式約3000万の取得、証券投資信託及び外国債約23億円の取得等をした。
⑤本件被相続人は、平成■年■月■日(平成25年8月10日~平成26年3月30日の間の日)に死亡した。
⑥請求人らは、本件被相続人から相続又は遺贈により取得した本件法人の株式(本件株式)を類似業種比準方式と純資産価額方式の併用方式により1株あたり1853円と評価して、本件被相続人の相続に係る相続税(本件相続税)の申告をした。
⑦原処分庁から本件株式の株式価値の算定の依頼を受けた■■監査法人は、本件株式を修正簿価純資産法により1株あたり3,488円と算定した。
⑧請求人らは、本件調査を受けて、平成29年6月19日に、本件株式を評価通達189-3但書に定める方式(「S1+S2」方式)により1株あたり2,263円と評価して、本件相続税に係る修正申告をした。
⑨請求人らは、平成29年7月31日及び同年8月14日に、相続又は遺贈により取得した本件株式の一部を1株あたり3,736円で本件法人に譲渡した。
⑩請求人らの一部は、平成29年8月25日に、本件法人から本件法人の株式を1株当たり3,736円で引受けた。
⑪■■税務署長は、平成30年9月7日付で、本件株式を純資産価額方式により1株当たり3,443円と評価すべきであるとして、本件相続税に係る更正処分等をした。

資産保有会社に株式以外の金融資産を保有させることで評価額を引き下げようとする手法というのは、旧トステムの創業家の事案でも使われたようですが、「株価対策」としては、古典的というか捻りがないというか安直というか、あまり褒められたものではない気はします。

ただ、事案としては、評価基本通達による評価額と原処分の基礎となった評価額の乖離が1.5倍程度しかないという点が特徴的です。

おそらく、金額的な乖離はそれなりにあるのだとは思いますが、過去に総則6項の適用が問題となった事案と比べると、割合的な乖離はかなり限定されているように思います。

請求人らは、本件被相続人に対する新株発行を含む一連の行為は、万一の場合にMBOを含む本件上場会社の乗っ取り防止策のリソースとして使用すること等を目的としたものであると主張したのですが、審判所は、請求人の1人が相談をしていた「本件相談担当者」(おそらく銀行かコンサルティング会社の担当者)が作成したメモや「本件相談担当者」とのメールの記載から、当該一連の行為は、相続税の負担を大きく軽減することを目的としたものであると認定した上で、以下のように判断しました。

イ 上記(3)ニのとおり、本件株式に適用される評価通達に定める評価方法は、純資産価額方式と「S1+S2」方式との選択となるところ、上記1(4)ロ(ニ)及びニ(ロ)のとおり、本件各処分は、「S1+S2」方式を選択して行われた本件修正申告②について、評価通達6を適用し、本件株式の時価を純資産価額方式により評価して更正したものである。そうすると、本件各処分は「S1+S2」方式の選択を許さない点で、評価通達の定める評価方法によっていないことになる。
  そこで、以下、上記(1)ハのところに照らして、本件株式について評価通達の定める「S1+S2」方式の選択を許すことが著しく不適当と認められる特別の事情があるか否かについて、検討する。
ウ 本件新株発行及び本件資金を含めた資産の運用に係る一連の行為が、請求人■■の主導の下、本件相続税の課税価格を圧縮し、相続税の負担を大きく軽減することを直接の目的として行われたと認められることは、上記(3)ニのとおりである。そして、本件新株発行は、本件相続開始の■■■■前に、本件被相続人が預金として保有していた上場株式の売却代金相当額■■■■を原資として■■■■の金銭を本件法人に払い込み、本件株式を取得するものであったことは、上記1(3)ハ(イ)、(ニ)及び(ヘ)のとおりである。
  本件では、当審判所の調査によっても、本件法人について、本件新株発行から本件相続開始までの■■■■という短期間に、本件株式の客観的交換価値を急落させるような事情が生じた気配はない。また、本件法人による本件資金を含めた資金の運用の結果によっても、本件法人の資産は、上記(2)ハ(ハ)のとおり、流動性の高い資産の割合が96.7%となっていて、払い込まれた本件資金の客観的な交換価値が損なわれたことをうかがわせるような事情も見当たらない。それにもかかわらず、本件株式を「S1+S2」方式により評価するときには、その価額は、請求人らの本件修正申告②における評価額(上記1(4)ロ(ニ))によっても、原処分庁(上記2「原処分庁」欄(2))によっても総額■■■■となるというのであって、このような「S1+S2」方式による評価額が本件相続開始日における本件株式の客観的交換価値を適正に示しているとみるのは、極めて困難なことと言わざるを得ない。
  他方で、評価通達が選択的に定める純資産価額方式による本件方式の本件相続開始日時点の評価額としては、①本件各処分において用いられた総額■■■■■■(1株あたり3,443円。上記1(4)ニ(ロ))及び②本件報告書②による総額■■■■■■(1株あたり3,488円。上記1(4)ロ(イ))とがあるが、これらは、その■■■前の本件新株発行時の払込金額(本件資金の額)及び本件報告書①による総額■■■■■■(1株あたり3,537円×■■■■■。上記1(3)ハ(ホ)及び(ヘ))を、やや下回る形で近似している。そして、これらと上記「S1+S2」方式による各評価額との間には、■■■■のかい離がある。
  上記(1)イのとおり、もともと評価通達は、財産の客観的交換価値が必ずしも一義的に確定されるものでないことから、画一的な取扱いを定めたものであるが、金銭のような資産は、客観的交換価値を一義的に確定することが容易に可能であるのが通常である。それにもかかわらず、以上のような事実関係の下で、本件株式について形式的に評価通達を適用し、本件相続開始日における客観的交換価値を適正に示すとみるのが困難な「S1+S2」方式の選択を許すことは、請求人らと同等の措置を採らなかった他の納税者との関係で、租税負担の実質的な公平を著しく害する結果となると言わざるを得ない。したがって、本件株式については、評価通達の定める「S1+S2」方式の選択を許すことが著しく不適当と認められる特別の事情があるというべきである。

まぁ、これはしょうがないでしょうね。

マスキングされているので詳細は分からないのですが、「本件相談担当者」のメモ等から、相続税の負担を軽減する目的であったことが明らかなようですし、株式以外の資産の大半が流動性の高い資産であったとすると、「S1」の価額を原則的評価方法で評価すべき前提を欠いているようにも思えます。

先日(令和4年4月19日)の最高裁判決を踏まえても、本件被相続人に対する新株発行を含む一連の行為によって相続税の負担が著しく軽減されることになり、本件被相続人及び請求人らは、当該一連の行為が近い将来発生することが予想される本件被相続人からの相続において請求人らの相続税の負担を減少させるものであることを知り、かつ、これを期待して行ったものであるようであることからすると、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」があると認められることになりそうです。

以前にご紹介した下記の裁決の事案については、上記の最高裁裁決との関係でも訴訟で争うべき事案だと思うのですが、この裁決の事案は訴訟で争っても厳しそうですね。

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