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譲り渡せないもの/小沼純一『リフレクションズ』(彩流社、2024年)


 子供を保育園に抱っこして連れて行ってからいつもの坂道を降りて、コンビニで新聞と本を買った。ホッと一息つく足取りはいつも少し軽い。いつもコンビニなどで新刊を見かける度に買う『ブルージャイアント』というジャズの漫画だ。帰宅してポストを開けると、『リフレクションズ』という書籍が入っていた。今日はジャズの日だ。私が病気で会社を休みがちだと知り、わざわざ書籍を自宅に送ってくださった。

 まず思い出すのは、彼が20年ほど前に早稲田大学戸山キャンパスの38号館といういちばん大きい教室で、400人ほどの学生を相手にしていた「音楽」という授業のことで、授業の内容よりもむしろ、前の方に座ると見えた先生の姿だった。話す時にはよく目を瞑っていたので、目があったことがない。少し汗をかいて、考えながら、言葉を選びながら、音楽の話をしている。文章と同じだ。探るように探すように語る。

 もちろん一義的には音楽の本だが、そこに時代のこと、著者自身の体験が書き込まれていて、一筋縄ではいかない。数十年前に書かれた文章を後になって読み直し、加筆したという独特な設定もある。現在がどこにあるのかが、時々わからなくなる。行ったり来たりして、その重なりを書き手が楽しんでいるのがわかる。音楽が演奏される。それを聴く。思い出す。何度でも楽しめる。解釈が重層的になる。

 他の書籍と同様、大きな特徴は文体だろう。レコードやライブで初めて音楽に触れて得た感覚を言葉で再現する。独特な漢字の開き方や擬音語の多様、体言止めなど、文章や表記の細部にこだわりが強く感じられる。ジャズ喫茶や友人の勧めなど、街の雑踏のように音楽を浴びる著者の姿が見えるようだ。

 私は学生時代、こだわりがある文体が怖かった。例えば現代詩の世界では、こういうこだわりが至る所に見られて、何か気を許せないような感じがした。でもその感覚は、今は少し変わった。まず現代詩に触れる機会が学生時代に比べて少なくなったし、それと比例するかのように、なぜかわからないが、こだわりの強い文体を見ること自体が減った。でも彼は今もそれを続けている。学生時代のわたしはそれに強いこだわりや意思の力を感じて恐れた。髙橋悠治の演奏のようだった。技量があり、音楽を知っている演奏。だけどどこか怖くて、近寄りがたいバッハの残響。

 世代、と安易に言ってしまってはいけないのかもしれないが、それでもやっぱり世代、と思ってしまう。私から見て上の世代は強い。我を捨てない。表面上はどんなに柔らかい表現者でも、その芯がとても強いのだ。よくも悪くも、そこがブレない。若い人たちはもっと、そこにこだわらない。それをよく取ることも悪くとることもできる。あらゆる現象がそうであるように。

 Kにそのような話をして、どう思うか意見を求めた。そういう感覚。自らのクリエイティヴィティの主体は自分自身なんだという強い全能感、それは決して譲り渡してはいけないものだ。それを誰かに譲り渡してしまったら、決して「作者」にはなれないのだとKは私に言った。私はその通りだと思った。Kが確かなことを言うとき、私はそれを自分が以前から考えていたことのように錯覚する。Kはこうも言った。でも、そういうものを譲り渡したからこそ得られるものもある、と。

 著者が決して譲り渡せないもの、すなわち語り手自身の存在が文章から強く感じられる。それは書き手が望んでやっていることなのかはわからない。私は昔、これは技術でやっていることなのだと思った。でも今の私はそう考えない。むしろこれはより生理的なもの、フィジカルなもの、リズムだ。どうしてもそうなってしまう、固有性のある何か。だからこそ、文章として書く意味がある。人間が出ている。文章はその人を映す。どれだけ技巧を凝らそうと。だから、たぶん怖がる必要はないのだ。

 それから経験。リブロや、池袋のジャズ喫茶、東京の様々な景色が、飯田橋が神楽坂が、それとなく至る所に埋め込まれている。それらはおそらくもう今はない東京の姿である。そこで若い時代を過ごしたことは、きっと著者が音楽を聴取する上で、とてつもなく大きな環境的影響を与えただろう。私は見たことのない、体験したことのない東京がここに浮かび上がる。驚きや心の揺れが、場所の感覚とともに蘇る。

 著者が吉増剛造に近づいてはいけないと本能的に感じたように、私は著者の姿をどこか、雑踏の中で遠くからずっと見ている気がする。

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