見出し画像

非公表裁決/相続により承継した停止条件付の和解金の支払請求権に対して相続税と所得税の「二重課税」は許されるか?

相続により承継した停止条件付の和解金の支払請求権が相続税の課税対象になるのか(相続税の課税対象になるとしたらどのように評価されるのか)が争われた事案の裁決(東裁(諸)平30-129)と、当該支払請求権に基づく所得が所得税の課税対象にもなるのかが争われた事案の裁決(東裁(所)平30-128)です。請求人が同一の関連事案の裁決になります。

少し事案が特殊なので、簡単に事案の要点を説明しておきます。

マスキングされているために正確な内容は分からないのですが、請求人の父親(本件被相続人)は、平成12年12月に、土地(本件土地)に関する紛争の相手方との間で、当該相手方から以下のような和解金の支払いを受ける旨の和解契約(本件和解契約)を締結していたようです。

①■■■■■が、同社又は同社の指定する者に対する本件土地の所有権移転登記手続が完了したことを確認した日から3日以内に3億円
②■■■■■が、本件土地の上に建設する■■■■■■■■■■を竣工した日から10日以内に2億円
③■■■■■が、■■■■■の営業を開始した年から、毎年、同社の事業年度の決算日から3か月を経過した日の後最初の金融機関の営業日に、同社の決算書に記載された税引き後営業利益の■■■■■に相当する金額、又は事業年度決算日の属する暦年ごとに1暦年通算で5000万円のうち、いずれか少ない方の金額。
④上記③の定めに基づく支払は、その支払金額の合計が5億円に達するまでとする。

その後、本件被相続人は、本件和解契約に基づいて、以下のように①と②の全額と③の一部(3億1817万9068円)の支払いを受けました。

図表

そして、本件被相続人が死亡して、請求人が③の支払請求権の残部(本件権利)を相続したところ、原処分庁から、相続税と所得税の両方が課税される旨の処分をされたという訳です。

請求人としては、相続税と所得税のどちらかだけが課税されるということであれば兎も角として、両方とも課税されることには納得できないということだったのではないですかね。

では、審判所はどのような判断をしたのでしょうか。

まず、相続税との関係では、一種の停止条件付の権利である本件権利が相続税の課税対象になるのかという点と、相続税の課税対象になるとしてどのように評価されることになるのかという点が問題となりました。

そして、一種の停止条件付の権利である本件権利が相続税の課税対象になるのかという点については、相続開始前の履行状況等から相続開始日以降に本件権利の履行がなされなくなる可能性は低かったこと等を理由として、本件権利は、請求人が相続によって取得した財産であって、金銭に見積もることができる経済的価値があったものであるから、相続税の課税対象になると判断しました。

これはやむを得ないですかね。

他方で、相続税の課税対象になるとしてどのように評価されることになるのかという点については、以下のように判断をしました。

(A) 本件権利に係る支払の態様は、暦年通算で支払われる金額に上限(50,000,000円)があることから、本件相続開始日以降、一括で支払われるものではなく(別紙5の2の(3)) 、■■■■■の利益に連動して金額が決定し複数回にわたり支払われるものであり、本件権利の本件相続開始日における現在価値を算定するに当たっては、相続開始日からそれぞれ支払期日まで個々に支払われた(支払われる)支払金ごとに、本件相続開始日から支払期日まで、各別に中間利息を控除する方法によって算定するのが合理的というべきである。
(B) そして、本件権利に係る相続開始日以降の各年の本件和解金の支払金額は、■■■■■の利益に連動して金額が決定するという性質のものであって(別紙5の2の(3))、本件相続開始日に確定的に各年の支払金額及びその支払終期が定まっているものではない。このため、課税時期(本件相続開始日)において、本件権利の評価額の計算上、本件相続開始日以降に支払期日において支払われる本件和解金の各支払額について合理的に算出する必要がある。
 この点、営業権の評価の際に用いられる平均利益金額等の計算を定めた評価通達166《平均利益金額等の計算》が、平均利益金額の計算に当たっては課税時期の属する年の前年以前3年間の平均を基とする旨定めていることからすれば、これを準用し、過去3年間の■■■■■の本件和解金の支払額の平均値(なお、上記ロの(イ)の■■■■■■■■■■により本件和解金が支払われなかった特殊要因のある事業年度は除くものとする。)を指標として採用することが相当と認められる。そうすると、特殊要因のある事業年度を除いた直近3年の平成20年10月1日から平成23年9月30日までの各決算期に係る本件和解金の支払金額(別表1の順号7ないし9)の平均値を用いて算出すると下記の算式のとおり■■■■■(以下「各支払金額相当額」という。)となり、これを、本件相続開始日以降の各支払期日に支払われる金額とし、これを基礎として本件権利の価額を評価することが相当である

過去3年間の平均支払額が相続開始日以降の各年の支払日に支払われると仮定をした上で、相続開始日からその各支払日までの中間利息を控除する方法で算定すべきということですね。

