見出し画像

男性だった五輪女子金メダリスト

2009年にべルリンで開催された陸上世界女子800mに、彗星のごとく現れ、圧倒的な強さで勝ったキャスター・セメンヤ。

ロンドン、リオデジャネイロの両五輪と2009年、11年、17年の世界陸上の女子800mを制した選手だ。が、子宮と卵巣が無く精巣があり、通常の女性の3倍以上のテストステロン(男性ホルモンの一種)を分泌している性分化疾患が判明したと報じられた。

国際陸連(IAAF・現世界陸連)はこの件について肯定も否定もしていないが、2018年4月になって、男性ホルモンのテストステロンに関するルール変更を行った。

テストステロン値が高い女子選手に対し、400m、800m、および1500mへの出場を制限するというものだ。セメンヤ潰しのルールと言われた。


1980年の暮れに、何ともショッキングなニュースが飛び込んで来た。
「五輪女子金メダリストは男だった」

その内容はこんなところだ。
スタニスラワ・ワラシェビッチ(通称ステラ・ウォルシュ)という陸上短距離の選手がいた。
幼い頃にポーランドからアメリカに移住したが、ポーランド代表として1932年のロサンゼルス五輪に出場、陸上女子100mで金メダルを獲得した。
4年後のベルリン五輪では銀メダルを獲得。
その後もアメリカに住み続けた。
が、不幸にしてこの数日前に強盗に会い、殺害された。
警察が司法解剖したところ、なんと男性だったことが判った。

画像1

先述のようにこの頃は、東西冷戦の華やかな時代で、旧ソ連や旧東ドイツには異様に筋肉の発達した陸上や競泳の女子選手がいた。
そのため、すぐはドーピングで男のようになった女子選手のことを言っているかと勘違いをした。
だが、しばらくして『女子選手のはずが、実は男性だった』という内容だと気が付いた。

 
翌日の新聞には『ステラ事件』の詳細と続報が書かれていた。

「男性だったと」いう第一報に対し、遺族が「ステラは、男性器と女性器の両方を持っていた」と反論したという。
要は、半陰陽=両性具有=インターセックスだったということだ。

後にエリック・カーマーというオーストリアの五輪研究家が、ポーランド国内でステラ・ウォルシュの出生証明書を発見するのだが、女児として届けられている。
恐らく女性として育てられたのだが、死亡後家族が両性具有であることを逸早く公表していることから、生前、家族はそのことを知っていたということになる。
問題になるのはロサンゼルス五輪当時、本人や周囲がその事実を知っていたかどうかだが、今となっては判らない。

インターネットを検索していると事件からひと月後の新聞の記事が出て
きた。
これによると、ステラには女性器はなかったとある。

Report Says Stella Walsh; Had Male Sex Organs
Published: January 23, 1981
CLEVELAND, Jan. 22 Stella Walsh, who won a gold medal and
several silver medals in track competing as a woman in the 1932 and
1936 Olympics, had male sex organs, according to an autopsy report
released today. The report also said that Miss Walsh had no female
sex organs.Chromosome sex tests were inconclusive, and further
tests are being made.
The report by the Cuyahoga County Coroner's Office was obtained
through the courts by television station WKYC, which had been
criticized for broadcasting a report questioning Miss Walsh's sex last
month. Miss Walsh, 69 years old, was killed in an apparent robbery
attempt in Cleveland Dec. 4. Born in Poland, she competed in the
Olympics representing her native land, although she had lived in the
United States since she was a year old.

一昔前の五輪ではセックスチェックなるものが行われていた。
本当の女性であるか、医学的に確認するというものだ。
1964年の東京五輪以前は、男子選手が女子選手になりすましてメダルを獲るも、後に男性であることが判り、メダルが剥奪された例がいくつかある。

そのため1966年に、「能力の平等さを保つ」を建前とした、セックスチェック(本当に女性であるか調べること)が行われるようになった。
この検査は、スポーツ史上類を見ない女性差別と言っても過言ではない。何人もの医師の前で全裸になっての視認検査や、さらには直接性器を確認するなど行為が行われていた。
あまりに露骨なチェック方法に、選手からはクレームが殺到し、それを受けて、1968年のメキシコ五輪からは、頬の内側の粘膜を採取する遺伝子検査が行われるようになった。

ところが、この検査方法だと、生まれながら染色体に異常のある女性が「男性」と判定されかねない。
性分化疾患と言うが、生まれてからずっと女性として育てられてきたのに、DNA的には男性、あるいは半陰陽、インターセックス等であると判明し、五輪に出場できなかった選手が少なからず出てきたのだ。
そんな選手たちは急にケガをしたことにし、「棄権」という形をとり、ひっそりと帰国させられた。

日本人選手にも該当者がいたと言われている。
IOCは1999年になって、すべてのセックスチェックを中止した。
検査に費用がかかることをその理由としているが、実際には選手の人権に配慮したのであろう。
セックスチェックが最後に行われた1996年のアトランタ五輪では、チェックを受けた3387人中医学上女性でない女子選手が8名参加していたことが判っている。

●1932年ロサンゼルス五輪
陸上女子100m 
①ステラ・ウォルシュ 11.9(ポーランド)

ロサンゼルスで圧倒的な強さを見せたステラ・ウォルシュも、4年後のベルリン五輪ではアメリカ選手に敗れてしまう。

●1936年ベルリン五輪
陸上女子100m 
①ヘレン・スティーブンス 11.5(アメリカ)追い風参考
②ステラ・ウォルシュ 11.7(ポーランド)追い風参考

ベルリン五輪で、金メダルを獲ったヘレン・スティーブンス(アメリカ)は、「あのステラ・ウォルシュよりも速いとは信じられない」
「男が女子選手に化けているのではないか」
と話題になった。そのため組織委員会は、本当に女子選手であるか確認するために医師の立会いのもと、全裸にして確認をし、女子選手と認められている。
なんという皮肉だろうか。

1992年まで国際陸連(IAAF・現世界陸連)はステラ・ウォルシュのような性分化疾患の選手が女子の競技に出場することを認めていなかった。ウォルシュの記録を抹消するか否かという議論が発生したが、IOCとIAAFはともに抹消するといった決定はせず、ウォルシュの記録は現在も残っている。

男女の違いは思いのほか判断が難しい。
2000人に一人の割合で、男女の区別が難しい体を持った子供が生まれている。
卵巣と精巣を持つ。卵巣と子宮があるのに、性器が男性様の形。逆に性器は女性様だが、精巣があり子宮がない人もいる。胎児期に性が分化する過程で、ホルモンの作用に障害が起きるのが原因という。現在では医学的には、男と女だけではなく、多種多様な性があるとされている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?