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交響曲第8番変ホ長調(マーラー)

ようこそ、CLASSIC BAR VERSTECKへ。


さて、"本日のオススメ"は、マーラー作曲の『交響曲第8番変ホ長調』です。(数字は2-237・名曲解説全集第2巻-P234)


グスタフ・マーラー先生。1860年-1911年(50歳)の、オーストリアの作曲家ですね。


ついにきました!

というか、今まで一度もきてなかったんですね。


ヴォルフ先生、アルベニス先生と同じ年の生まれです。

エルガー先生、プッチーニ先生、ドビュッシー先生、マスカーニ先生などは、同時代人といったところでしょうか。

ワーグナー先生、ヴェルディ先生、ブラームス先生ブルックナー先生もまだ生きています。

熱い時代です。

でも、結構早くに亡くなられたのですね。

この短めの生涯の中で、これほどの偉業を成し遂げたのだから、やはりスゴい先生です。


事業を成功させた父のもとで生まれます。

本人の回想曰く、4歳でアコーディオンを弾きこなします。

6歳ころには音楽のレッスンをはじめ、最初の作品を作曲したようです。

10歳ころには、劇場でピアニストとして出演。

12歳ころ、そして13歳ころにもコンサートに出演。


15歳ころには、ウィーン音楽院に入学。ヴォルフ先生は同期との事です。しかも、ブルックナー先生とハンスリック先生の講義も聴講しています。

16歳以降、ピアノと作曲で一等賞を受賞するなど、優秀な成績を収め、作曲部門で一等賞を得て、19歳で卒業。


20歳ころの夏には、バート・ハルの夏の劇場の楽長を務め、初めて指揮をします。

21歳ころには、ライバッハ市立劇場の楽長に就任。

23歳ころには、オルミュッツ歌劇場の楽長にに就任し、カッセル王立劇場の次席楽長に就任。

24歳ころには、交響曲第1番の作曲を始め、28歳ころに完成。


ここまでで、指揮者としてのマーラー先生と、交響曲作家としてのマーラー先生の土台が出揃いました。

ちなみに、交響曲第1番は、交響詩として初演されたそうですが(マーラー先生の指揮)、成功はしなかったようです。2回の改定を経て、第3稿が交響曲して生まれ変わり、現在演奏されている形になり、現在ではむしろ大人気作品へと育ちました。


そんな先生が作った本日の曲は『交響曲第8番変ホ長調』。

通称、「千人の交響曲」。8名の独唱者、2組の合唱団、大規模のオーケストラ、パイプオルガンなど、初演時は実際1030名の人員で演奏されました。

巨大なオラトリオまたはカンタータのような作品で、楽章制ではなく、2部で構成された曲。

第1部はラテン語賛歌「来たれ、創造主たる聖霊よ」、第2部は「ファウストからの終幕の場」。大枠では、悟りと神の愛を称えるものだそうです。


マーラー先生の自作演奏会として生涯最大の成功を収めたそうです。



本日の音源は、Joseさんのチャンネルを視聴しながら書き進めてきました。ありがとうございます。バーンスタイン/WPOの演奏です。


本日もご来店いただきまして誠にありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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