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非公表裁決/相続開始時点において消滅時効が完成している貸付債権の時価は?

相続開始時点において消滅時効期間が経過している貸付債権が「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる」(評価通達205)ものに該当するかが争われた事案の裁決です。

少し事案は異なるのですが、過去の裁決には、①相続開始時点において所有権の取得時効期間が経過していた土地の「時価」を零円であると認めたもの(平成19年11月1日裁決)や、②相続開始時点において賃借権の取得時効期間が経過していた土地の「時価」の算定にあたり、相続人が支払った解決金相当額を控除することを認めたもの(平成14年10月2日裁決)があります。

そのため、この事案の請求人も、①の裁決を引用するなどして、相続開始時点において既に消滅時効期間が経過している貸付債権は、「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる」ものに該当し、その「時価」は零円であると主張したのですが、審判所は、以下のように、そもそも貸付債権の消滅時効期間が経過していると認めることはできないと判断しつつ、仮に消滅時効期間が経過しているとしても、そのことのみをもって「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれる」(評価通達205)ものに当たるということはできず、消滅時効期間が経過していることは、貸付債権の価額を減額すべき事情とは認められないと判断しました。

(イ) 請求人らは、本件貸金債権について、その消滅時効期間が経過していることが評価通達205にいう「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当すると主張する。この点、上記1の(3)のロの(1)のとおり、本件貸金債権に係る返還期限は不明であり、本件貸金債権について消滅時効期間が経過しているとは認めるに足りない。仮に、本件貸金債権が商法(平成29年法律第45号による改正前のもの)第522条《商事消滅時効》に規定する商行為によって生じた債権に当たり、最後に弁済のあった平成20年6月30日から5年が経過したことにより消滅時効期間の経過が認められるとしても、消滅時効の完成による債権消滅の効果は、時効の援用がされたときにはじめて確定的に生じるものと解するのが相当であって、単なる消滅時効期間の経過をもって確定的に生じるものではない。消滅時効期間の経過は、債務者の経済状態等の破綻が客観的に明白であることを示す事由とはいえないし、消滅時効の援用は債務者の意思に委ねられており、単に消滅時効期間が経過しただけでは、消滅時効が援用される可能性があるというにすぎず、消滅時効の完成による債権消滅の確定的効果は生じていない以上、その回収が不可能又は著しく困難であることが客餓的に明白であるということもできない。したがって、貸付金債権等に係る消滅時効期間の経過のみをもって評価通達205にいう「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるときに当たるということはできず、貸付金債権等に係る消滅時効期間の経過を評価通達205が定める貸付金債権等の評価において考慮することは相当ではないというべきである。そして、上記1の(3)のロの(ハ)のとおり、本件貸金債権については、その債務者である本件会社が消滅時効の援用の意思表示をしたことはないから、その消滅時効期間が経過していたとしても、消滅時効の完成による債権消滅の効果が確定的に生じているとはいえず、本件貸金債権についての消滅時効期間の経過が評価通達205にいう「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当するということはできない。(ロ) 請求人らの指摘する平成19年11月1日裁決(大裁(諸)平19第15号)は、取得時効の援用によって、その法的効果が確定的に生じた事案について判断したものあって、時効援用の意思表示がされていない本件とは事案を異にする。本件貸金債権については消滅時効の援用がされておらず、単にその時効期間が経過したというだけでは評価通達205に当たらない(上記(イ))。(ハ) 以上のとおり、本件貸金債権に係る消滅時効期間が経過していることは、評価通達205の定める「その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」に該当せず、同通達1の(3)が定める考慮すべき事情ともいえないから本件貸金債権の価額を減額すべき事情とは認められない。

まず、手続的なことですが、当事者間で消滅時効期間が経過していることについて争いがなく、審判所としても「本件貸金債権に係る消滅時効期間の経過は、評価通達205の定める『その他その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき』に該当するか。」という争点を設定していながら、「本件貸金債権に係る返還期限は不明」であるから「本件貸金債権について消滅時効期間が経過しているとは認めるに足りない」という判断をしているのは、いくらなんでも酷いのではないですかね。

実体的にも、「返還期限が不明」であるというのは、おそらく、契約書がないか、契約書があっても期限の定めに関する記載がないということだと思うのですが、そうであるとすれば、それは返還期限の定めがなかったという判断をするのが自然ですので、かなり違和感はあります。

また、本来の争点について、時効の援用の意思表示がされておらず債権消滅の効果が確定的に生じていないことを理由として、消滅時効期間の経過は、貸付債権の価額を減額すべき事情とは認められないという判断をしている点にも疑問があります。

確かに、債務者が相続人の同族関係者であったり、同族関係者でないとしても相続人と非常に親しい関係にあるような場合には、消滅時効期間が経過していたとしても、時効を援用することなく返済をすることがあり得ますので、時効が援用されていない貸付債権の「時価」を零円と評価することはできないというのは分かります。

ただ、本件では、そのような認定はされていませんので、おそらく、そのような事実は認められなかったのだと思います。

そうであるとすれば、相続人が消滅時効期間が経過した貸付債権の返済を請求すれば、債務者は時効を援用するというのが、通常の経験則であるはずですから、消滅時効期間が経過しているという事実を考慮しないというのは、「財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する」(評価通達1)という評価の原則に反しているのではないかと思えます。

この点については、平成14年10月2日裁決でも、「同通達(注:評価通達)においては、財産の種類ごとにその評価方法が定められるとともに、その『評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすすべての事情を考慮する。』とされており、この取扱いは、当審判所においても相当と認められる。これを本件についてみると、本件相続開始日において、本件各土地には、賃借権の取得時効の完成という事実上の制約が存していたものであり、これは、社会通念に照らし、本件各土地の評価に当たって考慮すべき事情ということができる。」という判断がされているところです。

なお、平成19年11月1日裁決との関係について、裁決は、「取得時効の援用によって、その法的効果が確定的に生じた事案について判断したものであって、時効援用の意思表示がされていない本件とは事案を異にする」と判断しているのですが、平成19年11月1日裁決の事案でも、相続開始時点では時効は援用されていなかった訳ですから、課税時期における財産の状況という点では違いはないはずです。

ただ、本件では請求人側の対応にも疑問がない訳ではありません。時効の援用がされていないという指摘は、原処分庁からも主張さていた訳ですから、債務者である「本件会社」に対して請求をして、時効の援用を促すような対応はすべきであったのではないかということです。

いずれにしても、これは処分の取消訴訟を提起すべきでしょうね。現状でも勝てる可能性はあると思いますが、債務者である「本件会社」に請求をして時効の援用を受ければ、勝てる可能性はより高くなるはずです。

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