本件債権について、相続開始時点において評価しようとすると、このような評価方法によるしかないような気がします。

次に、所得税との関係では、本件債権が相続税の課税対象になるとすれば、本件債権に基づく所得は、所得税法9条1項16号の「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」に該当するのではないかが問題となったのですが、審判所は、以下のような判断をしました。

本件権利は、本件相続の開始時点において本件被相続人が有していた本件和解契約に基づく金員の支払請求権であると認められるところ(上記1の(3)の口及びハの(n))、請求人は、本件相続により本件権利を取得したのであるから(上記1の(3)のハの(ロ)) 、本件権利には本件相続に係る相続財産として相続税が課される一方、本件権利の取得により請求人に帰属することとなった所得、すなわち本件権利の取得の時(本件相続時)における経済的価値については本件非課税規定により所得税が課されないこととなる。
 これに対し、本件和解金は、本件和解契約書に記載された所定の支払事由の発生に基因して請求人に支払われたものであるところ(上記1の(3)のハの(1)の表)、その支払事由とは、■■■■■の各事業年度の決算書上に税引後の利益が生じたことであって、当該利益の■■■■■■相当額又は5,000万円のいずれか少ない金額が 各事業年度終了後に支払われるというのであるから(上記1の(3)のイの(n)のC) 、少なくとも本件被相続人の死亡(本件相続)を直接の原因として請求人に支払われたものではなく、また、本件被相続人の死亡に基因して支払われるべき一時金が単位期間ごとの分割の方法によって請求人に支払われたというものでもない。そして、このように本件被相続人の下で発生することが見込まれていた和解金の受領に係る一時所得が、本件相続を経てその相続人たる請求人の下で発生した場合に、当該所得が一時所得として課税されることは、所得税法第67条の4の規定(居住者が贈与、相続又は遺贈により利子所得、配当所得、一時所得又は雑所得の基因となる資産を取得した場合における当該資産に係る利子所得の金額、配当所得の金額、一時所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続き当該資産を所有していたものとみなして所得税法の規定を適用する旨の規定)が予定しているところである。
 そうすると、請求人が本件和解金を得たことによる所得は、本件非課税規定にいう相続等により取得するもの又は相続等により取得したとみなされるものには当たらず、相続等以外の他の原因によるものとして所得税が課されるというべきである。

うーん、個人的にはあまり説得的であるとは思えないですね。

まず、形式的なことですが、「本件権利の取得により請求人に帰属することとなった所得、すなわち本件権利の取得の時(本件相続時)における経済的価値については本件非課税規定により所得税が課されない」という規範を示しているのに、当てはめがその規範にきちんと対応していないのですよね。

また、いわゆる生保年金二重課税事件の最高裁判決(最高裁平成22年7月6日判決)は、以下のような判断を示しているところ、本件債権というのは本件和解金の支払を受ける権利である訳ですから、本件和解金の支払を受けることによる経済的価値というのは、本件債権(本件和解金の支払を受ける権利)の取得時における価額に相当する経済的価値を含んでいるように思えます。

同号にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。

さらに、税制調査会の資料として公表されている「『最高裁判決研究会』報告書~『生保年金』最高裁判決の射程及び関連する論点について」という論稿には、同判決の射程について以下のように記載されおり、財務省肝いりの「最高裁判決研究会」としても、同判決は、相続税の課税対象となった財産の「元本」に対しては所得税を課すことができないという判断をしたものであると理解していたように思われます。

このように最高裁判決は、『運用益』との概念を導入し、各年の年金の支給額を相続時の現価に相当する部分とその余の部分とに分ける立論を行っている。この判示内容に鑑みれば、今般の最高裁判決の射程としては、『運用益』部分には所得税を課する趣旨と考えることが相当である。

そして、そのような理解によると、本件債権の額面額から中間利息を控除した残額というのは、相続税の課税対象となった財産の「元本」に他なりませんので、その「元本」部分の支払いを受けることによる所得に対して所得税を課することはできないということになりそうです。

もっとも、生保年金二重課税事件の最高裁判決の射程については原始取得の事例に限られると理解すべきという有力な見解もあって、そのような見解によれば、本件債権は本件被相続人から承継取得したものですので、本件債権に基づく所得に所得税を課すことにも問題はないということになります。

この裁決が「本件和解金は・・・少なくとも本件被相続人の死亡(本件相続)を直接の原因として請求人に支払われたものではなく、また、本件被相続人の死亡に基因して支払われるべき一時金が単位期間ごとの分割の方法によって請求人に支払われたというものでもない。」という判断をしているのは、そのような見解を意識したものかもしれませんね。

事案が特殊ですので、実務的な汎用性はあまりなさそうなのですが、理論的には色々と考えさせられる裁決ですね。司法試験の租税法の問題とかにしてみると面白いのかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?