Case1(新橋駅は振り返れない)

「おい、彼女が来たぞ」

飲みすぎた僕の足取りは重い。
昨日までの楽しさは今日には持ち越せないようにできているらしい。

高校からの友人である桐谷にオートロックの解除、玄関へのお迎えを
全てお願いして、彼女は代り映えのない1Kの部屋に入る。
お酒の匂いが微かにしたんだろう。声色からして機嫌が悪い。

「早く準備してよ」

付き合って1年半程度の彼女との関係は、はっきりいって最悪だった。
会えば喧嘩続きだし、せっかくのゴールデンウイークの9連休も会える日はその日だけだった。

「じゃあ俺先に帰るわ。彼女さん、後はこのどうしようもないやつをよろしく」
「おいっ」
否定できない自分が情けない。

学生の時に少し流行った言葉遊びで、〇〇系男子というものがあった。
・ロールキャベツ系男子(見た目は草食系で中身は肉食系)
・アスパラベーコン巻き系男子(ロールキャベツの逆)
・餃子系男子(何考えているかわからない系男子)
等々・・

僕はまぎれなくディアゴ系男子だった。
ディアゴスティーニという語感がとてもよくCMで流れているあれだ。
あの手の教材は1~10巻程度各月で販売されており、
最初は特別で100円とかで提供している。だが、後は1500円と現実を見せてくる。
このように最初だけ魅力に見えて中は結局ダメ男のことをディアゴ系だとSNSで流れてきたときは図星すぎて失笑してしまった。
知らない人に自分を見透かされたようで、だけど少しそういうことを発信できる人に嫉妬さえ感じていることもあった。


身支度を済ませ、ご機嫌ななめな彼女をご機嫌垂直にしようと必死で立て直そうと明るくふるまってみる。笑ってくれたらこっちのもんだが、
今日会ってから笑顔を見れていない気がする。

駅まで10分程度の道を一方的に話しかけて傍から見たらナンパをする男と
無視する女にしか見えなかったと思う。

都営浅草線に乗ってからも彼女の機嫌が戻ることもなく、さすがに二日酔いで頭痛のする体を奮い立たせることが出来ず、雰囲気は最高潮に最低だった。

「嘘をつくのはやめよう」
僕は彼女が出来たら最初にする約束だった。
嘘が嫌いだったんだと思う。今までも自分がつきすぎていたから。

浅草橋を出発した電車は横浜方面に向かっていて、ちょうど新橋に着いた時だった。

「もう別れよう」

嘘じゃないのは分かっていた。嘘が嫌いな僕にそんな嘘をつくなんてできないはずなことは知っていたから。
ただ、僕にはどうしてもその言葉の意味が分からなくて、分からないままに答えていた。

「うん」

そのまま、彼女は一度も振り返ることなく去っていった。
電車には降りたが、追いかけることもなく僕はどうしようもなく何事もなかったかのように、桐谷に電話をした。

「一応報告。たった今別れました」
「まぁ、お前がいいと思うのならば応援するよ、とりあえず飲む?」
「助かります。上野向かうわ」
相変わらず、どんな時でも肯定してくれる人間が近くにいることはありがたい。心が楽になる。

いつでも当たり前が当たり前じゃなくなる感覚って不思議だ。
どうってことないはずだし、きっと君は前に進んでいるんだろう。

銀座線のホームで少しだけ考えて、何も考えないで乗った。
動き続けなければいけないと思った。

大切な人は別の大切な人に置き換わるのではなく、
自分の中で俯瞰できる居場所を整理できた瞬間に思い出に変わるんだろうと思う。

だからこれからも、たまには思い出すんだろう。
きっとそれは、未練でもなんでもなく。

ただ、

「好き」

それだけだった。

**

こんな愛すべき日常があったことに気づくのはいつだって未来だったりする。
だからこれからは愛すべき日常を切り取ってあげないといけない気がした。

ディアゴ系の僕がずっと「好き」が思い出になれないCaseを。

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