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非公表裁決/相続分の譲渡により遺産分割の手続から排除する旨の決定を受けた場合に相続税法32条1項1号による更正の請求をすることができるか?

相続人の1人が他の相続人に相続分を有償で譲渡し、その結果、遺産分割の手続から排除される決定を受けた場合に、その相続分を譲渡した相続人が相続税法32条1項1号により更正の請求をすることができるかが争われた事案の裁決例です。

法定申告期限までに遺産分割が成立していなかった場合には、民法の規定による相続分で相続したものとして申告をして(相続税法55条)、その後に「財産の分割」が行われて課税価格が当初の申告と異なった場合に、更正の請求等をすべきことになっている(同法32条1項1号)のですが、相続人が他の相続人に相続分を譲渡した場合というのが、相続分を譲渡した相続人について、その「財産の分割」が行われた場合に該当するかということが問題となったということです。

審判所は、「相続分の譲渡は、譲渡当事者間の合意により遺産分割の前提となる具体的相続分の割合を変更させるものであって、全相続人間において相続財産の帰属を確定させる遺産分割とは法的性質を異にし、相続分の譲渡が相続税法第32条第1号(原文ママ)の『財産の分割』に当たると解すべき根拠は見当たらない」として、相続税法32条1項1号による更正の請求をすることはできないと判断しました。

上記の判断は、一見すると尤もな判断であるように思えるのですが、その結論には疑問も残ります。

というのも、国税庁が公表している質疑応答事例において、共同相続人の1人が相続分の放棄をした場合には、相続税法第32条第1項の規定に基づく更正の請求をすることができることが明らかにされているからです。

【照会要旨】
 ○年に相続開始しましたが、相続税の申告期限までに遺産分割協議が整わなかったことから、相続税法第55条の規定に基づき、法定相続分の割合で相続財産を取得したものとして相続税を計算し申告しました。
 その後、家庭裁判所の遺産分割の調停において、共同相続人(4人)のうちの1人である甲が相続を事実上放棄し、同年12月、その旨が調停調書に記載されました。
 甲は、この調停から4月以内に相続税法第32条第1項の規定に基づく更正の請求をすることができますか。なお、遺産分割の調停は継続しています。
【回答要旨】
 遺産分割は、全ての相続人等の協議又は家庭裁判所の審判(調停)によって行われ、この場合、遺産の一部について行うこともでき、また遺産分割の結果、相続人等のうちの一部の者が相続財産を取得しないこととなっても差し支えないものとされています。
 したがって、照会のケースは典型的な「分割」ではありませんが、甲は調停により相続財産を取得しないことが確定していることから、相続税法第32条第1項第1号の規定に該当しますので、更正の請求が認められます。
 なお、この場合、他の3人の相続人は修正申告をする必要があります。

相続分の放棄と相続分の譲渡に違いがない訳ではないのですが、相続分の放棄も「遺産分割の前提となる具体的相続分を変更させるものであって、全相続人間において相続財産の帰属を確定させる遺産分割とは法的性質を異に(する)」という点においては全く違いがありませんし、相続分を放棄又は譲渡した相続人が遺産分割調停の手続から排除されることや、当該相続人が相続する財産の有無又は額が確定するという点にも違いはありませんので、両者の取扱いを異にすべき理由があるとは思えません。

松本好正先生の「相続税法特有の更正の請求の実務」(136頁)でも、無償での相続分の譲渡に関してですが、「遺産の一部分割が成立したのと同様に考えて、相続税法32条1項1号の規定に基づき更正の請求ができると解されます。」と解説されているところです。

相続税法特有の更正の請求の実務(抜粋)

上記の質疑応答事例の回答も、本来は認められないものと認めた緩和通達的な取扱いに過ぎないということかもしれませんが、そもそも、課税庁がそのような取扱いを認めることができる訳でもないのですから理由にはならないですよね。

因みに、この裁決例の事案は、相続分の譲渡をした時点で既に相続開始から6年近く経過しており、通則法23条1項による更正の請求の余地はなかったようですが、相続税法55条の「相続分」には共同相続人間の譲渡に係る相続分も含まれます(最高裁平成5年5月28日判決)ので、通則法23条1項による更正の請求をすることが可能な期間内であれば、減額更正が認められるのではないかと思います。

また、いずれにせよ、残った相続人間で遺産分割が成立すれば、相続税法32条1項1号による更正の請求ができることにはなりますので、相続分の譲渡をしたことが「財産の分割」と認められないことによる影響というのは限定的かもしれません。

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